秘密裏につけた同級生の裸体ランク表。それが彼女の手に渡ってしまったら……

あーる

椿原 琴美

 あああああああ


 ああああああぁぁぁぁぁああああ

 やらかした、やらかした。


 なんで、なんで、なにが起こった。


 「あれ」は絶対に失くしちゃいけない、絶対に忘れちゃいけないもの――。

 宝物とかそういう類のものではない。それならまだ良かった。そんなものではない。


 それは他人に絶対に見られちゃいけない危険物質で、僕の運命を握る大動脈。一歩間違えれば、警察に突き出し。研究室で薬物生活。僕の人生は終わりを迎える。


 学校から帰宅。

 自分の部屋で無くしたことに気づいて、全力ダッシュ。

 全身、汗だらけで、二度目の登校。


「心当たりがあるとしたらもうここしか……」


 自分の席はすでに確認済み。次にありそうなトイレもついでに確認。

 他に僕の失くしものがあるするとすれば、ここしかない。誰もいない三階北側の廊下。


「あぁ……ここにもないか……」


 絶望の感情。足元から一気に浮かび上がってくる疲労感。

 自分の膝に手をつきながら、もう一度、冷静になって、あたりを見渡した。それでもここにはない。というか、何度見てもこの学校には落ちていない。


 木造の校舎。

 下駄箱から対角線に離れたここは、生徒も先生も滅多に立ち入らない。


 だからだとは思う。もう外は夕暮れ。窓から差し込む黄昏によって、木目の隙間にある埃がはっきりと見えると同時に、無駄だとわかりながら床から壁まで探し回った僕。僕の膝には長らく拭かれることのなかった白い埃たちがたっぷりとついていた。


 体内の酸素が足りない。循環しない。もうどうしていいかわからない。

 あんなもの、もし誰かに見られたら、僕の人生はあっという間に終わる。


 僕が憧れた青春いっぱいの高校生活は訪れない。遠くのまた向こうへ行ってしまう。

 彼女ができることもなければ、友達もできることもない。

 気がづけば、クラスから僕の席が消えて、一方的に憎悪の感情を向けられる空間で僕は三年間を過ごすことになるだろう。


「はぁ、終わりか……。終わったのか、俺の人生っ……!」


 もう、学校の中で探すところは探し終えた。


 諦めの感情を抱きながら、夕日で出来上がった帰路へ向かう。

 自分のスクールバックを肩に乗せる。バックの底についたであろう白い粉を払いながら、体を捻る。


 ここだけ見れば、僕は青春に生きるかっこいい主人公。

 何か一つ事件を片付けたヒーローとでも言えばいいだろうか。

 けれど、実際はこの空間に充満してる埃と一緒。廊下の木目にある埃、お前は俺と一緒だなと心の中で語りながら、帰るしかない。


 悲壮感に浸る中、足を進める。

 でも、僕はこんなところで折れる人間はない。メンタルだけは鬼つよ。それが二つしかない取り柄の一つ。だから、思考を切り替えて――。


 もし、もしも。このまま見つからなかったとしても……。


 まぁこのノートが学校の人間に見つからなければいいか


 ――そう思うことにした。

 そうやって自分を落ちつかせる。


 僕の大事な、大動脈で、生命線のノートは学校外の人からすれば、ちょっとえっちな落書き帳でしかない。外部の人間には無用の長物。


 学校ではないどこかで落とした。きっとそうだ。そういうことにしよう。

 僕のこれまでの努力が水の泡になるだけ。あんなノートもう一回書けばいい。


 じゃあ、いっか。


 そう、もう一度、自分に言い聞かせた。


 段々と遅くなる歩み。一歩一歩の踏み出す距離が短い。


 自分に言い聞かせると同時に、たまたま偶然この辺に落ちてないかなー、そういう現実逃避も次第に始めた。

 でも、その瞬間――


 見えた。


 僕の視界にはっきりと映った。


 見えた。見えたんだ。


 ノートじゃない。僕の探し物じゃない。

 

 一人の女子生徒。

 しかも、杖をついて、制服のスカートをなびかしている。


 ゆっくり、ゆっくり、階段を登ってくる。ほとんどの人が使わない一番北側の階段。そこを杖と足をつきながら、彼女はこちらへ――。


 帰路へと向けた体。さらに捻り返す。彼女が登ってくる方向へ。


「二度目ましてですね」

 

 顔が黄昏に隠れる彼女。

 彼女は杖をついたまま、ゆっくりと頭を下げた。


「あなたの探し物は、こちらでしょうか?」


 ――椿原 琴美。

 綺麗な透き通った声。上品な語り口。微かにウェーブがかかっている赤い長髪と、低身長の体型に似合わないキリッとした眼差しは幼い頃から変わらない。彼女の瞳にはどこか透明感。繊細な唇と、上品な輪郭は、何をしていてもどこか優雅さを醸し出している。

 

 僕は慎重に彼女へと近づいた。さっきまで僕が探していた場所。

 杖をついた少女の手には、杖ともう一つ、僕の探していたノートがあった。


「こ、これは……」


 間違いなく僕のノート……。ずっと探していたノート……。


 やっぱり、やっぱり、ここだったか……!


 ホームルームが終わったあと、僕はここに来た。校庭を眺めるためだ。

 そして、十分に校庭を眺めて、帰ろうとしたとき、正面に彼女がいた。


「先ほどはぶつかってしまい、大変なご失礼を。なにせ、わたくし足が悪いものですから」


 彼女とぶつかった、その瞬間、僕はノートを見ていた。

 ながら歩きってやつ。ノートを見ながら歩いていた。だから、僕が彼女の存在に気づいたのは、ぶつかったあとで、さすがの僕でも、視界の外にあるものを見ることはできなかった。


「いや、僕の方こそ……。ごめん……」


 心からそう思って、一歩ひいて、頭を下げる。

 申し訳ないと彼女には思っている。杖付きの彼女にぶつかったのだ。それを今、思い返す。でも、それと、同時に、自分勝手な焦りが生まれていた。


 だから、僕はすぐに彼女がこちらへと差し出している僕のノートを手に――。


「じゃあ、これは……ありがとう……!」


 杖をついた少女。それが彼女のわかりやすいトレードマークの一つ。

 でも、彼女はそれだけでない。彼女の存在はみんなが知っている。杖を持っているからーとか見た目がいいからーとか、そんな理由だけではない。


 彼女は――。


 椿原財閥ご令嬢。

 生徒会書記兼風紀委員。

 入試では学年トップ。

 容姿端麗。才色兼備。大人っぽさと、無邪気な笑顔を併せ持つ。

 常備している黒く光輝く杖もまた、彼女の強さと意志を象徴。

 人望も厚く、昼食時には彼女の周りに人が集まる大渋滞。

 入学と同時にファンクラブ創設された超S級美少女。


 足が悪い以外に彼女の欠点はない。


 これが間違いなく椿原 琴美の世間の評価だった。


 でも、僕にはしっかりと見えている。

 彼女の本性。彼女の抱いている感情。彼女がどういう人間なのか、その全て――。


 関わってはいけない。僕の視界と記憶がそう叫んでいる。

 だから、僕は早急に彼女が持つ僕のノート――それに手をかけて逃げ出すことにした。

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