藤波
あじふらい
藤波
庭に藤の花の咲く、美しい屋敷でのことである。
案内されるがままに長い
少女は、長い睫毛を伏せ、
精巧な細工物のような彼女は、ゆっくりとその瞼を開くと、黒真珠のような瞳でこちらを見やり、まるで興味がないとでも言うかのように、視線をそらす。
世界から全ての音が消えたかのように、自らのまわりは静寂に包まれている。
ただ少女の周囲だけが鮮烈に色付いて、色だけでなく、音も、香りも、この世の全てが彼女のために存在しているように、彼女を中心として波打っている。
ああ、私はこの少女に
私のこの胸を焦がすような感情は、何であろうか。
ただ、
彼女が高貴な誰かと結ばれ、幸せな一生を送るその一時ひとときを、私が支えて差し上げたい。
武人として仕官するのが当然の家に生まれた。
父や祖父のように、兄や弟に負けないように、刀も弓も、まるで義務のようにその腕を磨いてきた。
同年代の中で秀でているのは当たり前で、その座から滑り落ちないようにするのも当たり前であった。
それ自体に不満があったわけではないが、どこかで自分の人生に対して諦めのような気持ちがあった。
水墨画のように色のない人生に、突然、色がついた。
目も眩むような色彩が、ここにはある。
地位も、名誉も、中央での序列も、もう意味をなさない。
ただ、この少女のために生き、この少女のために死ぬのが自分の人生であると、今まで磨いてきた技や自らの命はこのためにあったのだと、納得した。
少女が身を運ぶ気配とともに、衣擦れと畳を擦る音が響く。
ざわり、と背後の藤が揺れる。
「あなた」
透き通った笛の
板張りの床が鳴く。
「いつまでそこでひざまずいているの」
風が通り抜けて、庭木がざわめいた。
垂れた頭を持ち上げ、目線を少女に向ければ、この世のものとは思えない美しさで、私にむけて微笑んでいる。
命を燃やそう、と思った。
――かくしてぞ 人は死ぬといふ
(万葉集 十二巻 3075番歌 作者未詳)
藤波 あじふらい @ajifu-katsuotataki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます