6・1 王女さまと魔法の歌
国王陛下にはふたりの王子様と三人の王女様がいる。王女様の上ふたりはすでに成人して他国に嫁いでいるけれど、末子のシャルロット王女様はまだ七歳。私の弟ノエルよりも幼い。
そんなシャルロット王女様から、私に呼び出し状が届いた。とてもあどけない字で。だけど文面は居丈高。
不思議に思いながらも、ランベルト様と共に王女様の元に向かった。
私たちが通されたのは、シャルロット王女様の寝室だった。お気の毒なことに、体が弱いらしい。
国王夫妻に見守られながらベッドに半身を起こしたシャルロット様は、挨拶をする私を厳しい目で見つめていた。
「ランベルト様がひとめぼれしたというから、どれほど美しい令嬢かと楽しみにしていたのよ」
私の検分を終えたシャルロット様は、可愛らしく口を尖らせながら、不満げな声を出した。
「なのに、ランベルト様のほうがずっと美しいじゃないの!」
「申し訳ありません……?」
この返答で合っているのかしら。美しさでランベルト様に勝てるひとはいないと思うのだけど。
「一目惚れではないと言っている」と、こちらも不満そうなランベルト様。
「だってお父様もお母様も、近衛騎士のみんなも、そう言っているわ」とシャルロット様。「ランベルト様が夢中だって!」
思わず首をかしげる。最近は好意を感じるけれど、夢中というほどではないと思う。
「……どうして、あなたがきょとんとしているのよ」とシャルロット様が私をにらむ。「そんなようでは、ランベルト様を譲れないわ! 本当は私がランベルト様と結婚するはずだったのよ!」
「まあ! 存じ上げませんでした。なんとお詫びを申し上げればよいか……」
「信じるな!」
私の謝罪を遮ったのは、当のランベルト様だった。いつもの凍り付きそうな目で、私を睨んでいる。
「シャルロットは七つ。私より二十近く年下なのだぞ」
「はあ」
「私を幼女好きの異常者にしたいのか」
「叔父様ひどいわ! こんなに好きなのに!」とシャルロット様が両手で顔を覆う。
――結局のところシャルロット様は両親公認で、ランベルト様に片思いをしているらしい。
ただ、『公認』といっても本気で結婚させようとしている訳ではない。体の弱い末子が可哀想だから好意を否定しないであげているといったところで、ランベルト様も同様だそうだ。
だけど中途半端なことをしたらシャルロット様が可哀想なのでは、と思ったけれど、彼女自身もわかっているみたいだ。
てっきり泣いてしまったのだと思ったシャルロット様は、嘘泣きだった。『傷ついたから、デートをして!』と主張するための手段だったらしい。
七歳にして、なかなかの策略家だ。
その『デート』だって、調子の良いときに王宮の庭園を散歩するという可愛いものらしい。
「春真っ盛りですもの。庭園デートはきっと素敵ですね」
「……どうして、あなたが推奨するのよ」と、またも口を尖らせるシャルロット様。「余裕があって憎たらしいわ」
「ええと。私はそのようなデートをしたことが、というよりデートをしたことがないから、きっと素敵だろうなと思いました」
「あなた、デートをしたことがないの?」
はいと答えると、シャルロット様は目を見張った。
「叔父様。婚約をしてから今まで、なにをしていたの? 好きな女性をデートにも誘わないなんて」
「……」
ランベルト様は、怖い顔をしたまま答えない。
これは、どういう反応なのかしら。
「思いつきもしなかったという顔だな」と陛下が言う。
そうなの? 兄だと弟の細かい表情の違いがわかるのかしら。
「仕方ないわ」とシャルロット様がため息をつく。「私は寛大な王女だから、特別にミレーナに叔父様とデートをすることを許してあげる。お勧めは温室よ。いつでもたくさんの花が咲いているの。ロマンチックでデートにはぴったりなんですって」
言葉も口調も強気だけれど、シャルロット様の表情は冴えない。
青白い顔をして、年齢のわりには細く小さい体をした少女。
私が彼女にできることは、なんだろう。
「素敵なご提案をしてくださったシャルロット殿下に、なにかお礼をしたいです」
「伯爵令嬢ごときが、王女を満足させられると思っているの? 結構よ」
国王夫妻を見る。
「お礼はいらないわ」と王妃様が笑顔になる。「その代わり、シャルロットにまた会いにきてくれる?」
「は――」
「いや」と陛下が私の言葉を遮った。「私は君の歌の魔法をみたいな」
「ご存じなのですか」
「弟の妻にする令嬢のことを、調査しないと思うかね」と陛下が笑う。「可能ならば、見せてくれ」
「はい。ですがこれは私の魔力ではなく、魔女様からいただいた祝福です」
魔女、とランベルト様が呟いた。
「そうなのです。ですから人によっては、嫌がる場合もあります」
「あら、私は見たいわ」とシャルロット様。
陛下ご夫妻も「やりなさい」と言い、ランベルト様もうなずいた。
こういうときに人気があるのは、花が舞うものだ。掃除が大変ですけどと断ってから、歌い始める。
すぐに宙に花が現れる。赤、桃色、白、水色。ひなぎく、バラ、すみれ、ダリアと、数えきれないほど色とりどり種類豊かな花々が舞う。
シャルロット様の目が輝き頬が紅潮している。
よかった、喜んでもらえている。
歌い終わると、花は静かに落ちた。
シャルロット様はそばの一輪を手に取ると、
「あなた、すごいのね!」と興奮した声を出す。
「魔女様のお力です」
「でも、こんな素敵な祝福を授けられたのだから、すごいのよ! 他にはなにができるの?」
「虹が見えたり、日が陰って星が瞬いて見えたりするものも」
「すてき!」
胸の前で手を組んで、うっとりしたシャルロット様だったけれど、突然咳き込みはじめた。
「少し興奮しすぎたわね」と王妃様。
「申し訳ございません!」
咳が止まらないシャルロット様に、そばに控えていた侍女が飲み物を差し出す。
「いいの。素敵だったわ」と小さな王女様は咳き込みながら微笑む。「ずっと部屋にいるのは飽きるもの。また来てね」
「お言葉のままに」
小さい子供が苦しそうにしているのは、つらい。
歌を喜んでもらえるのなら、いくらでも歌うわ。
◇◇
「魔女から祝福された経緯を教えてくれ」
シャルロット様の寝室を出ると、陛下が開口一番そう言った。
王妃様もランベルト様も真剣な顔をしている。
あまり事例のないことなのだという。
廊下で立ったまま、説明をする。
「――なるほどな」と陛下。「その魔女と連絡を取りあっていたりするのか」
「いいえ」
「だろうな。魔女とは気ままなものだというからな」
そうなのね。知らなかった。
言われてみれば彼女はとてもマイペースで、周囲を振り回すようなタイプだった。だけど明るくて気さくで、感じの良い方だった。
「一度、魔術師に君を鑑定させたい」と陛下。「これから、いいかな」
今? ずいぶん急だけど、他に用があるわけでない。
「わかりました」
「ランベルトはこれから勤務だ。鑑定をし終えたころ、ちょうど彼の鍛錬の時間になる。ぜひ見学を。弟は、剣を持っているときが一番素晴らしいのだ」
ん?
それは――?
陛下こそ、素晴らしい笑顔をしている。
ランベルト様を見ると、またしてもとても怖い顔をして余所を向いていた。
これはきっと、鑑定をだしにして兄が弟を私にアピールしているのね。
「ランベルト様。拝見しても構いませんか?」
果たしてランベルト様は、鷹揚にうなずいたのだった。
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氷結王子と呼ばれる騎士団長と契約結婚をすることになったのですが、どうやら一目惚れされているらしいです? 新 星緒 @nbtv
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