不眠症

水面

不眠症

深夜2時。


不眠症なんて縁がない話だと思っていた。

眠れないあの子は言った。「朝が来るのが怖いの」と。

あたしはその時、寝ても寝なくても朝は来るんだから、どうせなら寝たらいいのに、と思った。

けれど今のあたしは、ベッドに四肢を投げ出して、暗闇を見つめている。明日は仕事もあるのに、大事な会議だってあるのに。

昔のあたしなら、夢も見ずに眠りについていただろう。



大学時代の夏休み。同じ学部だったすみれちゃん。

彼女は夜が得意で、夕方から真夜中にかけて元気になった。

よく彼女の家に遊びに行った。ジュースみたいな甘い酎ハイを何本も空けて、真夜中のカラオケ大会。なんでもないことで笑って、お隣に壁を叩かれて、それもおかしくて笑った。

それからあたしたちはシングルベッドに潜りんでくっついていろんな話をした。

その時も見つめていたのはこんな暗闇だったのに、全然違う。

目が慣れてくると、赤らんだ顔のすみれちゃんがいかにも酔ってますと言った風ににっこりと笑った。あたしがつられて微笑むと、彼女は身体を少しだけ起こしてから、あたしを見下ろすような形になった。

「どうしたの」

不思議になって聞いたあたしに、すみれちゃんは一言、おまじない、と呟いてキスをした。

驚いたあたしを傍に、すみれちゃんは電池が切れたみたいに眠ってしまった。

いつも目の下に携えているクマなど無いかのように、安らかに眠った。



 あれから5年経って、あたしたちはもう会うことも無くなったけど、今でも暗闇の天井を見つめると、すみれちゃんの赤い顔が浮かんでくる。

あのおまじないは、あたしにじゃない、彼女自身にかけたのだ。

あの夜のように眠れなくなってしまったあたしを置いて、彼女は今ごろ眠っているのだろうか。

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不眠症 水面 @mizumo__

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