カヨクーム国では小説が全てなので、物語書いて成り上がります!〜没落貴族令嬢がナーロウ国とかルーファ国とかとビブリオバトル〜
アガタ
第1話 カヨクーム国へようこそ
「また、却下かぁ……」
編集者から届いたメールを見て、
これで何度目だろうか。
しかし今は、企画書で絶賛行き詰まり中だった。
出版社に送るたび、「設定が弱い」「キャラクターが浅い」と原稿をつき返される日々。自分なりに工夫を凝らしたつもりでも、結果はいつも同じだった。
これでは、夢だった小説家としてのデビューは、いつまでたっても叶わない。
「私、才能ないのかな……」
パソコンの画面を閉じ、
(何もかもが嫌)
挫けてしまい、外に出たのはその夜のことだった。
暗い道は、雨がそぼふる。濡れたアスファルトが、
夜道を歩きながら、
もし、自分の物語が誰かの心を動かせたら――
そんなことを考えながら、横断歩道に足を踏み入れる。
その時だった。
車のクラクションが響く。
何か大きな物が、
(トラックだ!)
瞬間、腕で覆いきれないほどの眩しい光がさし、視界がいっぱいになる。
(ああ……)
死ぬんだ。と
生み出したい。
人の心を動かす、小説を。
目を覚ますと、
「ここ……どこ?」
体を起こすと、柔らかなベッドの感触と豪華な室内装飾が目に入る。
窓の外には緑が広がっており、遠くには白のような建物がそびえていた。
まるでファンタジー小説の世界のようだ。
「お目覚めかね」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ベッドの傍らから、女性と老人が
「ふむ……まあ、少し様子を見たが、なんともなさそうだ」
「そうですか、ありがとうございました先生」
先生と呼ばれた老人は手を振ると、さっさと去って言った。
後には女性だけが残された。女性が
「村医者の先生がお手すきで本当に良かったです……気分は?」
(誰……?)
黒い長袖のロングスカート、結い上げた髪型。清涼感がある上品な身なりの侍女ドレスに身を包んだ女性は、
「え、あの……あなたは?」
「何をおっしゃるのです、リテリスお嬢様!ドロシーです!貴女の侍女です!」
リテリス? それは誰?
「転倒されてから、ずっと気を失っていたのですよ」
「気を失ってた……すみません、それってどういう……」
「まだ安静になさってくださいまし!」
(え……!?)
その姿を見て、
そこには、
「……なにこれ……!」
ドロシーが心配そうに
「ここはどこですか!?」
「どこって、お屋敷……」
「違います!ここはどの国で、誰の家ですか!?」
「私は誰ですか!?」
ドロシーは驚きながらも、
「ここはカヨクーム国、スクリプトリア家のお屋敷で、貴方様はスクリプトリア家の娘、リテリスお嬢様……」
「!?」
色の淡い蒼い瞳。金色の髪は緩やかに結い上げてあり、端正な顔と桃色の唇を飾っている。
着ているスリーピースの白いディ・ドレスは純白の綿ピケに施された連続的なアラベスク模様のコード刺繍がしてあり、腰には茶色い絹タフタのペンケースとノートが下がっていた。
(まさか……異世界転生した!?)
この断絶とも思える場面転換。知らない国。自身ではない顔。間違いない。私は、
「リテリス様……」
ドロシーが、今度は訝し気に
「お加減が悪いところ申し訳ないのですが、お父様が……レジェリ侯爵様がお帰りです」
「お父様……?お父様、はい、お父様ね……」
(ここはどんな世界なのかな……)
窓から見る景色は牧歌的で、ここがスクリプトリア家の領地の中の屋敷であると解った。
「ド、ドロシーさん」
「何ですかしこまって……いつもみたいにドロシーとお呼びくださいませ」
先に立って歩いていたドロシーが歩みを緩めて
ドロシーと歩きながら、
自分は、元居た世界で死んだのだろうか。そして転生した。転生。転生って言ったって、こんな美少女に生まれ変わるなんて都合がよすぎないか?
それともやはり、これは死に際の自分が見ている、走馬灯のようなものなのだろうか。
(それでも……)
夢でもなんでも、死んだと、終わったと思った命だ。
自分の人生に続きがあるなら、続けていかねばならない。今更戻る術もないのだ。
こうなったからには
リテリス・スクリプトアとして。
とりあえず今は、父親……の元に行くことが最優先事項だ。
チャリチャリと、ノートとペンケースをつなげた金具が鳴る。
(そう言えば、これ何だろう)
リテリスは、ペンケースを指さしてドロシーにそれとなく話しかけた。
「ね、ドロシー。このペンケースとノート、なんだっけ?」
「ええ!?」
ドロシーがすっとんきょうな声を上げた。忘れてしまったんですか!?とドロシーが叫ぶ。
「このカヨクーム国では<物語>が全てを支配しているのです!誰もが小説を書くことを義務とし、その評価によって……」
ドロシーが首元に着けているバッチをリテリスに見せる。首元には星のマークのバッチがつけられていた。
「これ!<アルス・シグナ>と呼ばれる魔法のバッチが授与されるんです!シグナは力の象徴であり、地位や名声を決定する重要なものなのですよ!それをお忘れになるなんて……」
「ご、ごめん」
「しっかりなさって!お父様に私が叱られます……!」
やがて、ドロシーはひときわ重厚な扉の前で止まって、その扉をノックした。
「失礼いたします。リテリスお嬢様をお連れしました」
「入りたまえ」
ドロシーが恭しく扉を開ける。
リテリスが中へ入ると、そこは膨大な書物が所せましと棚に詰め込まれた執務室だった。奥に執務机がしつらえてあって、そこに口ひげを生やした壮年の男性が立っていた。
「リテリス、ただいま帰ったぞ我が娘よ!」
どうやりこの人がレジェリらしい。レジェリはリテリスを見るなり早足で側に来ると、両手を広げて彼女を抱きしめた。よーしよしよしと何か小動物でも撫ぜるようにレジェリの手がリテリスの頭をさする。
「は、はあ……お、おかえりなさい」
リテリスはもみくちゃにされながら、レジェリの腕の中で迎えの言葉を言った。
「ビブリオバトルの準備はどうだ!?上々かな!?こちらの金策はな、ハハハ!まったく駄目だった!」
「ビ、ビブリオバトル?」
「おやおや?もう一度説明がいるかな?」
レジェリはまた両手を広げてパッとリテリスを離すと、両手を後ろ手に組んでゆっくりと歩き始めた。
「ビブリオバトルとは貴族や冒険者の間で行われている戦闘のことだ。知っての通り、小説同士をぶつけ合い、その完成度や、対戦相手、観衆への影響力で勝敗が決まるこの戦いは、国中が熱狂する娯楽でもある」
小説同士をぶつけ合う!?そんな戦いがあるなんて!リテリスは目を丸くしてレジェリの話を聞いていた。
レジェリが組んだ手を離して、本棚を指先でなぞる。
「我がスクリプトア家は、ビブリオバトルの名門!だが!現在は……」
レジェリは指先を本棚から離し、グッと拳を作った。そして、胸から財布を出してリテリスに見せた。
「御覧の通り、絶賛没落中だ!」
リテリスは目を丸くした。もしかして、大変な家に転生してしまったかも知れない。レジェリは厳しい口調で彼女に告げた。
「リテリス、お前の小説で家を救え!それができなければ、我々は終わりだ!」
「わ、私!?」
「そうとも!」
「わ、私なんか……お父様が出たらいかがですか!?」
「それだ!私も考えた!しかーし……」
レジェリはリテリスまで再度歩み寄る。そしてきっぱりと言った。
「私には才能が、ない!」
「ないの!?」
「しかしお前にはあるのだ、リテリス。小説を書く才能が」
レジェリがリテリスの肩を優しく、だが逃がさぬようにがっしりと抱く。
「お前が長年のスランプに悩まされ、8才の時から物語を紡げていないのは知っている」
リテリスの中に過去の記憶が蘇る。そう言えば、そうだった。私はずっとスランプで、ずっとずっと書けなくて……
「だが私は見た。いや読んだのだ。8才の頃書いた、お前の小説に光る才能を」
『おとうさま、みてみて!さいしょの小説が書けたの!』
『見せてごらんリテリス』
『えへへ、これ!』
『……』
『おとうさま?』
『……これは……!』
『面白く、ない?』
『粗削りだが、いやしかし、この光るものは……リテリス……すごいぞ!』
『えへへ、うれしい!』
「私……」
「案ずるな、リテリス!」
リテリスの肩を抱いたまま、レジェリが窓の外を指さす。
「お前なら絶対にスクリプトア家を救える!期待しているぞ!」
○
「どうしよう……」
自室に下がったリテリスは、ライティングテーブルの前に座って、呆然としていた。
リテリスは対戦相手の情報の書かれた紙を繰り返し読み続けている。
相手は貴族の少年で、緻密な設定を得意としている。彼の物語は、壮大な世界観と詳細な魔法体系で観衆を圧倒する。
「……勝てるわけない」
そう思いかけた瞬間、
自分がこれまで書いてきた物語は、決して評価されなかった。でも、それでも「キャラクターの成長」だけは誰にも負けないと信じて書き続けてきた。
「そうだ、私は私の物語を書くしかない」
リテリスは震える手で原稿を広げ、自分の物語を語り始めた。
それは、何の力もない平凡な少年が、仲間との出会いや別れを通じて成長し、最後には自分自身を超える物語だった。
○
リテリスと少年貴族が立つのは、ビブリオバトルの会場円形劇場だった。
観衆が見守る中、中央に設置された演台にそれぞれの原稿を置く。対戦相手の少年貴族、プリム・レグラントは、リテリスを見下すような冷笑を浮かべた。
「スクリプトリア家も落ちたものだ。こんな小娘を戦わせるとはな。まあ、僕の壮大な物語を前に君がどれだけ無力か、教えてあげよう」
リテリスは唇を噛みしめた。観衆からのざわめきが耳に届く。
「頑張れよ、スクリプトリアの令嬢さん!」
「でも、プリム様の設定は圧倒的だ。勝てるわけないよ」
全身が、緊張でふるえる。リテリスは深呼吸をして、自分に言い聞かせた。
(私は私の物語を書くしかない。そう、これまでずっとそうしてきたじゃない)
司会者が高らかに宣言する。
「では、ビブリオバトル開始!まずはプリム・オリギナル卿の物語から!」
プリムが前に出て、堂々と語り始める。
彼の物語は、緻密な設定で構築されていた。
物語の舞台は、星々が魔力を宿し、空に輝くことで世界を支えている〈星界〉……〈コスモス・ノクタリウム〉。
しかし、その星々が次々と光を失い、世界が崩壊の危機に瀕している。
主人公は、星の力を操る〈星詠い〉……〈アストロラウター〉と呼ばれる特殊な血統の青年、オラクル。
彼は滅びゆく星々を救うため、壮大な旅に出る。
「『星が消えるなら、僕がその輝きを繋ぐ。たとえこの命が尽きようとも!ゆき』」
プリムの声が会場に響き、星空が劇場に広がる。浮かび上がる魔法王国の歴史、壮大な戦争、複雑な魔法体系――観衆はそのスケール感に圧倒され、ざわめきが熱気を帯びる。
「星術の描写がすごいぞ!まるでその場にいるみたいだ!」
「星神と人間の葛藤が深いテーマだな!」
「これぞ貴族の物語だ!」
人々が口々に感想を言い合う。プリムが満足げに鼻を鳴らした。
「これが僕の物語だ。知識と創造力の結晶だよ」
プリムは勝ち誇ったように微笑み、リテリスを一瞥する。
「次はスクリプトリア家の物語とやらを聞かせてもらおうか」
リテリスは緊張で足がすくむのを感じたが、震える手で原稿を持ち、演台に立った。
「私の物語は……」
声がわななく。だがリテリスは続けた。
「私の物語は、ただの平凡な少年が、仲間との出会いや別れを通じて成長し、自分を超える話です」
観衆の一部がクスクスと笑う。さざめくような嘲笑の声が、劇場に広がる。
「そんなありきたりな話で勝てるのか?」
観衆の声が聞こえた。だが、リテリスは無視して語り始めた。
物語の主人公は、田舎の村に住む少年。何の力も持たない彼は、最初は自分を卑下していた。
舞台は、強風が吹き荒れる「風の谷」。この地では、風を操る力を持つ者が村を守る〈風守〉として尊敬されている。しかし、主人公の少年アレンは、風守の血を引きながらも、その力を発現させることができない落ちこぼれだった。
村人たちから見下され、孤独な日々を送るアレン。そんな彼が、仲間との出会いと試練を通じて成長し、自分の中にある可能性を信じ始める。
そして最愛の人を守るため、自分を犠牲にして仲間たちを救う。
「――そして少年は言った。『僕は弱い。でも、この弱さが、僕の強さだ。』」
リテリスの声は次第に力強さを増し、観衆は静かに聞き入っていた。彼女の物語は派手さや壮大さはないが、キャラクターの成長や感情の深さが観衆の心に訴えかけた。
朗読が終わると、会場が静寂に包まれる。そして――
「すごい……」
「泣ける話だった……」
「沁みる……」
次第に拍手が湧き上がり、会場全体を包み込んだ。
PV《ピュアボイス》ジェムが人々のシグナから放出され、リテリスのシグナに集まって、星が蓄積されて行く。
リテリスのシグナが輝きを増し、銀色に光る。リテリスはシルバーランクを会得したのだ。
司会者が、結果を宣言する。
「勝者――リテリス・スクリプトリア!」
リテリスは驚きと安堵で胸がいっぱいになった。プリムは唖然とした表情で立ち尽くしている。
「馬鹿な……僕の設定が、あんな地味な物語に負けるなんて……」
リテリスは小さく微笑んだ。
「地味かもしれないけど、私の物語には、人の心を動かす力がある。それが、私の武器です」
プリムが悔しそうに唇を噛みしめる。
初めての勝利に、リテリスは胸をなでおろした。
わっと会場の隅から歓声があがる。プリムとリテリスもそちらを見た。
「ノ、ノヴァック王子!?」
プリムが驚きの声をあげる。
観衆の歓声が一気に沸き起こり、ノヴァックが、会場の中心に現れる。
(王子……!?)
おぼろげな記憶が、リテリスの頭の底から湧いてくる。ノヴァック。彼はナーロウ国の王子であり、短編恋愛小説で絶大な人気を誇る天才だった。
ノヴァックは優雅に一礼する。彼の銀色の髪が、褐色の肌に滑り降りた。
そうして彼は、短い物語を語り始めた。
それは、戦争で引き裂かれた恋人同士の物語だった。わずか数ページの短編でありながら、彼の言葉は観衆の心に深く響き、会場を静寂に包んだ。そして最後の一行――
「愛している。でも、それを言えば君を縛ることになる。だから、僕はただ、君を見送るだけだ」
その瞬間、会場は拍手と歓声に包まれた。リテリスはその場に立ち尽くした。
彼の物語は、自分のものとは次元が違う――そう感じさせるほどの完成度だった。
呆然と立ちすくむリテリスに、ノヴァックはゆっくりと近づいた。
ノヴァックが、リテリスに向かって微笑む。
「君の物語、悪くなかった」
「え?」
「次は、俺と戦ってみる?」
その挑発的な言葉に、リテリスは息を呑んだ。
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