01:山奥の少年

 山奥に辿り着くには、相当な体力が要ると――彼等は思った。

 いくら自分達が元が人間ではないと言えども、実態を得てしまった以上は人間と似た様な状態である事には変わりないだろう。

 予め用意してきた地図と照らし合わせながら、彼等はひたすら山奥を進んで行くものの、その目的地はまだ見えない。というよりも、歩いても歩いても木々ばかりで道が開拓されていない地で、そろそろ方向感覚も鈍り始めていた。

 白シャツとカーキ色のハーフズボンといった非常にラフな格好で歩き続けていた少年2人だったが、そろそろ体力と精神面での限界が訪れて来たのか、地面の上にしゃがみ込んだ。


「あ〜〜ッ! 無理無理、無理ですッ! これ以上歩いても見つからんでしょ、これ!」


 そう大きく声を張り上げたのは、凛々しい顔でありながら少女と見紛う程度に端正な顔立ちを持った美少年だった。角度によっては、青味が感じられる潤いのある黒い髪の毛を、ワシャワシャと片手で掻き乱していた。

 美少年は濃藍色の瞳を、目の前に立っている少年へと向けて、言い放った。


「スイバさん、アンタ、方角分かってます? 修行時代、森育ちだったんでしょ」

「土地勘もないのに分かるわけない」


 少年・スイバは少々大人びた顔立ちを無表情のまま、美少年に対してそう言い放った。


「そもそも『この程度すぐ辿り着きますよ!』って言って、方位磁針持って行かないようにしたそっちの責任。僕は何度も持てって言った」

「ぅ、ぐぅう……」


 スイバの正論に続く正論に、心臓を抉り取られる勢いでぐさぐさと刺さったらしく、美少年は何も言い返せなかった。


(報道部は肉体的にも過酷とは聞いていたけど、本当に体力勝負だったとは……)


 この美少年の名前は、アザミ。黄泉の国の守り神にして、報道部の幹部の1人である。アザミは終戦直後に守り神として就任しており、つまるところ「ド新人」である。という事は、守り神として現世に来たのも今回が初めてで、何もかもが不慣れである。

 そして、スイバも同じく、守り神の報道部の幹部。スイバはアザミとはまた違った方向に攻めてくる美少年であり、身長はすらりと高く、桑茶色の髪の毛に芥子色の瞳はよく似合っていた。

 また、この山、実は広島市の奥に広がる山の一つであり、原爆により焼け野原になった広島市を嫌でも経由したわけだが、兎に角、市民たちの目が痛かった。痛いと言えども、悪い意味で注目されていたわけでなく、寧ろ、こんな美少年2人があの焼け野原の大地に降り立って、山の方へと向かっていくのだから、噂にならない訳がない。2人は非常にやり辛さを感じており、ある意味山に来た方がやり易かったと思ったのだが、現実はそう甘くはない。

 スイバは呆れ気味に溜息を吐きながら、言った。


「今回の目的は一つじゃない。そっちが市内に留まって、もう一つの目的を遂行しておけば良かった。部長が僕達2人を任命したのは、そういう意図があると思ってた。そっちもそれを了承した上で任務を請けた……と思ってたんだけど」

「いや、新人を1人で知らない土地に放り出す方がよっぽど怖くないですか? スイバさん、ボクの事心配じゃないんですか?」

「常に煩いし、元気だし、心配するまでも無いかなって」

「それ、新人に対する感情じゃない!」


 アザミはガーンと衝撃を受けながら、声を張り上げた。

 スイバがこうやってアザミを雑に扱うのも理由があるが、それはここではまだ語るまい。一つ言えるのは、2人はお互い気を許している者同士、という事である。特にスイバは。

 アザミは姿勢を崩しながら、緑色の天井を見上げ、ポツリと言い放った。


「女の子の時はボクぐらい煩いんだから、言えた義理じゃないでしょ……」

「……何か言った?」

「いーえ。なーんにも」


 アザミは顔を前へと向き直して、そこから俯いた。


(まぁ、確かに安易に任務を請け負いすぎたかなぁ、とは思うけど……部長直々の命令だし、逆らえないもんなぁ)


 自分のような新人に対して、しっかり任務を与えてくれるのは非常に有り難かった。それに、自分1人で行く訳でもなく、ちゃんと実績があるスイバと共に行くのだから、そこは安心出来る点だと思っていたのである。

 とはいえ、スイバの方はそうでもないようで、


「……任務の重さの程度的に、菊派1人ぐらい寄越して欲しい」

「あぁ……気持ちは分かりますよ」


 スイバのポツリと言い放った言葉に、アザミは同意した。

 守り神は明治前まで皇族派の菊派、将軍派の葵派に分かれていたが、今はその派閥も無くなり、菊派に統一されている。とはいえ、派閥としての形は残っており、未だに菊派と葵派の名前で呼ばれる事が多い。

 そして、スイバとアザミが所属している報道部は、その派閥関係ない部署とされている。と言うのも、設立者であるボタンが元々菊派に所属しており、菊派と葵派の分裂のどさくさに紛れて報道部が結成されたという事情がある。その時のメンバーが、スイバともう1人居たのだが、その1人は今、姿を眩ましている。

 因みに、現在の菊派は、予備隊も合わせて現在は12人程度おり、守り神の中でもかなりの少数精鋭と言われている。故に、非常に強く、化け物級の実力を持った守り神の集まりである。

 スイバは近くの木に寄り掛かり、言う。


「他から分断されてる部署とは言え、そのぐらいのツテは無かったのかな、あの人……関東大震災の時は予備隊と菊派2人の大所帯で東京に行ったって聞いたのに」

「まぁ、アレは悪霊狩りも兼ねてましたし、今回の任務とは程度が違うんでしょ。ボクはその時まだ候補生でしたけど」


 20年程度の前の関東大震災の時の守り神達の動きについて、アザミは苦笑しながらそう言った。


「新人研修も兼ねてるならあと2〜3人は居ても損は無いとは思いますけどね、ボクも。部長はそのつもりじゃなかったから、2人だけ寄越したんじゃないかなぁ」

「成功したら数は増えるけど……もう少し何があっても……」


 と、スイバが言及した所へ、木の後ろから何かが来る気配を察知した。

 途端、スイバは、その唯ならぬ気配に、すぐに木から自分の背を離して、アザミの前に立った。と、同時に、


「っ!」「ぎゃっ!」


 スイバの寄り掛かっていた木が右へとズッシリと倒れて、視界が砂煙に塗れた。

 すると、その煙の中から、スイバが感じ取った気配の正体が、ゆっくりと立ち上がった。全身毛むくじゃらで、明らかに人ではない、全体的に丸みを帯び、ずんぐりむっくりとした出で立ち。

 スイバとアザミはそれを見た瞬間、目を丸くして動揺した。


「熊!?」「熊……」


 そう、2人の目の前に現れたのは、熊。更に言うと、ツキノワグマだった。

 確か、こういった山には熊が生息しているとは聞いていたが、まさかこんなに早くにも対面するとは思っていなかった。そして、2人の間には30年前の三毛別羆事件の事が過ぎり、ここで自分達が食べられてしまったら――と、最悪の状況が脳裏に走った。

 アザミはゆっくりと立ち上がり、スイバに話し掛けた。


「ス、スイバさん、これどうするんですか。こんなに早く森の住民にお目に掛かれるなんて、そうそう無いですよ」

「……取り敢えず、逃げる!」


 スイバはそう言って、一つの弾を取り出すと、それを地面に叩き付けた。途端、熊と2人の間に煙幕の壁が出来上がり、熊は困惑していた。

 と、同時に、スイバとアザミはそれが途切れない間に、とっととその場から駆け出し、逃げ出した。


「追いつかれる前に隠れる事が出来る場所、探さないと!」

「まぁ、何かあったら、吹き矢で痺れ薬吹っ掛ければいいから」

「さっすが、守り神きっての忍者! 便利すぎるッ!」


 スイバの戦闘方法について、アザミは感謝しつつ、そんな事を思っている場合では無いと、後ろを振り返る事なく、ひたすら山の中を駆け巡った。

 暫く駆け回って、隠れる場所を探していると、ふと、丁度良く洞窟らしき入口が2人の目の中に飛び込んできた。アザミはそれを見るなり、タイミングが非常によろしいと、すぐに入口へと駆け寄ってスイバを手招いた。


「スイバさん! ほら、こっちこっち!」

「え……でも、ここって」

「いや、ほら、遠慮とか良いんで! ここしか無いんですから!」

「……分かった」


 スイバはその洞窟に入る事に少々抵抗があったが、熊が追ってくる手前、そうも言って居られず、アザミに誘導されるがままに、洞窟の中へと急いで入って行った。

 洞窟の中は地下へと繋がっており、入るなり、すぐに階段を降りる事になった。中は急造して造られたのが良く分かる程度に、土の壁で、タイルだとかそういったものは貼られていなかった。

 土に染み込んだ水や自然の匂いが、2人の鼻の中をくすぐる。地面は水を吸い込んで、びちゃびちゃとしており、少し歩くだけでも、ここで走るのは危険である事がすぐ分かった。

 アザミは周りをキョロキョロと見渡しながら、明かりが一切ない洞窟内に何処となく不気味さを感じていた。


「なんか、整備されてない感じですね、ここ。明かりもないし。階段はあるから、誰かが作ったのは分かるんですけど」

「……」


 スイバは、この洞窟に対して思う事があるのか、アザミに話し掛けられても何も答える事は無かった。まるで、この洞窟の存在理由を察しているようだった。

 そして、2人は暫くその中で身を潜めた。予め持参していた懐中電灯を取り出すと、一回灯りを点けて、お互いの姿を確認しながら、熊にここの存在を悟られないように、息を潜めていた。

 そこから更にかなりの時間が経ち、2人はそろそろ大丈夫だろうと思い、階段の方へと歩き始めた。なんとかやり過ごす事が出来た――そう思って、階段へと、一歩、足を踏み込んだ時だった。


「……だ、誰ですか、貴方達!」

「!」「あ」


 地上からこちらに掛けて、少年の声が降りかかった。

 アザミとスイバは声のした方向へと顔を上げて、その姿を確認した。


「……!」


 カーキ色の学童服を来た、少年だった。

 伸ばしっぱなしでありながら、定期的に毛先を揃えているのは分かる坊ちゃん刈りに、この時代では非常にメジャーな丸眼鏡。

 少年は、褐返色のつり目でキッと視線を光らせながら、こちらを睨み付けていた。


「ここ、俺の作った防空壕なんです! すぐ出て行って下さい!」

「ぼ、防空壕!? 本当に!?」


 アザミはその事実に吃驚して、目を丸くして辺りを改めて見渡した。

 一方で察していたらしいスイバは「やっぱり」と言いたげな表情で、地上にいる少年へと目を向けて、言い放った。


「僕達は別に気味に危害を加えるつもりは無いし、すぐにここから出ていくから安心してほしい」


 と、


「それに、僕達は熊と出会したから、ここを都合よく使わせて貰った。こちらは君が思うような事は一切企んでない」

「熊……。あぁ、まぁ、そういう事でしたら」


 少年もこの辺りの住民のようで、熊の事を話に出したら直ぐに事情を理解してくれた。

 そして、アザミとスイバは外に出て、少年と一緒に歩き始めた。空の方はすっかり火が沈みかけており、時間帯の方も夕方から夜へと推移していた。

 少年は2人に対して、名乗った。


「俺は、トビオって言います。ずっとこの辺に住んでますけど、若い子だけでここに来てるの見たのは初めてです」

「ボクはアザミ。こっちはスイバさんです。先程はお騒がせしてすみません」

「……どうも」


 スイバとアザミはそれぞれ頭を下げて、トビオに向けて謝罪した。トビオは「いえ」と首を横に振った。


「俺も勝手に不審者だと思ってしまってごめんなさい。この辺、本当に人来そうで来ないので、警戒してしまって」


 トビオがそう言うと、今度はアザミが質問した。


「いや、まぁ、それは良いんですけど……えっと、あの洞窟、防空壕って言ってましたけど、防空壕ってこんな山の中にも造るものなんですか?」

「と言うより、街からこちらに避難してくる人達がいたので」


 トビオは返し、


「お察しの通り、こちらは被害は受けてないです。ただ、この周辺、戦時中は空襲警報も多くて、こちらに逃げ込む人も多数いらっしゃいましたから」


 と、


「戦争が終わって使わなくなって、どこかで取り壊わしておかないとって思ってたんですけど、熊からの隠れ蓑に使えるなら、暫く残すのも有りですね」

「あって損は無いものですし……というか、あれ、1人で作ったんですか? 家族の人は?」


 アザミが更に質問を投げると、トビオは小さく笑みを浮かべながら、答えた。


「他に家族は居ません。俺、1人です」


 ――そうして、アザミとスイバが案内されたのは、山の中にある、小ぢんまりとした木造建築の建物だった。古めの様式の造りというか、下手したら江戸時代から残っていそうな、典型的な内装だった。

 彼の家の中に入るなり、真っ先に囲炉裏と、薬缶や鍋を吊るすための自在鉤がこちらを出迎えた。

 薬缶を炊いて、緑茶を準備している間に、トビオは話し始めた。


「……俺、昭和に入ってからずっと1人でここに住んでるんです」

「昭和に……って、うん?」「ん」


 アザミとスイバは彼の見た目年齢と話に大きく食い違いが発生した為、そこに反応しつつ、トビオの話に耳を傾け続けた。


「大正に入る前だか、どこかで、この裏にある鳥居の近くに、俺が捨てられてたんです。それを拾ったのが、元々この家に住んでたお爺とお婆でした」


 と、


「お爺とお婆は元々子供に恵まれなくて、俺の事を本当の息子のように可愛がってくれたんですけど、大正が終わる前に、2人とも次々と逝去してしまって……それから、ずっとここで1人で暮らしてます」

「……」


 今のトビオの話を聞いて、もしかして、と、スイバは質問を投げた。


「……君は20年、30年はずっとその姿で過ごしてる、って事?」

「ブフォッ!」


 アザミはスイバの質問に吹き出しながら、彼の肩を掴んで揺さぶった。


「ち、ちょっと! そういうのは深く突っ込まない方が良いですって!」

「いや……だって、気になったし」

「もしかしたら、そういう設定かもしれないでしょ! よくありますよ、そういう人外ぶりたい年頃みたいなの!」

「あ、アザミさん……別に良いんです。スイバさんの言う通りなので」


 スイバを揺さぶるアザミに対し、トビオはすぐに止めに入って、スイバの質問を肯定した。アザミは渋々スイバから離れて、トビオに話を続けるように、その手で促した。

 トビオは苦笑しながらも、その口で言葉を続けてくれた。


「スイバさんの言ったこと、当たってます。俺は20年、30年はこの姿で過ごしてます。多分、それはこれからもそうかと」

「……」


 アザミとスイバはトビオのその何とも言えない表情に、思わず黙り込んでしまった。

 アザミとスイバは元から自分達が人間では無い事が分かっている為、そんなものだと受け入れてきたが、トビオに関しては自分が普通の人間だと思って過ごしている筈で、内心は周りとの差に愕然としているに違いない。最初はきっと、普通の少年として過ごしてきたかもしれない。でも、ずっと、その姿のまま、過ごす事になるとは思ってもいなかった筈だ。

 トビオはそろそろ沸騰してきただろう薬缶を手にすると、予め茶葉を入れていた急須にお湯を入れ、三つの湯呑みに緑茶を淹れ始めた。

 2人はそんなトビオの様子を見ながら、小声で話した。


「あの……スイバさん、もしかして」

「……部長の言ってた、沙羅双樹が現世に生み落とした守り神だと思う」


 そう。2人の第一目的は、その守り神を見つける事にあった。

 「最近になって、沙羅双樹が現世に産み落とてしまった守り神の存在が囁かれるようになった。そして、自分達でその居場所を突き止めたので、行ってきてほしい」――これが、大まかな任務の内容である。

 しかし、アザミは抵抗を示した。


「でも、もし、トビオさんが本当にそうだった場合、この家とか……周りの事とか、どう処理をしたら良いんですか。そこまで責任持てませんよ、ボカァ」

「それはこっちも同じだけど、なるようになるしか無い」


 と、


「そもそも、この子の存在自体、本来ならイレギュラー。正常に黄泉の国の産み落とされなかった守り神は、そのまま力を失って、普通の人間として過ごすのが普通の事。でも、この子はそうじゃなかった。だから、噂がこちらまで流れてきた。それだけの話」

「ま、まぁ、そうですけど……」


 アザミは不満気に更に言葉を続けた。


「でも、今のままだと、彼が守り神という証拠に欠けません? あの姿のまま、長い間生きてるって時点で証拠になるのはそうなんですけど、また別の正体の可能性もありますし」

「心当たりなら、ある」


 スイバはそう言うと、お茶を淹れ終えたトビオに対して、質問した。


「さっき、君は鳥居の近くに捨てられてたって言ってたけど……本当?」

「えーっと、お爺とお婆がそう言ってたので、多分そうかと」


 トビオはそれぞれにお茶を渡すと、自分の席に戻って、続けた。


「お爺とお婆が若かった頃、ここは神社だったみたいなんです。明治の半ばぐらいまでかな?」


 と、


「ただ、さっきも言った通り、お爺とお婆は子供に恵まれなかったでしょう? それで、後継者が居ないってことで、神社の方は廃業して、空っぽの祠と古い鳥居が取り残されている状況なんです。その矢先に俺が鳥居に捨てられてたので、俺が神の子みたいにも言われてた気がします」

「その神社、僕達が見る事って出来る?」

「えっ」


 トビオはスイバの提案に瞳をパチクリさせて、驚いた様子だった。


「いや、別に良いですけど……見るところ、どこにも無いですよ。ただの廃墟ですし」

「僕……いや、僕達にとっては見なきゃいけないところだから」


 スイバは首を横に振って、トビオに言い切った。


「連れてって。そこに」


 そうして、トビオはスイバとアザミを引き連れて、家の裏にあるという、神社の跡地へと案内した。

 周りはすっかり暗くなり、夜の廃墟化した神社と言うことで、普通なら少々怖い所ではあるが、スイバやアザミはそうも言っていられなかった。

 トビオはランタンを片手に、それで辺りを照らしながら、鳥居や祠に近付けた。


「ほら、ここです。そんなに面白いもの無いでしょう?」

「……アザミ、どう?」

「んー、そうみたいですねぇ」


 スイバとアザミは廃神社へと近付いて、すぐに何かを察知した。そして、スイバの推測がしっかり当たっているのを確認したらしく、息を吐いた。

 2人の様子が何やらおかしい事に気が付いて、自分が粗相をしてしまったのかと思ったのか、トビオは困惑して自分の姿を見返した。とはいえ、スイバとアザミの心中など、今のトビオに読み取る事は出来ない。何故なら、今までの常識を全て覆さなきゃいけないのだから。

 スイバは自分から伝えると、アザミにアイコンタクトして、困っている様子のトビオに告げた。


「君……トビオ、って言ったっけ」

「は、はい」


 スイバから漂ってくる張り詰めた空気に、トビオの背筋がピンと伸びた。

 スイバはそんな彼の顔をジッと見据えると、そのまま言葉を続けた。


「単刀直入に言う。君は人間じゃない」

「……は、はい?」


 トビオは理解が追いつかず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。それもそうだ、いきなりこんな事言われて、すぐ受け入れる事が出来る者もそうはおるまい。

 が、スイバは説明してトビオの頭の中に叩き込む方が早いと思ったのか、そのまま続けた。


「ついでに、僕とアザミも君と同じく人間じゃない。僕達は黄泉の国で閻魔大王様に仕える『黄泉の守り神』って存在」

「……よ、黄泉の国!? 閻魔大王!? いやいや、冗談はよして下さい!」


 トビオは思わず声を張り上げて、言った。


「俺は誰かに産み落とされて、ここで捨てられた赤子ですよ!? なんでそう、突拍子もない所へと飛ぶんですか!?」

「信じようが信じまいが、そちらの勝手だけど、少なくとも、君の不老体質や、この神社に関しては、守り神でなきゃ説明がつかない」


 スイバは相変わらず淡々と続けた。


「君も察してたんでしょ、自分が人間じゃ無い事ぐらい」

「……それは、そう、ですけど」


 何処か納得いかない様子のトビオを前に、スイバは言い放った。


「守り神は、沙羅双樹の花から定期的に産み落とされる子供達の事を指す。大体は現世に咲いている花が大元になって、黄泉の国へと僕達が咲く」


 と、


「この神社は元々、イチハツの花を祀っていたのがすぐわかった。で、このぐらいだと大体の守り神が看破出来るか」

「な、何で、それだけで俺が守り神だって言い切れるんですか?」

「若い頃の姿、それも少年の姿で成長が止まる守り神っていうのは、程度が違えど、大体毒花だったり、棘があったり、何かしらの攻撃性がある」


 と、


「イチハツには下剤としての役割があって、昔は食中毒の時に飲んで原因菌を排除するって言う、ちょっと強引なやり方の使い方をされていた。勿論、それは普通の時に使うと、毒。たまに子供がイチハツの花に触って、肌に異常が出たりする」

「ボクの担当花なんて毒性ないのに、刺々しいってだけで少年神サイドなんですよ。ちょっと酷くないですか?」

「まぁ、沙羅双樹も適当だから、その辺」


 文句を垂れるアザミに対して、スイバがそう返しつつ、続ける。


「基本的に日本の神社が祀る神々って、ちょっと物騒なのが多いんどけど、そこを機嫌を取って、逆に自分達を護って貰うっていう、魂胆なわけ」


 と、


「イチハツのように毒性のある花を祀っている神社も、それと同じ。毒があるからこそ、それを利用して人々を外敵から守り、暮らしを守る。そこでイチハツの神社は廃業になってしまったから、君自身の生まれもおかしな事になった。もし、神社が正しく続いてたら、ちゃんと黄泉の国に生まれて来れたかもしれない」

「……そんな」


 トビオはスイバの話を一通り聞いた後で、その場で膝から崩れ落ちてしまった。


「じゃあ、俺の事を神の子だって、お爺とお婆が言ってたのは、察してたってこと……?」

「そこまでは分からない」


 スイバは首を横に振って、トビオと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「でも、君が普通の人間じゃ無い事はきっと察してたと思う。お爺さんとお婆さんが生きてる間から成長、止まってたんでしょ」

「……はい。身長伸びなくなっちゃったって、皆で笑いながら流してたんですけど、まさかこんな事になるなんて思ってなくて」


 トビオは頷きながら、ポロポロと涙を流し始めた。そして、スイバの顔を見て、言った。


「俺、どうしたら良いんですか!? 普通の人間じゃないのなら、ここに居たらダメなんでしょう!?」

「……別に居てもいいけど、生きる上で不都合は絶対出てくる」


 スイバは続けて、


「戦争を終えて、ひと段落したこの国だけど、これから著しく成長して、環境も変わると黄泉の国では言われてる。そうなったら、今のように山奥で1人で生きていくことに限界が出て来る。実際、今でもかなり厳しい筈」

「……」


 スイバの言う通り、現状、かなり厳しかった。この姿では稼ぎの手段にも限界があるし、銃刀法規制もある以上、武器を使っての食料調達も迂闊に出来ない。かなり誤魔化して生きてはいるが、そこにはそろそろ限界が見え始めている。

 そこで、アザミが明るく言い放った。


「で、トビオさんがそうならない為にも、今回ボク達が迎えに来たんですよ! まぁ、今から黄泉の国に戻ると、これから50年ぐらい修行しなきゃいけなくなるんですけど……現世で無理に生活するよりは手堅いサポートがありますし、ここでひっそり暮らすよりは楽な筈ですッ!」

「でも……ここを今すぐ捨てるわけにも……」

「……そう、だよなぁ」


 アザミが、そこで意気消沈してしまった。というより、明るく振る舞おうとして、やはり無理が出て来たようだ。同じ守り神として、トビオの置かれた環境にどうしても感情移入してしまったのだろう。

 が、アザミは続けた。


「でも、ボク達がここに来た理由は、トビオさんを黄泉の国を連れていくのが一つですから。なので、どうしても嫌って場合でも、無理にでも連れて行かなきゃいけないんですけど、まぁ、それは1ヶ月とか2ヶ月とかになった場合ですかね」

「うん。そんなに長い間拒否されたら、こちらもあらゆる手段を使って、君を黄泉の国に連れて行かなきゃいけないけど、今は受け入れるのにも時間が必要だし、ゆっくり決めてほしい」

「……」


 そこで、スイバは立ち上がり、


「まぁ、それまでは僕達がここで泊まるのも有りなんじゃない。どうせ守り神用の宿の予約取ってないでしょ、あの部長」

「あー、特に宿の話は聞かされてなかったですね。今は野宿上等でしょうし、適当にその辺で寝ようかなって思ってたんですけど」

「そ、それはダメですよ!」


 トビオがそれを聞くなり立ち上がって、


「ちゃんと俺の家に泊まって下さい。野宿なんて、いつ野蛮な奴らに襲われるか分かったもんじゃありませんよ」

「……だってさ。どうする、アザミ」

「当然、泊まるっきゃないですよ。それに、まだ広島には用事もありますしね」


 アザミはにししと笑いながら、スイバの問い掛けに答えると、手を差し出しながら、トビオに言った。


「じゃ、これからよろしくお願いしますね」

「……はい」


 トビオはアザミの手をギュッと握り締め、これでアザミとスイバの衣食住の住は保証されたのであった。

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黄泉の守り神〜広島奔走編〜 屯茶 @ptyhjm

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