スノープリンセス
惟風
しかもアラフォー
睫毛の先が冷たい。
神経が通っているわけでもないのに、そう思うほどにこの場所は気温が低い。
見渡す限りの白い平原、雪景色。
一歩踏み出す毎に靴の下でギュウギュウと音が鳴り、足が沈み込む。
もうどれくらい歩いてきただろう。今は晴天だが西の方に重たそうな雲が控えている。降り出す前に所用を済ませてしまいたい。そう彼は思った。
旅人マティスは荷物を背負い直して一心不乱に歩く。雪原の下に潜んだ遺跡を目指していた。地図はあるがほぼ役に立たない。目印などない一面の白い地面と、方向感覚を狂わせる幻術が遺跡を覆い隠してしまっている。
それでも、ある程度の距離まで近づけさえすれば、幸運な――あるいは不運な――探検家は遺跡に辿り着くことができる。
何故なら。
マティスは足元深くから伝わる微かな振動を敏感に察知し、歩みを止めた。
揺れは次第に大きく近くなり、程なくしてマティスの目の前の地面が盛り上がる。割れる。
白い塊が顔を出し、肩を出し、胴体を、足を出す。
何故なら、遺跡の番人であるスノーゴーレムが迎えに来てくれるからである。盗掘を目論む者の死神として。
『惜しいね その言い伝えはちょっとだけ違っている スノーゴーレムじゃなくて』
マティスの背中から声が響く。同時に、眼前のスノーゴーレムの背中からも音が響く。何かがひび割れている。めきめきとひび割れたゴーレムの背中から、白い三角の鰭が姿を表す。
『スノーゴーレム・シャークだ それはスノーゴーレムに擬態した、遺跡への忠誠心などないサメの魔物だ 餌が寄ってくるからここいらを彷徨いているに過ぎない』
「鰭だけでサメと言い張るのは無理があると思います」
とはいえ脅威には違いなく、マティスはくるりと後ろを向く。逃げるためでなく、敵を討つために。
背負った荷物が一度大きく震える。重い物が落ちる音。マティスがサメの魔物の方を振り返ると、あっさりと縦一文字に両断されている。魔王というのは本当に強い。“王”なのだから当然である。
『寒いの苦手だから あんまりこき使わないでほしいな』
「それは申し訳ありません。気をつけます」
しかし、友人想いの元魔王はこの後の遺跡の中で、マティスが三歩歩く毎に罠と魔獣の対応をさせられるのであった。
「ああ、ようやく見つけた」
マティスが長い指で摘んだそれは、雪原の遺跡の最奥にある至高の宝石、スノープリンセスの入った指輪だった。
ダイヤモンドに似た透明度の高い石の中に雪の結晶が舞い散って、陽光に翳すとくるくると踊る。マティスは指輪の台座に嵌められた宝石をしばらく見つめた。
「これならきっと」
『やめなよ 重いって 振った男から伝説の宝石 しかも指輪贈られるの恐怖でしかないと思うよ』
マティスは聞こえないフリをした。
旅人マティス。魔王とは無二の友情を築けても、人間関係、特に女性と恋愛関係を築くのが致命的に下手な男。
それでも彼の背中に魔王が留まっている限り、世界は平和なのである。
スノープリンセス 惟風 @ifuw
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