2025まであと2日

 朝、心臓に悪いスマホのアラーム音で目を覚ます。アラームを消すと画面には6:30と映し出されている。


(朝飯作んねぇと……)


 そう思い布団から抜け出そうと足を出すと、冷たい空気が肌に触れた。俺はあまりの寒さについ足を布団の中に戻してしまった。


「おやすみ」


 俺は布団を頭まで被り、二度寝を決め込むことにした。暖かい布団が身体を包んで、視界が朦朧とする。俺はそのまま深い眠りに落ち――なかった。ある声がそれを阻んだのだ。


「おはよ!! 良い朝だね!!」


 その声の主とは、西条有紗さいじょうありさ。今日も元気な幼馴染だ。


「うるせえよ。鼓膜破れるわ」

「朝ごはんをください!」

「まじで朝から元気だな」



 朝食は大体米、パン、もしくはシリアルの3つで派閥が分かれるところだろう。俺の親は朝食によく米を食べる人なのだが、俺はパンを食べる。パンの方が用意する手間がかからないし、なにより美味しいからだ。


「俺パンにマーガリン塗るけどお前何が良い?」

「じゃあ私もマーガリンにする」


 キッチンからリビングにいる有紗に聞くと気の抜けた声が返ってきた。俺はその声を聞いてパンを2枚トースターに入れてツマミを回した。

 ところで、なぜ有紗が朝から俺の家にいるのか。この時期になるとなぜか有紗の家族と俺の家族が一緒に旅行に行くのだが、有紗は家事が絶望的に出来ないため、その間俺が家で面倒を見ることにしている。なぜ子供を置いて旅行に行くのか、以前親に問い詰めたことはあるがはぐらかされて未だわからない。


「ところで、今日って君予定あったりする?」

「俺か? 俺は別に無いけど……それがどうした?」

「いやぁ……カラオケ行きたいなぁって」

「賛成。午後から行くか」


 そんな話をしていると、トースターがチンと音を立てた。トースターを開くと、香ばしいパンの香りが広がった。見ると、パンは綺麗なキツネ色に焼けている。


「焼き加減完璧じゃん」



「喉死んだわ……5時間は歌いすぎた」

「だから『のど飴いる?』って聞いたのに」


 日が暮れてきた頃、俺達はカラオケを出て家路を辿っていた。


「のど飴なしでもいけると思ったんだがな」

「カラオケの時毎回言ってるよね」


 俺はカラオケで痛めた喉を抑えた。

 話のネタが無くなり、そこから沈黙が流れた。しかしその沈黙は苦ではなく、むしろ居心地の良いものだった。

 しばらく歩いて、スーパーの前まで来た所で立ち止まり、大事な事をふと思い出した。


「そいうえば、今日の夕飯決めてないな。何か食いたいモンあるか?」

「なんでもいい!」

「それが一番困るんだよなあ」


 なんでもいい、という建前は非常に面倒くさい本音を含んでいる言葉だ。なんでもいいと言っておきながら、自分の中では既に決定された思いを察してもらおうという自己中心的な考え――『察せよ』という本音を含んでいる。


「じゃあ……米と麺どっちがいい?」


 なんでもいいという言葉を完璧に対処するにはまず相手の望む選択を見つけることが重要である。そのため、こうして慎重に正解を探らなければならない。


「麺!」

「なるほどな。じゃあ和洋中どれがいい?」

「中華!」

「ラーメンでいいか?」


 麺類で、中華と言えばラーメンだろう。逆にこれでラーメンでないのなら、俺はもう要望に答えることは出来ない。そんな料理知らないからだ。


「うん!」

「そうか、じゃあ材料買ってこう」


 自分が正解の選択を引き当てた事に安堵し、スーパーに入っていった。


(そういや、何ラーメン作ればいいんだ?)



「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。洗い物しとくから、先風呂入りな」

「助かる〜」


 俺は夕食を食べ終えて立ち上がり、ラーメンの汁が少し残っている器を持ってキッチンへ移動した。その間に有紗はリビングから出ようとドアに手をかけたが、何か思い出したようにくるりと振り返った。


「覗かないでよ?」

「覗かねえよ」


 有紗は俺の言葉を聞くと、安心した様子でドアを開けて風呂場へ向かった。俺はそれを見届けて、食器を洗おうとスポンジに手を伸ばしかけた時、俺のスマホが鳴った。俺はスマホに映し出された電話番号を確認し、電話に出た。


「こんばんわ。有紗は元気にしているかい?」


 スマホから聞こえる声は、低く落ち着いた男の声だった。


「こんばんわ、お父さん。有紗は元気ですよ、とても」


 お父さん、というのは別に俺の父親の事ではない。画面の向こう側にいる男、有紗の父親の事だ。


「それは良かった。しかし、今年も有紗を君に任せてしまって申し訳ない」

「良いですよ。有紗といると楽しいですし」

「そうか、ありがとう。良い年を」


 電話が切れ、スマホからはツーツーと電子音が流れる。俺はスマホを置いて食器洗いに移ることにした。

 有紗の父親は変な人だ。今の電話も、結局何が言いたかったのか俺にはわからなかった。有紗が元気か確認したかっただけなのか、それとも年末の挨拶をしたかっただけなのか。本当に、わからない。

 食器洗いを終えて、リビングでゴロゴロしているとリビングの扉が開いた。視線を移すと、そこには髪がぬれたパジャマ姿の有紗が立っていた。


「お風呂上がったよ〜」

「ん、りょ〜かい」


 俺は立ち上がり、着替えを取りに自室へと歩を進めた。

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