勇者養成所

夕山晴

勇者養成所


「——まだ、勇者はいないのか?」


 黒いマントを羽織る老人が尋ねた。教員の制服であるそのマントは、黒であればより権力を持つ。白いマントの私はいつも同じ答えを返した。


「ええ。残念ながら。まだまだひよっこばかりで」


 ふむ、と顎髭を撫でながら、その答えには不満があるようだ。


「そろそろ三年。もう限界だ。君のことだ、もちろんわかってはおろうが」



 私は物知り顔で頷いて見せた。


 三年前、突然増え始め、力も増し始めた魔物たち。

 強靭な鱗や鋭い爪、人間とは違う筋力——馬鹿力を持っている。種類も様々で、動物のような見た目のものから緑や茶の肌を持つ歪な人型のもの、生き物かどうかも怪しい岩やジェル状のものまで存在した。

 時には幻覚を見せたり毒を吐いたりと変わった能力を使う魔物もいた。


 まともにやりあえば、生身の人間は簡単にやられてしまう。

 遥か昔に作られた結界を頼りに、か弱い人間は一箇所に集まった。ヒールメール神殿を中心に、円を描くように建てられた広大な要塞。この迷宮のような場所に、なぜか魔物は現れなかった。

 神殿を囲む高い塀の中には入ってこないのだ。


 楽園だとか神の力だとか、安全地帯だと安心した人間は口々にそう言ったが、ヒールメール神殿に魔物が来ない理由を知っている権力者たち——黒いマントである教員たちは、すぐに行動を起こした。


 勇者の育成だ。

 魔物が増えた要因は、魔王の復活である。その余波で魔物たちが活性化しているのだ。


 まだ生まれて間もない魔王は、その血は、ヒールメール神殿のそれより劣っている。だから神殿には魔物は近寄らない。

 先の魔王の血が、神殿を囲い、魔物たちの目くらましとなっているからだ。


「もう、魔王は完全に復活する頃だろう。そうなれば、この神殿ももたないぞ。だからそれまでに魔王を倒す勇者を、育成せねば。これは重要な計画だ」

「ええ、それはわかっています」

「だろうな。君が一番わかっているはずだ。魔王の恐ろしさを、その凶暴さも」


 先の魔王は二十年前、倒された。

 ヒールメール神殿に捧げられている、聖剣によって。

 皮肉なものだ。魔王を突き刺した時に聖剣が吸った血が——魔王の血が、私たちから魔物を退けてくれる。魔物たちは本能的に、ただ血の強さを認識しているだけ。だから魔王が完全に力をつけてしまえば、あっという間にひっくり返る。


 急がねば。

 聖剣の血が、ただの目くらましだと魔物たちが気づく前に。

 本当にかしずくべき、本物の魔王は別にいるのだとわかってしまう前に。


 そのための勇者育成で、人間が生き残るためのすべでもある。


「そうですね、あんな目には二度と遭いたくありませんし」

「急げ。間に合わんぞ。無駄死にさせたくはないだろう?」


 そうしてマントを翻して去っていく、かつての師の背中を、鼻で笑った。



◇◇◇



 勇者養成所と銘打って、集められた少年少女たち。魔王を倒すための鍛錬漬けの毎日だから、見込みのない子はどんどん辞めてもらうことになる。勇者になれそうな人材を残しつつ、新たな入所も拒まず、戦闘に特化したチームを作り上げていく。


 勇者になれば、地位名声金と何一つ困ることはなくなるから、なりたいと願う子も少なくないのだ。勇者になれずとも、補佐というポジションを担うことができれば、今よりもずっと贅沢に暮らせることも大きな理由だろう。


 起きている時間の大半を体力作りと基礎鍛錬、実技訓練に充てた彼らは、三ヶ月に一度、勇者試験を受ける。養成所に居続けるためのテストのようなものだ。

 勇者になる見込みはあるのか、戦闘センスはあるのか、教員が判断する場となっている。夢破れて去る者もいれば——即、勇者になれる試験でもある。


「はい、次!」


 私は鼻息を荒く剣を振り回す少年の剣を弾き飛ばした。


 模擬用の剣とはいえ、重さは聖剣と同じである。平らにならされた地面の上を剣がカラカラと音を立て転がった。

 その剣を拾って、別の少年が目の前に立つ。


「エリンダ先生! 次は俺だ」

「……シルク」


 白い髪に緑色の目を輝かせて、シルクは今日もここまできた。

 私を相手に模擬戦をするのは、最終試験。体力面でも技術面でも、勇者として申し分ないと判断された子たちばかり。

 シルクは入所してすぐの試験から、今日の試験まで、全て最終試験まで残っている。


「先生を倒して、勇者になる!」


 そう叫んで、向かってくる。かわいい私の生徒。そして勇者の有力候補。

 初めて剣を交えた時からぐんと成長した。目が良い。体力は化け物並み。勘も鋭い。


 私の太刀筋を察して、剣でいなした。そこから腹部に向けて一閃。避けたものの彼はすぐに飛び退いたから、私の反撃は届かなかった。


(ああ、強い子だわ。さすが勇者最有力候補よね……似てるもの)


 強敵に立ち向かっていく姿勢も、挫けない心も、シルクを見るたびに思い出す先代勇者。魔王に剣を突き立て——私をたすけてくれた。


 そんな彼の姿はずっと忘れられない。勇敢な人だった。




 先代勇者の補佐をしていた私は、勇者の旅を支えていた。他にもいた数人とともに雑魚の駆除や魔物に襲われた村の後処理、救護などを行っていた。そうして魔王の巣と呼ばれる地下迷宮を進んでいった。


 魔王は強かった。最下層にたどり着いた時には十名いた仲間は、私を残して、全滅した。最後の力を振り絞った勇者は、魔王と差し違えて絶命していた。聖剣に刺された魔王は黒い塵となって消え、残されたのは仲間の死体と血を吸った聖剣だけ。

 私は、仲間を崩れていく迷宮に残したまま、聖剣だけを持ち帰った。仲間を見捨ててきた。


 魔王が復活したならば、また、勇者は敵わないかもしれない。

 魔王と共に散ってしまうかもしれない。

 だけどそれでも構わないのだ。血を吸った聖剣さえあれば、また数十年は平和が訪れる。

 勇者は生還を求められない。ただ魔王を倒し、みんなを守ってくれさえすれば良い。


 黒マントの権力者はそう考えている。

 数人の犠牲があったとしてもその他大勢が助かるのであれば、正義なのだと。


 私も一応はそれに賛同しているからこそ、教員となっている。

 聖剣だけを持ち帰った私はその他大勢を取ったのだ。ただ、せめて遺品の一つでも持ち帰ってきていればと思わない日はない。


 その懺悔のように……誰が勇者となったとしても、少しでも生きて帰れる可能性を高めるために、稽古をつけている。私が少女だったとき養成所で受けたように——年老いた私の師、今では黒いマントを羽織った彼の代わりに。



 シルクの剣がだんだんと重くなる。本気の目だ。

 講義の時は眠そうで、仲間たちといるときは優しそうで、訓練時は真面目になるシルクの目は、最終試験の時だけ、別の顔を見せる。

 それがまた先代勇者のようで、私は見るのが辛い。


「その程度!? 勇者になるなんて戯言だったかしら!」


 さらに本気になるように煽りながら、私もまた渾身の力を込める。

 やはり誰にも死んでほしくないようだ。

 私を倒して勇者になるというのなら、私は誰にも倒されない。決して。


 シルクが息を吐く。


「うぉぉぉぉーー」


 彼の叫び声と剣撃を受けながら、私は諦めて認めることにする。


 誰も行かせない。勇者なんて、そんな役割を与えない。誰にも。


 だから戦うの——全力で!


 構えた剣先から、オーラが見える。煙のような光のようなそれは、私が少女だった時、勇者の周りで見えていたものと一致する。随分と久しぶりに見たオーラに涙が出そうだった。


 力の限り振りかぶると、シルクは飛んだ。壁にぶち当たり、血を吐いた。


「大丈夫!?」

「っちくしょ……! 負けた」

「ああ、もうごめん! 力の加減を間違えた。すぐに医務室へ!」


 最後は、近くにいた生徒たちへ向けて言う。


 運ばれていくのを見送った後、生徒たちの成長を見極める教員たちの方に目をやった。

 白マントの教員が困惑している中、目を輝かせたり拍手をしたりする黒マントの権力者たちが見えて舌打ちしそうになったが、私の師だった彼だけが眉尻を下げていて、全て飲み込んだ。


 魔王は何度も復活する。繰り返される。聖剣を扱えるのは勇者だけで、人間を守るためには魔王の血が必要だ。

 全部仕方のないことなのか。


 オーラが見えた剣先を空に掲げた。曇り空に見えるのは、ただの木刀だ。


 私は、勇者になんて、黒マントの計画になりたくなかった乗ってあげる


 ここは、勇者養成所——私を勇者にするための場所だ。


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