あなたに似せた雪だるま

ぴのこ

あなたに似せた雪だるま

 雪、止みましたね。

 ずいぶんと積もりました。雪だるまを作るのにかなりの量の雪を使ったんですけど、庭はまだまだ雪景色。

 景色はこんなですけど、寒くはないですね。雪だるまを作って運動したからでしょう。今は暖かい分、体が冷えてきたら風邪を引くかもしれませんね。でも、幸いにも今日は日差しが強くて暖かくなるみたいですよ。

 あなたも寒くはないでしょう?


 少し、昔話をしていいですか。子どもの頃の話です。

 初めて雪だるまを作った時の思い出を、今もよく覚えてるんです。

 あれは私が5歳の頃の日曜日。お姉ちゃんと一緒に、家で留守番をしていた日のことでした。

 朝起きたら窓の外が一面の銀世界になっていました。今日みたいに夜明けとともに雪が止んで、太陽の光が雪をきらきらと輝かせていました。

 幼い私は大はしゃぎ。私があんまり楽しそうなものですから、お姉ちゃんが誘ってくれたんです。


 雪だるま作ろうって。


 母は朝からパートで家を空けていたので、お姉ちゃんと2人っきりで雪遊びを始めました。私より2つ上のお姉ちゃんは以前にも雪だるまを作ったことがありましたから、先輩風を吹かしちゃって。でも嫌な感じはしなかったですね。大好きなお姉ちゃんでしたから。

 そんなお姉ちゃんに、私はひとつ提案したんです。おばあちゃんを作ろうよって。

 私の祖母は、その年の秋に亡くなっていました。優しい祖母を亡くしたことで、私もお姉ちゃんもそれは落ち込んだものです。もう一度会いたくてたまらなかった。

 だから、会おうとしたんですね。祖母に似せた雪だるまを作って。

 とはいえ子どものすることですから、人間そっくりの精巧な雪像なんて作れはしません。ただ、“おばあちゃんっぽさ”を意識しただけです。

 優しい目つき。ふっくらとした体つき。いつも笑っていた口元。

 私たちは精一杯の気持ちを込めて、雪で“おばあちゃん”を作り上げました。


 声が、聞こえたのです。


 それは紛れもなく、祖母の声でした。お姉ちゃんにも聞こえたようで、私たちはきょろきょろと辺りを見回しました。

 その声は、私たちが作った雪だるまから聞こえていたのです。

 大好きな祖母の声です。私たちは恐ろしさなんて感じもせず、祖母とお話をしました。祖母は最初は戸惑っていた様子でしたが、次第にあの優しい響きの声で私たちを褒めてくれました。すごいねえ。人を生き返らせるなんてねえって。

 祖母の話では、あの世なんてものは無かったらしいです。祖母は病院で眠りに落ちたと思ったら、家の庭で雪だるまになっていたと話していました。体が雪でできているのに少しも寒くないと笑っていました。なんとも奇怪な状況ですが、それを受け入れた祖母の胆力が凄かったと言うべきでしょうか。

 お昼になると母が帰ってきましたが、祖母の雪だるまを母に見せても母には祖母の声が聞こえないようでした。ただ祖母を思って雪だるまを作った私たちにニコニコしているだけでした。

 私たちはその日も次の日も庭で祖母と話していましたが、やがて雪だるまが溶けてしまうと、祖母の声は聞こえなくなりました。私もお姉ちゃんもわんわんと泣いて、祖母が二度死んでしまったかのような悲しみを抱きました。


 次に雪が降ったのは、それから一か月後のことでした。その日は私はお昼までぐっすり眠ってしまっていて、私より早く起きていたお姉ちゃんが雪だるまを作ったのです。また祖母と話したくてたまらなかったのでしょう。

 私はお姉ちゃんの泣き声で目を覚ましました。お姉ちゃんは家の中に戻ってきて、私と母に言いました。おばあちゃんが何も言わないと。

 私は庭に出ましたが、お姉ちゃんの作った雪だるまは確かに声を発しませんでした。私は手袋をはめて、新たに雪だるまを作りました。前回と同じく、祖母に似せて。

 その雪だるまは祖母の声で喋ったのです。それで気づきました。雪だるまに人を降ろすことができるのは私だけなのだと。


 でも、ある年から私が雪だるまを作ることは無くなりました。

 私が小学校に上がった年の冬、仲の良い友達が風邪を引いて学校を休んだのです。私はその子と毎日のように話していましたから、その子のいない学校生活は退屈で仕方ありませんでした。早く一緒に話したくてたまりませんでした。

 その子が休んだ日は、ちょうど雪の日でした。そこで私は閃いたのです。その子に似せた雪だるまを作れば、庭でお話しできるんじゃないかと。

 祖母の雪だるましか作ったことがありませんでしたから生きている人間を降ろせるのかどうかわかりませんでしたが、私は帰宅するとすぐに雪だるまを作り始めました。お姉ちゃんは15時くらいまで授業がありましたから私一人での制作です。


 果たして、雪だるまは喋りました。その子の声で。


 その子は困惑していました。雪だるまに目を付けても視力が備わるわけではないようですから、暗闇の中に私の声が響いている状態です。いくら聞こえるのが友達の声といっても、恐怖は抱くでしょう。

 その子は大声で泣きわめいてしまいました。もちろん、声は私にしか聞こえませんから誰かが泣き声を聞きつけることはありません。私はその子をそっと宥め、どうしてもお話ししたかったんだよと聞かせました。それでようやくその子は落ち着きを取り戻し、雪だるま越しに楽しく話をすることができました。

 ですが、夕方になって私が家の中に戻ることになると、その子は聞いたのです。


 と?


 私ははっとしました。そういえば、雪だるまから元の体に戻す方法を私は知りませんでした。祖母には戻る体なんてもうありませんでしたから、そんなことは気にもしていなかったのです。

 祖母は雪だるまを作った日から溶けてしまった日まで、ずっと雪だるまの中にいたのでしょう。故人であればそれでも問題無いでしょうが、生きた人間であればそうもいきません。

 私は庭から逃げるように立ち去り、家の中に戻りました。その晩も、朝になって学校に行く時も、叫び声がずっと庭から響いていました。私にしか聞こえない声で。 

 その子は次の日も、その次の日も学校に来ませんでした。来ない理由は私にはよくわかっていました。意識が庭の雪だるまの中にあるのですから、本来の体を動かせるわけがありません。

 雪だるまが溶ければ元に戻るのだろうか。元に戻れたとして、私になんて言うだろうか。そんな思いを抱えたまま、太陽に照らされて萎んでしまった雪だるまを見ていた時です。

 かなり溶けてきた雪だるまからは、なおも狂ったような叫び声が響いていました。その時です。雪だるまの首がずるりと落ち、べちゃり、と頭が地面に落ちました。

 その瞬間、その子の声はぴたりと止みました。まるで死んでしまったかのように…いえ、違いますね。


 死んでしまったのです。その子は。


 翌日、学校に行くと担任の口からその子が亡くなったことを知らされました。これは後に母から聞いたことですが、死因は心臓麻痺で布団の中で冷たくなっていたそうです。

 そこで私は、雪だるまに人を降ろした状態で雪だるまが溶け切ると、その人物は死んでしまうのだと知りました。同時に、その子は私が殺したんだと恐ろしくも。

 だって、雪だるまにその子の魂を閉じ込めたのは私なのです。私は解除する方法を知りませんから、私が降ろした人物は雪だるまが溶け切って死ぬまで、意識を保ったままずっと雪だるまに囚われてしまうのです。

 その日以来、私は雪だるまを作ることをやめました。祖母に会いたがる姉に作ってくれとせがまれましたが、頑なに断りました。怖かったのです。雪だるまで友達を殺してしまったことで、祖母を蘇らすことも殺すことと表裏一体のような気がして。


 ああ、でも正確にはそれから2回だけ作りましたよ。

 一度はお姉ちゃんが亡くなった後、お姉ちゃんを降ろすために。怖かったけれど、その気持ち以上にどうしてもお姉ちゃんの口から真相を聞きたかったのです。

 お姉ちゃんが亡くなったのも、雪の日でしたね。真夜中に、下着姿で外を出歩いていて…凍死でした。なんで下着姿で凍えていたのか、あなたは知らぬ存ぜぬを突き通していましたがお姉ちゃんが全て話してくれましたよ。


 義兄にいさん。あなたにDVを受けていたって。


 ここまで話を聞いたなら、あなたの末路はわかるでしょう。

 眠ることもできず意識を保って雪だるまに囚われたまま。助けを求めても声は誰にも届かない。やがて雪だるまが溶ければ死ぬ。死の先に死後の世界なんて無い。

 あるのは無だけ。


 さっきも言いましたが、今日は日差しが強いみたいです。

 さぞかし、溶け切るまでも早いでしょうね。


 

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