2025まであと1日

 朝、妙な暑苦しさで目を覚ました。

 あまりの暑さに耐えられず、俺は布団に手をかけた。そして、その布団を勢いよく捲り上げようと腕を振り上げた。しかし反対側、つまり布団の内側から俺の力に反発するように引っ張る力が働いていたようで、俺の手から布団が離れた。


(これ多分、ていうか絶対有紗が布団引っ張ったよな)


 俺は布団を引っ張った張本人を突き止めるべく、布団の中に顔を突っ込んだ。


「おはよう有紗。今日は冬なのに暑いな」


 案の定というべきか、布団の中には有紗が入っていた。有紗は俺の顔を見ると顔を輝かせて大声で言った。


「おはよう!朝ごはんください!」

「パンくらい自分で焼け」


 そう言うと有紗は耳元で騒ぎ始めた。何を言っているのか聞き取れないが、多分朝食を要求しているのだろう。俺は耳を塞いで目を瞑った。


「おやすみ〜」

「二度寝するな!」


 俺の腹に激痛が走った。目を開けると有紗の拳が俺の腹にのめり込んでいるのが見えた。


「朝ごはんおねしゃす!」



「知ってるか? 今日12月31日なんだぜ」

「知ってる。今日で私の記憶リセットらしいね」


 結局あの後、パンを焼いてそれを朝食として有紗に食べさせた。パンくらい自分で焼いてほしいものだが、有紗曰く「私がトースター使ったらトースター大炎上する」らしいので仕方なく俺が焼いた。家事が絶望的にできないとはいえど、トースターくらい使えるようになってほしいものだ。


「リセットらしいねって……他人事かよ」

「だって実感わかないんだもん。リセットされる感覚っていうのかな、そういうのわからないし」


 確かに有紗の言っていることは納得できる。記憶がリセットされると言われても、リセットされた記憶すら持っていないのだから実感がわかないのも当然といえるかもしれない。


「そういうモンかね」

「そういう物だよ」


 有紗を見るといつも通りの元気な笑顔が浮かんでいる。呑気な奴だと思いつつ、話を変えることにした。


「そういえば、行きたいとことか、やりたい事とか無いか? 今日でリセットなんだし行っておこうぜ」

「行きたいとこ、ねえ……」


 有紗は顎に手を当て俯き黙り込んだ。しばらく黙っていると、何か思いついたのか突然頭をガバっと上げた。


「あるわ」

「お、どこだ。行こうぜ」

「でもな〜あそこ行くなら夜が良いんだよね〜」


 夜行くほうがいい所というと、イルミネーションとかそういうホテルとかだろうか。


「じゃあ夜行くか」

「やった〜」


 これで夜の予定は埋まったわけだが、まだ昼食も取っていないのでそれまでかなりの時間ができた。


「夜まで時間もあるし、なんかやりたい事あるか?」

「じゃあゲームしない? これ」


 そういい有紗はどこからかゲーム機を取り出して俺に見せつけてきた。見ると、画面には超有名格闘ゲームのタイトル画面が映し出されている。


「やろうやろう。俺それ得意なんだ」

「おけ。じゃあコントローラーとポテチと割りばしとコーラ持ってきて」

「多いな」


 口では文句を言いつつも、俺はまずコントローラーとポテチをテーブルに置き、次に割り箸とジュースを取った。それをテーブルに置くと、有紗が本体と接続されたコントローラーを渡してきた。


「ありがとう。ほらコントローラー」

「接続しといてくれたのか。助かる」


 俺はそのコントローラーを受け取り有紗の隣に座り、有紗がAボタンを押してゲームをスタートさせた。



「飽きた」

「早いな」

「君が強すぎるせいだよ」


 昼食を挟んでゲームをしていたのだが、数時間経って有紗が突然コントローラーをテーブルに置いた。その流れでコップに入ったコーラを一気飲みし、ポテトチップスを口の中に詰め込んだ。


「ごめん」

「あ〜ストレス溜まる……気分転換に外出ない?」


 そう言いながら有紗はコートを持ってきた。

 きっと断っても無理やり外に連れ出されるだろう。そう思った俺は大人しくゲームの電源を切ってポテトチップスなどのゴミを捨てた。


「わかった。俺もゲームやりすぎて目痛くなってたし」

「じゃあ、夜ご飯も外で食べない?」

「賛成」


 俺は自分の部屋に行き財布の入ったバッグを持って、コートを羽織りリビングに戻った。


「じゃあ行くか」


 俺と有紗は玄関を開けて外に出た。俺はしっかり鍵を閉めて有紗にカイロを渡した。


「寒いだろ。カイロ使え」

「気が利くね〜ありがとう」


 俺がコートに手を突っ込むと有紗は物言いたげな表情を浮かべたが、すぐにその顔は消えて笑顔を浮かべた。


「じゃ、行こっか?」


 有紗に続く形で俺は歩き始めた。

 有紗と俺は街に出て、様々な所を回った。有紗のショッピングに付き合ったり、有名なケーキの専門店で濃厚なチーズケーキを食べたり、金がたくさん消えたが楽しい時間を過ごした。


「最後に、行きたいところあるんだよね。ちょっと遠いんだけど、付いてきてくれるよね?」

「もちろんだ」


 日もすっかり暮れて昼よりも寒さがきつくなった頃、有紗が言った。断る理由もないし、なにより夜に女子一人で出歩かせるわけにもいかないので付いていくことにした。

 電車に乗って、二駅離れた俺もたまに遊びに来る町に降り立った。有紗は駅ビルを出て歩き始めた。商店街や繁華街を抜けて住宅街に出たがルートが頭に入っているようで、迷いなく進んでいく。しばらく有紗に続いて歩くと、突然有紗が指を差して言った。


「ここだよ」


 有紗の指差す方を見ると、暗くて気づかなかったが小さな石段があった。見上げると、軽く300段はありそうな石段が続いている。


「えっと、まさかこの階段登るのか?」

「そう」


 言うなり有紗は石段を登り始めた。俺はあまりの長さに慄いたが、意を決して有紗に続き登り始めた。



「これ……いつまで続くんだよ」

「あと20段くらいだよ。ほら、あそこで終わってる」


 15分ほど経っただろうか、そんな事を呟いた。有紗が20段くらいと言っているが、その言葉に絶望しながら登った。

 少しずつ終わりが見えてきて、ついに石段が終わった。俺の足は悲鳴を上げている。

 石段を登り切ると、開けた場所に出た。石段までは木々が生い茂っていたのに、ここには木も草も生えていない。不思議な空間だ。


「こっちきて」


 いつの間にか有紗は先に進んでいた。言われた通り有紗の元へ行くと、俺は驚愕した。


「綺麗でしょ、この景色。どうしても君に見せたかったんだ」


 そこには、綺麗な町の夜景が広がっていた。


「すげぇ……きれい」

「でしょ?」


 街の灯りの一つ一つがそれぞれ輝き、それが集まって一枚の絵のように俺の目に映っている。


「私さ、記憶リセットされる実感無いって言ったじゃん?」

「言ってたな」

「あの時はさ、全く何も感じなかったんだけど……」

「だけど?」


 返答が無い。俺は不思議に思い、夜景から有紗に視線を移した。すると、有紗が涙を流していた。


「今は、怖いんだ。記憶が消えるのが」


 有紗の声が揺れている。そんな有紗の右手を俺の左手で包んだ。すると有紗は嗚咽を漏らした。


「この1年間、本当に楽しかった……それなのに……」


 俺は黙って有紗を抱きしめた。すると有紗は体を震わせて泣き叫んだ。

 5分くらい経っただろうか、有紗の泣き声が止まった。


「大丈夫か?」

「うん……」


 有紗は俺から離れて、涙の跡が残っている顔で笑顔を浮かべた。


「ちょっと私、どうかしてたみたい。私、この程度で泣くような弱い女じゃないしね」


 有紗はポケットからスマホを取り出し画面を見ると、残念そうな顔をしてスマホを見せてきた。


「残念。私、もう終わりみたい」


 画面を見ると、23:59と映し出されている。これが何を意味しているか、それは説明されなくてもわかる。


「じゃあ私から最後に言いたいことがあるの」


 そう言い有紗は俺に近付いて背伸びし、耳打ちした。


「大好きだよ」


 それに俺は――


「俺もだよ」


 と返したのだった。

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259200秒 さすふぉー @trombone1123

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