【第2巻発売中】ツンな女神さまと、誰にも言えない秘密の関係。【ショートストーリー】
赤金武蔵
クリスマスSS
「どどとどどうしよう葉月! 俺たち、マジでこれから女神さまたちとクリパすんの……!?」
「お前から言ってきたんだろ。覚悟決めろ」
身を切るような寒さの中、俺と淳也は駅前の広場で待っていた。
雪宮と一緒に来ると、半同棲がバレる可能性もあるからな。必要措置だ。
「っべぇ、マジ緊張する……! 手が寒すぎる……!」
「お前、変なところでチキンだよな」
産まれたての子鹿じゃあるまいし。もっと堂々としてろよ。
淳也の様子に笑いを堪えていると、急に広場がザワついた。みんな一斉に同じ方向を向いている。
あぁ、この感じは……。
騒ぎの方に目を向けると……やっぱり、雪宮と黒月がきた。
まるでそこだけ光っているかのような圧倒的存在感に、誰も話しかけようとしていない。
身綺麗な淡い水色のドレスとコートに身を包み、髪の毛も綺麗に編んでいる雪宮。
対照的に、黄色と黒を基調にしたドレスで気飾り、髪も緩いウェーブを巻いている黒月。
2人とも薄らメイクをして、最強の美人となって現れた。
「やっほー、はづきち。お待たせー」
「ごめんなさい、寒かったわよね」
「大丈夫だ。俺ら馬鹿だから風邪引かないんだ」
な、と振り返るが、淳也は雪宮と黒月を前にして硬直していた。
おいおい、3人はともかく、淳也は少し交流があるんだからそこまで緊張することないだろ。
「淳也、揃ったし移動しようぜ」
「……え、あ。お、おうっ。そ、そうだにゃっ……!」
ガチガチに緊張した淳也と、いつも通りの2人を連れて目的地に向かう。
雪宮と黒月は、俺を挟んで左右に陣取っていた。
「にしても、2人ともめちゃくちゃオシャレだな」
「そうかしら。高校生のパーティーとは言え公式の場に誘われたのだし、これくらいは普通だと思うけれど」
「ウチもそれ思った。まー2人の格好を見るに、ここまで畏まる必要はなかったみたいだけど」
そりゃそうだ。金持ちの交流会やら社交界じゃないんだ。普通の格好で、普通に楽しめばいいんだよ。
黒月は少し身をかがめ、俺の顔を下から覗き込んできた。
「ねぇ、はづきち。ウチ、かわい?」
「おう。可愛いぞ」
「ぬへへ。今日のために髪の毛とか頑張ってきたからねっ」
自分の髪をふわふわさせて、満面の笑みを見せる黒月。そんなに楽しみにしててくれたのか。そう言われると、こっちまで嬉しくなる。
「そういえば、今日はどこに行くの? カラオケ? レストラン?」
「言ってなかったか? 俺ん家だ」
「えっ、行っていいの!?」
まさかの場所だったのか、黒月が目を輝かせる。
「ああ。外だと金が掛かるし。あと俺ん家なら、ある程度騒いでも良いからな。お隣さんは外出してるみたいだし」
「おぉ〜……! ついにはづきちのお家に突撃だ……! ねえねえ、エッチな本とかある?」
「ある訳ねーだろ」
俺の否定に、黒月はむーっと頬を膨らませる。一人暮らしの男子高校生だからって、そんな物があると思うなよ。……普段から雪宮もいるんだから、見つかったら殺される。
ほら、今も雪宮に冷たい目を向けられてるし。だからないって言ってんだろ。
駅前から家の方に歩いていくと、淳也が口を開いた。
「つーか良かったのか? 前は絶対に家に来させたくないみたいだったけどよ」
「ちょっと事情が変わったからな。今日は特別だ」
前日に大掃除をして、雪宮の痕跡は消した。歯ブラシとかマグカップとか箸とか専用クッション等々、一時的に雪宮の部屋に避難させている。
ずっと雪宮と一緒にいるから、増えた荷物を片付けるのが大変だったな……。
「見えてきた、あそこの2階に住んでる」
見慣れたアパートが見えてきた。2階に昇って奥の方へ進み、自室の鍵を開ける。
「ほら、入ってくれ」
「おっ邪魔しまーす!」
「邪魔するぜ〜」
黒月と淳也は、初めて来たのに遠慮もなくズカズカと入っていく。
最後に雪宮が入る。が、俺の前で止まって俺の方を見上げてきた。
「どうした?」
「いえ。……お邪魔します」
……なんか、雪宮にお邪魔しますって言われるの、すごく違和感がある。これじゃない感というか。
雪宮も靴を脱いでリビングに向かい、俺も後に続く。
リビングでは既に、黒月と淳也があちこち見渡して楽しんでいた。
「葉月、お前めっちゃいい部屋に住んでるな!」
「ホント、高校生の一人暮らしとは思えないんだけどっ」
「まあ、父さんと母さんが金を出してくれてるから」
有難いことに結構広いリビングだ。高校生4人がいても、十分余裕がある。
雪宮はコートを脱ぎ、慣れた手でハンガーに掛け、キッチンに向かった。
「みんな、コーヒーでいいかしら?」
「ウチは大丈夫ー。あ、でもミルクとお砂糖は欲しいかな」
「お、俺も大丈夫っす」
雪宮が棚からインスタントコーヒーを取り出し、ケトルに水を入れる。
その間に俺がミルクと砂糖をテーブルに並べ、マグカップを4人分出した。
「ありがとう、八ツ橋くん」
「いえいえ」
まあいつもやってる事で……あ。
視線を感じてそっちを見る。淳也は床に座ってなんとも思ってないみたいだけど、黒月はこてんと首を傾げていた。
「おぉ……? 氷花ちゃん、なんか慣れてる?」
「こ、コーヒーを入れてるだけよっ。これくらい誰でもできるでしょう?」
おいコラ雪宮。数ヶ月前、電気ケトルを火にかけようとしたの忘れてねーからな。
「そうかなー? なんかコーヒーの場所とか知ってたみたいだったけど……?」
「た、棚にあったのが偶然目に入っただけよ。変な勘ぐりはやめてちょうだい」
「うーん……? はーい」
まだ訝しげな表情だけど、黒月は返事をしてソファに腰掛けた。
雪宮に近付き、小声で話しかけた。
「雪宮、ボロが出そうだ。あとは俺がやっとくから、座ってろ」
「……そうね、そうするわ」
雪宮とバトンタッチして、人数分のコーヒーを入れてリビングに運ぶ。
まだぎこちないが、黒月が淳也に話しかけていて、少しは空気が弛緩していた。
「えーっ! はづきち、中学のころそんなヤンチャだったのっ?」
「そ、そうなんすよっ。俺らの中では裏ボスとか呼ばれてて」
「あちゃ〜。はづきち、悪いんだー」
ニヤニヤ顔の黒月と淳也の脳天にチョップ!
「「ギャッ!?」」
「根も葉もない噂を流すな」
頭を抑えて悶絶している2人を無視して、俺も座布団に座る。
「それで? 本当のところはどうなのかしら、八ツ橋くん」
「嘘に決まってんだろ。……裏ボスってこと以外は」
「裏ボスは本当なのね。いったい何をしたらそんな呼び名が付くのよ」
俺が知りたい。俺は普通に生活してただけなのに、いつの間にかそんなあだ名が付いてたんだよ。
「あーもう。その話はやめやめ。それより飯だ、飯! クリパ用の飯作ってるから、全員運ぶの手伝ってくれ」
冷蔵庫に入れていたゆで卵とポテトサラダの盛り合わせに、シュリンプカクテル、ローストビーフを運ぶ。
他には手羽先の唐揚げ、オーブンに入れていたほうれん草のクリームグラタンを机に広げ、お茶やジュースのペットボトルも出した。
「ええっ!? これ、はづきちが作ったの!?」
「すげぇな、葉月! このローストビーフ、プロみたいだぞ!」
何枚も写真を撮る2人を見て、口角が上がる。雪宮も写真までは撮っていないが、目を輝かせて料理を見つめていた。
「まあな。黒月も淳也もかなり食うから、これくらいあってもいいだろ。食後にはクッキーとケーキがあるからな」
「食う食う! 食い尽くす!」
「ウチも負けねーし! 頑張って食べるぞー!」
同じ釜の飯を食うと仲良くなるのか、いつの間にか2人はワイワイとはしゃぎながら料理を食べ始めた。
さて、俺も食べるか。
座布団に座って手を合わせると、雪宮が俺の前に料理をよそった皿を置いてくれた。
「いいのか?」
「ええ。全部あなたに任せてしまったのだし、これくらいはさせてちょうだい」
「……サンキュ」
確かに今回の料理は、ほぼ俺が最初から作った。さすがにこれだけ手の込んだ料理は、まだ雪宮には早いからな。
みんなが美味い美味いと食べている光景を眺めながら、俺も料理を口に運ぶ。
やっぱりいいな、誰かに飯を食べてもらうのって。
◆◆◆
「ぷはーっ! 食った食った!」
「ケーキもクッキーもさいこーだったぁ〜」
おぉ〜、マジで綺麗さっぱり食い切ったな。俺と雪宮の倍以上食ったんじゃないか、こいつら?
雪宮も満足したのか、ホクホクした顔でコーヒーを飲んでいる。お気に召したみたいで良かった。
テーブルの上を一通り片付けてから、みんなの注目を集めるように手を叩いた。
「んじゃ、飯も食ったことだし、プレゼント交換に入るか。みんな、準備はして来たよな?」
俺の言葉に、みんな頷いて自分の分を取り出した。
それらを机の上に並べて、トランプの1から4のカードを前に置いた。
「こっちに、同じく1から4のカードを裏面で置く。ジャンケンで買った人から順番に取っていって、同じ数字のプレゼントを受け取るんだ。自分のプレゼントの数字を引いたら、右隣の人とカードを交換だ」
「おお〜。はづきち、手馴れてる」
「こういうのも1回や2回じゃないからな」
中学の時から、よくこうして友達と遊んでいたんだ。懐かしいな。
そうしてジャンケンをして、黒月、雪宮、淳也、俺の順番でカードを引いた。はい、そうです負けました。ジャンケン弱いなぁ、俺。
「じゃあ捲ってくれ。俺は3」
「私は1ね」
「ウチは4〜」
「俺、2。被ってはないな」
幸いにも全員被ってはいなかった。
俺のやつが淳也に。淳也のプレゼントは雪宮へ。雪宮のプレゼントは黒月に。黒月のプレゼントは俺に渡った。
「なんだよ、また葉月からのプレゼントか。いったい何年連続だ?」
「いらねーなら返せ」
「誰も要らないなんて言ってねーよ。って、それより……」
淳也がソワソワと、雪宮が受け取ったプレゼントを見る。
「す、すみませんっす、雪宮さん。俺、女の子のいるクリパとか初めてで、どんなもの用意していいかわかんなくて……!」
「いえ、大丈夫よ。開けていいかしら?」
「は、はいっす……!」
なんで中途半端な敬語なんだ、お前。
「あら、これは……?」
「アロマのバスソルトっす。いろんな匂いの詰め合わせとかで……好みに合うといいんすけど」
「ありがとう。後で使わせてもらうわ」
「は、はいっす!」
雪宮の微笑みに、淳也は満面の笑みでガッツポーズした。
「お前にしては普通というか、面白みがないな」
「当たり前だろ。男だけならサドンデスソース5本セットとかにするわ」
それでこそ淳也だ。
次に俺が、黒月からのプレゼントを開ける。
「お? これ、ストールってやつか?」
「うん! 男の子でも女の子でも使いやすいようににグレーのものにしたんだ。犬の刺繍がワンポイントだよ」
確かに可愛らしいデフォルメの犬が刺繍されていた。これくらいなら、マフラーとして外につけて行っても問題なさそうだ。
「ありがとうな、よっちゃん」
「ぬへへ。照れますなぁ〜」
朱に染った頬を掻くよっちゃんを見て、こっちまで笑顔になる。可愛い幼馴染みだ。
「八ツ橋くん、それカシミヤよ。大切に扱いなさい」
「……え。カシミヤって、あのお高いやつ……?」
まさかと思い黒月に目を向けると、うーんと首を傾げた。
「ごめん、値段見てない。あ! けど調べちゃダメだからね! 無粋だよ!」
「わ、わかってる、わかってる」
わかってるけど、気になりすぎる。怖い。どんなもの渡されたんだ、俺は。
大切にそれを箱にしまうと、次に淳也が俺のプレゼントを開けた。
「さてさてさーて。今年のお前のプレゼントは何かなーっと。……ん? これ……火事でも中身の氷が溶けなかった、例の水筒じゃん!」
「さすが、よく知ってるな」
あの映像は衝撃的だったが、アレのおかげでこの水筒が世界的に爆売れしたらしい。
確かに高かったが、まあクリスマスプレゼントならいいだろう。
「はづきち、めっちゃ実用性のあるものにしたんだ」
「八ツ橋くんらしいわね」
「うっせ」
俺も男女混合プレゼント交換会なんて初めてだから、これくらいしか思い浮かばなかったんだよ。
最後に、黒月が雪宮からのプレゼントを開けた。
「およ? これお財布? めっちゃかわいー!!」
「ええ。私もどんなものにすればいいのかわからなくて……これなら、女性でも男性でも持っていて違和感はないと思ったから」
黒月の喜びように、雪宮は安堵の息を吐く。
が、俺と淳也は見逃さなかった。
「淳也。あのロゴってまさか……」
「フランスの超有名ブランドだぞ」
2人で顔を見合わせる。雪宮のやつ、絶対この中で1番ヤバいものを持ってきやがった。俺たちのどっちかが当たったら、絶対持て余してたぞ。
あぁ……当たったのが黒月で良かった……。
その後、みんなでくっちゃべったりゲームをしたりして、いつの間にか夜の20時を回っていた。
「やべ、そろそろ帰らないと親父に殺される」
「ウチも帰ろうかなー。ほんと、あっという間だった〜」
コートを着たみんなと一緒に、俺も外に出る。
さっき黒月から貰ったストールを巻くと、黒月が嬉しそうに笑った。
「あ、早速使ってくれてる! ぬへへ、似合ってるよ、はづきちっ」
「サンキュ。暖かいよ、これ」
実際かなり首元が暖かい。体感温度が4度くらい変わるっていうのは本当らしい。
3人を駅前まで送っていくと、淳也はちょうど来ていた電車に飛び乗った。
「黒月はどう帰るんだ?」
「ウチは自転車だよ。ちょーさみーけど、ちょーがんばるっ」
停めていた自転車に跨り、黒月はこっちに手を振ってきた。
「じゃーね、2人とも! 今日は楽しかった! また明日、学校で!」
「おー」
「またね、黒月さん」
颯爽と走り去っていく黒月を見送る俺と雪宮。
黒月が見えなくなるまで見てから、雪宮の方を見た。
「んじゃ、帰るか」
「そうね。……少し疲れたわ」
だろうな。顔に出てる。
雪宮を連れて、来た道を帰る。
家々から賑やかな声が聞こえてくる。家族とのクリスマスか……俺には記憶がないな。
少しだけ寂しい気分に浸っていると──街頭の下で、雪宮が止まった。
「八ツ橋くん」
「ん?」
立ち止まり、振り返る。
街頭の下、銀河を束ねたような髪は美しく輝き、雪宮の頬は少し赤らんでいた。
寒さ故か、別の理由かはわからないけど……思わず息を飲んでしまう程、美しかった。
この世で2人きりになってしまったと錯覚していると……雪宮が、カバンから何かを取り出した。
綺麗に包装されたそれは、どう見てもプレゼントみたいで……。
「これ……あなたに」
「え? いや……え?」
な、なんで今? え? だってプレゼント交換で出して……。
「……普段からお世話になってるから、その……個人的にお礼がしたかったの」
「そ……そうか」
「……嬉しくないの?」
「いやいやいやっ、めっちゃ嬉しい!」
まさかこんな形で、雪宮からプレゼントを貰えるとは思ってなかったから、驚いた。
あと、もう1つ驚いた理由がありまして。
「実は俺も……ほれ」
「え……プレゼント……!?」
俺もカバンから、赤い包装のプレゼントを取り出す。
「雪宮、もうすぐ誕生日だろ。だから……な?」
「……覚えていてくれたの?」
「まあ、うん。そりゃな」
もう何ヶ月一緒にいると思ってんだ。誕生日くらい覚えるわ。
「ほら。……誕生日、おめでとう」
「……ええ、ありがとう」
互いが互いにプレゼントを渡し、街頭のスポットライトの下、見つめ合う。
と……どちらともなく、笑いが込み上げてきた。
「ふふふ……メリークリスマス、八ツ橋くん」
「……ああ。メリークリスマス、雪宮」
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