薔薇色テレビ

長月瓦礫

薔薇色テレビ

テレビに虹色のノイズが走る。

ノイズはすぐに消えて、アニメの続きが始まる。


翔とよく見ていたから、なんとなくこれを選んだ。

二人でアニメを見ていると、ママはすぐに俺を部屋に連れ戻した。

パパはそんな翔をすぐに叩いた。


だから、みんな家からいなくなってしまったのかもしれない。


宙ぶらりんのママ、帰ってこないパパ、壊れかけのテレビで、アニメを好きなだけ見ていられる。けど、コレを好きだった翔がいない。


いや、翔がいなくなったのは分かっている。

それが頭の中にちゃんと入ってこないだけだ。


今にきっと、「ただいま」って大きな声で玄関のドアを開けるんじゃないか。

そんな気がしてしまうんだ。


『少年、薔薇色の未来を君にあげよう』


テレビの中のテレビ頭が語りかける。

テレビ頭がテレビを乗っ取って、僕に優しく語りかける。

なんだよ。この前の続きがようやく見られると思ったのに。邪魔しないでよ。


『少年、喜びなさい。

君は厳正なる抽選の結果、未来に選ばれたのだ』


時計の針の音が鳴った瞬間、虹色のノイズが走る。

たった一秒、テレビ頭に邪魔される。

それが何度も続く。


ノイズが消えると、テレビ頭が少し大きくなっていた。

テレビの明かりがぼんやりと部屋を照らす。

宙ぶらりんのママの影が足元まで伸びる。


『宙ぶらりんのソレも帰ってこないアレも壊れかけのコレも、すべてをなかったことにできる。すべてが清く正しく、明るく楽しい、そんな未来を歩めることをここに約束しよう』


テレビ頭は僕に優しく語りかける。テレビから僕を見ているのだろうか。

だから、ママが宙ぶらりんなことも、パパが家にいないことも、テレビが壊れかけていることも知っている。


みんな静かになって、アニメをようやく見られると思ったのに。

壊れかけのテレビでも十分に見られるから、何も言わなかったのに。


時計の針の音、また虹色のノイズが走る。

次の瞬間、テレビの画面を隠すように、やけに背の高いテレビ頭が立っていた。


テレビの中にいたテレビ頭がテレビから出てきた。

テレビのくせにやけに手足が長い。


「私ならそれを叶えられる。

君は薔薇色の未来、すなわち輝く明日を手にすることができるんだ」


少しヒビが入ったテレビ頭、時代遅れの大きな頭だ。

後ろにある薄いテレビと何が違うのだろうか。


「いいかい、よく聞いておくれ。

すべてをなかったことにして、最初からやり直せるんだ。

自分の好きなように、思ったように生きることができる。

こんな素晴らしいことはないんだ」


僕の好きなように、人生を送る。

テレビ頭の言うとおりかもしれない。

こんなボロボロの部屋にいても、明るい未来を歩めるはずがない。


「ねえ、テレビさん」


「なんだい?」


「ママもパパもいらないんです。

翔を……弟だけを戻すことはできますか?」


ママはうるさいし、パパはすぐに叩いてくる。

翔だけが優しくて、一緒にいて楽しかった。


どうしていなくなってしまったのか。

それが今も分からない。


いや、頭の中に入ってこないだけだ。

二人に殴られ続けていつのまにか、死んでいたんだ。


守れなかった。たったひとりの弟なのに。

あっという間にいなかったことにされて、僕だけがここにいる。


最初からやり直すんだったら、二人で楽しいことをしたい。

誰も邪魔されずに、ずっと遊んでいたい。


「残念ながら、それはできない」


「なんで?」


「君の明るい将来のために、不要であると判断したからさ。

君が成功するためには、ある程度犠牲がどうしても出てしまうんだ。

分かってくれるかい?」


なんだ、戻ってこないのか。

パパもママもテレビも戻せるのに、翔だけが戻ってこない。


「じゃあ、いらないです」


僕はテレビを消した。ぷつんと音を立てて、画面は消える。

テレビの中にいたテレビ頭が目の前から消えた。


ようやく静かになった。

薔薇色でもなんでもいいけど、翔がいないのは許せない。


暗い部屋に宙ぶらりんのママと僕が取り残された。音がない。外は暗い。

アニメをもっと見ていたかったけど、テレビをつけると、あのテレビ頭が出てきちゃう。だから、もう寝るしかないのかもしれない。


「おやすみなさい」


僕はベッドに潜った。

夢の中なら、翔に会えるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薔薇色テレビ 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ