黄泉の守り神〜広島奔走編〜

屯茶

00:報道部にお任せ

 1945年9月2日――東京湾での第二次世界大戦降伏文書調印式が完了されると共に、現世への追悼を示す黄泉の国の夜は、終わりを告げた。

 同年3月10日の東京大空襲をきっかけに、そこから半年以上、黄泉の国はずっと夜だった。激化する本土空襲と共に、此方へ訪れる死者の数が日に日に増していき、その度に空の色を切り替えていては切りが無いと、黄泉の国内はずっと自粛ムードを要されていた。玉音放送があった同年同月15日でも、それは解除されず、正式に調印された本日、やっと、いつもの黄泉の国が戻ったのだ。

 また、それと同時に、そこで働く神々達の声は歓喜の声ではなく「やっとか」という、少々疲れ気味の反応の方が溢れかえった。無理もない。夜になった黄泉の国の中で、死者を案内し、ずっと働いてきたのは彼等なのだから。

 そして、いつもの黄泉の国が戻ってきたとはいえ、彼等は平常運転に戻れなかった。いや、まだ戻る事が出来なかった。


 ――比良坂院ひらさかいん、議会室。

 黄泉の国の中枢と言えよう比良坂院の中にて、調印式後の臨時の議会が行われようとしていた。そこに座っているのは、白や色とりどりの軍服を着用している小学校高学年〜中学生前半程度の少年少女達だった。ただ、それは見た目だけ。彼等は程度の差はあれど、半世紀や一世紀分は普通に生きているのである。

 これが「黄泉よみまもがみ」。黄泉の国を守る為に閻魔大王の下、働いている少年達だ。

 そして、議会室の扉が開いた時、その守り神達が驚きで騒ついた。


「……なんだ。『男の姿』で来ちゃ悪りぃか」


 扉を開いた少年は、自分が入ってきた途端、煩わしくなった少年達を持ち前の三白眼で睨みつけ、彼等を黙らせた。それは効果覿面だったようで、少年達はそれ以上何も話さなかった。

 少年は丸眼鏡を押し当て、手に持っていた資料をテーブルの上に置くと、そのまま議長席へと座った。そして、その隣には、長めの坊ちゃん刈りの可愛めの少年が、腰掛けた。

 議長席に座ったのは、議会長・ミカゲ、その隣にいるのは副議会長・イズイ。普段はこの2人が、黄泉の国議会を統括している。

 ミカゲは古代紫色の軍服の襟元を正すと、隣にいる緑色の軍服を着たイズイとアイコンタクトして、再び各々の席に腰掛けている守り神達に目を向けた。


「これより臨時議会――を開く前に、議長の俺から話があります」


 ミカゲは立ち上がり、言い放った。


「この半年……いや、数年間、お疲れ様でした。まさか本土空襲がここまで長引くとは思っておらず、死者が膨れ上がるのも想定外でしたが、何とか終戦を迎えられたのは嬉しく思う所ではあると思っています」


 続けて、


「戦争を肯定する者、しない者、はたまた中立的な意見の者等、様々な立場の守り神が居る事でしょう。それが良い事・悪い事みたいな判断はしません。それぞれの思惑は各々にあるし、戦争が終わっても、各自の考えは大事になさってほしいと思います」


 と、


「しかし、これからも戦争による被害者が、後遺症により黄泉の国へやってくる事でしょうし、俺達の仕事はまだ終わっていません。これからも引き締めて、油断する事無きよう、仕事に勤しんで下さい」

「おい議長! ちょっと待てよ!」


 そこへ、白軍服に菫色のラインを纏った美少女・スミレが大声を上げてミカゲに絡んできた。

 スミレは内巻き気味の胡桃色の髪の毛を揺らしながら立ち上がると、どんな芸能人よりも整った顔立ちで、ミカゲを睨みつけながら言う。


「議長は悔しくねぇのか! 日本は今まで勝利の波に乗ってたのに、急に負け組に転落してんだぜ! 勝利信じてやってきた人達だって浮かばれねーだろ、こんなの!」


 途端、周りの空気が張り詰めた。

 戦争が終わり、死者が出なくなった一方、日清戦争、日露戦争と今まで勝ちを収めてきた大日本帝国が一気に崩れたのだ。やりきれない気持ちの国民も大勢居たのは、スミレの指摘通りだろう。それは守り神達も同じであり、自分達の守護する国の敗退は、何とも言えない気持ちでいっぱいだった。空襲の犠牲者達は一体何だったのだろうかと。

 だが、ミカゲはスミレの言葉を聞くと、言い淀む事無く、返した。


「――で、他に言いたいことは? それだけか?」


 そして、ミカゲはスミレを睨み付けて、声を張り上げた。


「悔しい云々以前に、人が多く死んでんだぞ! アメ公が無駄に人殺しに回って、挙句の果てに原子爆弾の実験に使われたんだ! 結局、俺等には何も出来なかったんだよ! どんなに俺等が神様だって言われても、この結果は覆す事は出来なかった! 敗戦が人々の無念云々言うなら、この戦争自体が無念みたいなもんだろ! こんな無駄な戦い起こってる方が悔しいんだよ、こちとら!」

「……っ」


 そのミカゲの剣幕に、スミレは何も言い返す事が出来なかった。

 ミカゲはスミレが黙ったのを悟ると、今度は静かに続けた。


「……今日は、これ以上お前と言い合う元気もねーよ」


 と、ミカゲは座り、


「じゃ、他に反論ある奴いたら、ヨヒラが対応するから、そっちに頼むわ」

「えっ、ちょっ、なんでおれ!?」


 青藤色の軍服を纏った金髪の美少年が、目をかっ開いて動揺していた。見るからに西洋の血が混じっていそうな見た目をしているが、本人はれっきとした、日本の黄泉の国の守り神である。

 相変わらずヨヒラを弄っているミカゲを見て、イズイはいつも通りだなぁ、と、思いながら、その横顔を心配そうに見つめていた。


 議会が終わり、散会した後、イズイとミカゲは議会室の近くにある窓から外を眺め、お茶を飲んでいた。

 イズイはお茶を啜りながら、ミカゲに言った。


「ミカゲさん、その……大丈夫ですか? 終戦後も現世のあちこち飛んでましたし、今も大分疲れが溜まってるんじゃないですか?」

「俺は別に平気だよ。そんぐらいの激務、守り神ならまぁよくある事だろ」

「あ……そういう事ではなくて」


 イズイは自分の意図した質問が出来ていなかった事に気が付いたのか、改めて言い直した。


「空襲あったら、その次の日にはそこに飛ぶぐらいの勢いで頑張ってましたし……それに、人々の焼死体とか、そうでなくても暑さにやられて死んでしまった人とか、本来ならあまり目に入れられないものとか、この短期間で、飽きる程見てきてるわけじゃないですか。精神面でもかなり疲弊してるんじゃないかって、さっきのスミレさんとのやり取りを見てて思ったんですけど……」

「……お前にはお見通しか」


 ミカゲは息を吐き、俯いた。


「アイツの言い分には納得出来なかったのはそうなんだ。俺は元々この戦争は嫌な予感がしてて、反対寄りだった」

「はい」

「その勘の正しさが目の前で次々と立証されて、正気で居ろって言う方がおかしい。ただ、その疲弊を表に出したら、議長としての面目が立たねぇだろ。だから、頑張って隠してたよ」


 と、


「イズイもずっと俺についてきて、どうなんだ? お前の方がその辺ケロッとしてる印象だったけど」

「僕はミカゲさんの背中だけ見てきたので。もし、ミカゲさんがいなくて僕1人だけだったら、とっくに正気失ってたと思います」

「……そうか」


 ミカゲはちょっと表情を緩めて、イズイの頭をワシャワシャと撫でた。ミカゲにとって、イズイとの2人の時間はこれまでにない息抜きであり、心の休憩の時間だった。それは、現世に居た時も変わらない。

 と、そこへ、


「よっす。さっきはアホに絡まれて大変だったな!」


 桃色の長い髪の毛を持った白い軍服を見に纏った女子が、ミカゲに話しかけてきた。

 ミカゲはイズイと共にそちらへと振り返り「あっ」と一声上げてから、言い放った。


「童貞!」「ボタンさん」

「……お前、こんな時でもそのふざけた精神は変わらねーのな」


 女子――童貞、ではなく、ボタンは引き攣った笑みを浮かべながら、ミカゲ達の横に立った。

 ボタンはミカゲの童貞という言葉から察する通り、本来は女子ではなく、少年である。つまり、性転換でこの姿を得ている。ついでに、議会でミカゲに絡んできたスミレも、元は男である。

 ボタンは表情を変えて、続けた。


「と、それはそうと、さっき、欠席者いただろ。まぁ、うちんの所……報道部の守り神なんだけどさ」

「ああ、そう言えば……3人ほど空いてましたね」

「スイバ、アザミ――スクミ、の3人だったか」


 と、イズイとミカゲは確認した。

 ボタンは黄泉の国の守り神の報道部を立ち上げた人物であり、報道部のトップも務めている。それで、本日の議会で欠席になっているのは、報道部に所属している守り神3人なのである。

 ボタンは続けて、


「スクミに関しちゃ……アイツは反戦拗らせてどっか行方眩ましちゃったからなぁ」

「じゃあ、スイバさんとアザミさんはスクミさんをお探しに?」

「んー、一から話すと」


 ボタンは悩ましげに首を傾げながら、脳内で話題の選定をし、続けた。


「実は、広島の山のどっかに俺等の仲間がいる、って情報があってな」

「ああ、それがスクミさん……」

「違う違う」


 イズイの言葉に対し、ボタンは首を横に振り、


「俺等って沙羅双樹から生まれて、黄泉の国で育つだろ?」

「はい」「そうだな」

「んで、ひょんな事から沙羅双樹から現世に落とされて、そのままの守り神がいるって噂がここ数年流れてたんだよ」


 と、


「報道部の権利を使って、そいつが居る場所を調べ上げる事が出来た。スイバとアザミの奴には、そこに向かって貰ってんだ」

「ん? その事とスクミの事と、どう関係あるんだ? 関係あるような口振りだったけど、関係あるように聞こえねーぞ」

「まぁまぁ、話は最後まで聞けって」


 ボタンは笑いながら、


「で、スクミの奴も多分広島にいるんじゃないかと思うんだよな。アイツの現世での実家、広島にあるだろ?」

「アイツの神社、広島にあんのか」

「確かに広島弁でしたけど……」


 3人で事実確認してから、ボタンは続ける。


「で、自力で現世に顕現するなら、そこからだと思うんだよなぁ。本来、任務を受けて顕現の手続きして、現世への列車乗らなきゃいけないんだけど、それやってないからな、アイツ」

「って事は、任務の途中で嫌になったとかじゃねーのかよ!」

「本当にふらっと消えたんですね」


 呆れ気味のミカゲとイズイに、そういう反応するよなぁと、ボタンは納得して頷きながら、


「ま、そんな訳で、ついでにスクミ見つかったら万々歳、って事で、アイツ等には広島に行ってもらった。少なくとも現世の何処かにいるのは確かだから、任務でふらっと見つかるだろうけどな」


 と、


「ま、これ以上は報道部に任せてくれや。本来なら現世に飛んであれこれ調べるのは俺等の役目であって、お前等のやる事じゃねーんだからな」

「あ……」


 ボタンは自分達のさっきの話を聞いていたのか、と、イズイとミカゲはお互いの顔を見合わせた。実際、現世の状況を報道部に情報を渡していたのは自分達ではあったが、まさかボタンに気を遣われる程とは思って居なかったようだ。

 ボタンはニッと笑みを浮かべて、片手をひらひらと上げた。


「スイバとアザミの2人なら、やってくれるさ。なんたって、報道部のとっておきだからな」

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