どこにでも現れる管を巻く白い蛇
長月瓦礫
どこにでも現れる管を巻く白い蛇
魔力と悪意でもって組み込まれた言葉による命令は絶対である。
使用者が死亡しても、その権利を放棄しない限り、効果は永続する。
これが呪いである。
魔法は誰かに受け継がれるかその場で放棄するのが通常だが、峰子さんの場合、どうも信者の誰かが勝手に継続しているらしい。
だから、魔法ではなく呪いであると彼女は続ける。
それなりに名のある魔法使いだったが、実績は出せていない。
人々の記憶から消えていてもおかしくない。クイズ番組やマニア向けの歴史小説でも取り上げないような魔法使い、とどのつまりはただの末端である。
「問題は本人の意思を確認できないことなのよね。
死んだ奴は関係ないと言わんばかりに、私にかけられた呪いは今もある。
誰かが丁寧に管理しているんでしょうね〜。
私のことなんて知らないくせに、本当に腹立つ」
「じゃあ、その人たち以外に呪いは解けないんだ」
「いろいろ試したし、やってもらったんだけどね。
あまりにも拘束力が強すぎて無理だって言われた。
アタシ、そんなひどいことやってないんだけど」
「どうせ、覚えてないだけなんじゃないの?」
今日は暖かいから、いつもより口数が多い。
バスケットを開けると、茶色のマダラの蛇が丸くなっている。
こうしてみると、猫とそんなに変わらないかもしれない。
「呪いをかけた奴は火あぶりにされちゃったし、もう何なんだかね。
本当に嫌になっちゃう」
木箱に忍び込んで密入国して、数百年が経った。
人間になれる時間は長くなってきているらしいが、完全に呪いは消えていない。
「案外、アンタとキスしたら人間に戻れたりしてね」
「そこら辺に転がっている人間を散々食べておいて何言ってんの?
無理に決まってるでしょ」
本気かどうか分からないから、気にしても意味はない。
「ほお、何やってるかと思えばデートかい?
いいねえ、青春ってヤツだ」
白い蛇が猫みたいに笑って、隣に座る。
頭だけ持ち上げて、こちらをじっと見る。
「けど、こんなヒョロいガキを相手にしてもおもしろくないだろ。
それとも、なんか変なのに目覚めたか?」
「なによ、白崎の兄さん。文句でもあるの?」
蛇同士が睨む。白蛇の白崎さん。そのままか。
白い蛇なんてテレビでしか見たことがない。
「よう、喋るヘビが二匹もいて驚いたかい? 俺は白崎っていうんだけど。
その昔な、遠い国から蛇がやってきたっていうんで、ウチで保護したのさ。
しばらくはヘビ仲間と一緒に生活してたんだけど、ある日人間に戻ったから驚いた」
なるほど、命の恩人というわけか。
蛇の理解者がいなかったら、今頃どうなっていただろうか。
「俺は人間に可愛がられているうちにいろいろ覚えちゃったタイプの異形でね。
蔵に忍び込むネズミを食うだけでありがたがられるんだから、人間ってチョロいよな」
この蛇は完全にナメくさっている。
長年生きた末に人間の言葉を喋れるようになったらしい。
「いつもなら身元不明のクズを食ってるのに、急にどうした。
クズとの間にできた子どもってわけでもねえんだろ?」
「何言ってんのよ、もう。そんなわけないでしょ」
「正直、そんなのさっさと捨てちまったほうがいいと思うね。
退魔師に目をつけられると大変だぞー」
値踏みするように近寄る。思わずバスケットを背中の後ろに隠した。
「あと数年待てば成人するんだろうが、コイツは例外だな。
ある時点で時間が止まっているから、どうしたって噛み合わない。
蛇でもなんでもそうだ。ハズレ個体なら勝手に死んでいくんだが、人間はそうもいかない。何でもかんでも守ろうとする、そうだろ?」
その通りだ。時間は進んでいるのに、生きている感じがしない。
ずっと時間が止まっているように感じる。
おもしろくなさそうに舌をちろちろ出す。
「……お前さ、生きてて楽しいか?
その目だってそうさ。黒く塗りつぶしてさ、なんも見ようとしない。
ソイツ、お前を食う気でいるんだぞ? 分かってんの?」
「別にいいよ。
どうせ、俺もどうしようもないクズなんだし。
こんな綺麗な人に食べられるなら、それもそれでいいんじゃない?」
バスケットに手を入れると、蛇が絡みつく。
白い蛇は俺と峰子さんを交互に見る。
「この子ってば、ずーっとこんな感じでね。
いつか死ぬんじゃないかと思うと、目が離せなくなっちゃって……困ったものね」
「お前、完全にハマってるな。いつも食べてる奴よりよっぽどタチが悪いってのに。
責任を持てないなら、風紋の鬼に面倒を見てもらうように掛け合ってみるけど」
「大丈夫よ。この子はちゃんと旅立って遠くに行くもの」
バスケットから出てきて、腕に巻き付いて、登っていく。
「……誰かを食べないと冬を越せないって言ってなかったっけ?」
「それはそうなんだけどね。
アンタ、割と明るいしんどい未来が待っているみたいだから。
それを邪魔するわけにもいかないし」
「これ以上、しんどいのは嫌だよ」
「楽しい人たちばかりなんだけどね。
そこを乗り越えられるかは分からないから、自分で頑張りなさい」
そのままいつもみたいに首に巻き付く。
白い蛇はあきれた様に見ている。
「退魔師にマジで目ェ付けられても知らねえぞ。俺は忠告したからな」
いつの間にか、白い蛇はいなくなっていた。
どこにでも現れる管を巻く白い蛇 長月瓦礫 @debrisbottle00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます