【閑話】東雲千明




こんな僕にもかつては趣味があった。唯一といっていいくらいの。


それが、ヴァイオリン。


今から13年前――ちょうど物心がついた頃、僕は両親に連れられて世界的ヴァイオリニストが主催するコンサートに行った。

そこで僕は幼心に深い感動を覚え、コンサートの帰りに買ってもらった子供用のヴァイオリンに夢中になった。


あの頃の僕は、まだ自分の体質を理解していなかったし、何かを『楽しい』と思えるような、年相応の感情があった。将来は世界一のヴァイオリニストになるという夢もあった。


寝ても覚めてもヴァイオリンのことばかり考えて、必死になって練習した曲を沙夜ちゃんや遙香の前で披露したときのことはよく覚えている。


それから何年か歳を重ねて、国内外のジュニアコンクールでいくつもの大賞を取って、『100年に一人の天才児』『パガニーニの再来』などと、周囲の大人たちは僕をもてはやした。


ちょうどその頃だった、自分のイカれた体質を自覚したのは。





「千明くん! この前に出したデビューアルバムだけど、クラシックでは異例の売り上げ枚数だったよ! 史上最年少のオリコンランキング入り、おめでとう!」

「あ、ありがとうございますっ!」


僕は某芸能事務所に所属し、若干8歳にしてCDデビューを果たす。


当時の僕は、夢への第一歩に繋がると思い、素直にそのことを喜んだ。




それから…………。




「それで、今度の曲集についての相談なんだけど――」

「えっ……ま、またですか……?」


デビューしてまだ半年なのに、既に3枚目のアルバムを出したところだった。


「うん。千明くんならもっと上を目指せるから一緒に頑張ろう?」

「……はい」





「千明くん、私の弟子にならない?」

「いえ、僕は……」


僕は今まで教本を読むことはあっても、直接誰かに教えを請うたことはない。

基本的にすべて独学だった。

そんな僕を弟子入りさせようと、多くのヴァイオリニストが家までやって来る。


「まだ子供の貴方のために言っておくけれど、この世界では『箔』が重要なのよ。誰に教わったかで、近道にも遠回りにもなるの」

「……はい」

「私は今まで多くの弟子たちを育ててきたけれど、千明くん、貴方は別格。私の一番弟子になる資格があるわ」

「……そうですか」





僕を利用して出世しようとする音楽出版社のプロデューサーたち。

自身の奏法に染め上げ、指導者としてさらなる名声を得ようと近づいてくるプロのヴィオリニストたち。


欲望と打算にまみれた大人たちの思惑が、並列思考を通して見えるようになったとき、僕は壊れてしまった。あれだけ好きだったヴァイオリンが、ただの商売道具の一つにしか思えなくなってしまっていた。


真相は今でも分からない。

本当はただの被害妄想なのかもしれない。

彼らは心からの善意で、僕の夢を後押ししてくれようとしていたのかもしれない。


けれど、僕の思考の中に生きる彼らの瞳は、どう見ても濁っていた。


そうしていつしかヴァイオリンに対する熱意が冷め、心が完全に離れたことを自覚したとき、僕は弓を置いてしまった。


その後、夢と心を同時に失ってしまった僕は、荒れに荒れた。

周囲を見下し、事あるごとに大人たちに食って掛かったあの頃の僕は、思い出したくもないほどに、どうしようもないクソガキだった。


そんな僕が、今こうして普通の生活を送れているのは、紛れもなく恭子さんや遙香、そして沙夜ちゃんのおかげだった。

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ギフテッドは恋愛が解けない がおー @popolocrois2100

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