002 12月25日、午前6時46分。

 部屋の隅に置いたベッドで人が動く気配がして目を開ける。

 バチっと音がするぐらい勢いよく万尋と目が合った。

「お、おはよぅ……」

 そう言いながら視線を逸らす万尋の様子は昨日のことを覚えていると自白している。

(さて、どうしたものか)

 俺だって言うつもりのなかった気持ちをいきなり暴露してしまって気まずい。

 でも、言ってしまったんだからこの際開き直ってみるのもいいかと思っている。

「あ、あの、わたし……」

「昨日のあれ、本気だから」

「うぐっ……」

 逃げようとした万尋に先手必勝。先に言ってやる。

「なかったことにされそうな気配がしたから言ってみた」

「コウくん……」

 困ったような表情を浮かべる万尋。

「わかってるよ。おまえが俺を幼馴染みとしてしか見てないことも、元サヤ男が好きなことも」

「元サヤ男ってやめて」

 文句を言いながら、万尋が俺のいるソファへと近づいてくる。

「どうした?」

 目の前で立ち止まった万尋と視線の高さを合わせるように起き上がる。

 座ってる俺と立ってる万尋だと、万尋の方がちょっと高いけど。

「そゆとこなんだよね」

「ん?」

 呟きの意味を考えながら万尋を見上げると、思ったよりも近くに万尋の顔があって……

「え、なにっ!?」

 どんどん万尋の顔が近づいてきて、待てと言う間もなく唇同士が触れ合った。

 一瞬、ほんと一瞬だけ、そっと触れた唇。

「万尋?」

「ごちそうさまです」

「は?」

 驚く俺に万尋はそう言っていたずらが成功したあとみたいな笑顔を見せた。

 その笑顔はめちゃくちゃ可愛いけど、俺はそれどころじゃない。

「なんで、キス……?」

「なんでだろ? 余裕綽々なコウくんにちょっと腹が立った?」

「いや、聞いてるの俺だから」

 それに、俺は少しも余裕綽々なんかじゃない。

「万尋、手貸して」

「手?」

「そう」

 万尋の手を取って、俺の胸にあてる。

「心臓、すごい早いね。こんなに早くてしんどくない? 止まっちゃわない?」

「止まるのは困るからあんまり俺を驚かさないで」

「コウくんがいなくなるのはいやだから善処します」

 今度はまじめな表情を見せる万尋。

 その様子に俺も少し落ち着いてきた。

「さっきのキスは、コウくんとキスしたらどんな感じだろうって思ったから」

「思ったからって実行するな」

「でも、全然嫌じゃないって気づけたよ」

「え?」

「森薗煌夜さん」

「は、はい」

 いきなりフルネームで呼ばれたことに驚いて背筋が伸びる。

「昨日言ってくれたことへの返事はしばらく保留にさせてください」

「保留……」

「コウくんがわたしにとってどういう存在なのか、しっかり考えてみたいの」

「……よ、よろしくお願いします……?」

「任された!」

 元気よく返事をしたあと、万尋の表情が歪む。

「頭、痛いんだろ」

「ご名答…… どうしてだろ」

「二日酔いだ、バカ」

「あ、そういえば……」

 缶酎ハイ4.5杯飲んで寝落ちたことを思い出したのか、万尋が頭を抱えてソファにもたれかかる。

「そこらへんに適当に寝転がってろ」

「コウくんはどこへ?」

「酔っ払いに効きそうな朝飯作ってやるよ」

「さすが、喫茶店マスター!」

「煽てても飯以外でないからな」

 ソファにごろんと体を横たえる万尋を横目に俺はキッチンへと向かう。

(二日酔いには何が効くんだったか……?)

 考えながら冷蔵庫を開ける自分の気持ちがとてもすっきりしていることに気づいて、俺は一人笑ってしまった。

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