5・3 ランベルト様と楽しい晩餐

 今日もランベルト様は晩餐の席についている。三日連続でこの時間に屋敷にいるけれど、聞いていたシフトと違うような気がする。


 執事長に尋ねると、『ミレーナ様のご体調が戻るまで、陛下のご命令で日勤のみなのだそうです』と教えてくれた。


 なにそれ!?

 私を特別扱いしすぎでは!?

 私はこれといって特徴のない、落ちぶれかつ婚約破棄され令嬢なのよ?


 ――いや、待って。後半ふたつがかなりの特徴かもしれない。きっとこんな令嬢は滅多にいないもの。

 いずれにしろ、みんなが優しすぎる。お父様とノエルが知ったら、大喜びするだろうな。

 まあ、優しいというか、ちょ――っと感覚が私と違うひともいるけれど。


 ランベルト様にお花のお礼を伝えたとき、『贈っていただけるのは少しでいいです』と付け加えたら、

「少量で贈り物と言えるのか」

 と、返されたもの。怒っているような厳しい口調だったけれど、それが通常なのよね。もう、わかっている。


 私だけのメニュー、パンリゾットをいただいていると、向かいで肉料理(だと思うけど、見たこともないものだから確信は持てない)を切り分けていたランベルト様が

「今日はなにをして過ごした」と、尋ねてきた。

 相変わらず目線は合わないし、まるで尋問のような声音だ。でも。もう怖くない。

「午後はウルスラ叔母さまがお見舞いに来てくださいました。それ以外は刺繍を」


 ランベルト様が目を上げた。視線が合う。しかも、そらされない。


「好きなのか」

「はい。母が存命中にたくさん教えてくれたのです。叔父に財産を奪われてからは、女性向けハンカチや巾着などに刺繍をほどこす下請け仕事もしていたんですよ」

 思い切ってたくさん話したら、ランベルト様は不快そうに眉をひそめた。

 どうしよう。なにか間違ってしまったのだろうか。


「それらは売っているのか」

「まだ店頭にあれば」

 給仕をしている執事長が、『失礼します』と声を上げた。

「旦那様。一言、『もう一枚ハンカチをほしい』とお願いすればいいのですよ」

「え……? そうなのですか?」


 ランベルト様に尋ねたけれど、返答がない。代わりに執事長が、

「アランによると、ミレーナ様にいただいたハンカチを毎日持ち歩いてるようで。おかげで洗う機会がありません」


 ええ?

 あれを差し上げたのは、もう何日も前になるはず。

 そんなに気に入ってくれていたの?

 お渡ししたとき、睨むだけで受け取ってくれなかったのに――って、もしかして。執事長によるとランベルト様は『ポンコツ』とのこと。まさかと思うけれど、あのときは、驚きすぎて動けなかったとか?


 そっとランベルト様をうかがうと、テーブルの上をじっと凝視していた。

 表情が怖い。


「あの?」


 声をかけるとランベルト様が、顔を上げた。鋭い目で睨まれる。

「刺繍したものは、全部私にくれないだろうか」

「全部!?」

 うなずくランベルト様。

「いや、君が使うものはいい。その他は全部」

「刺繍がお好きなのですか」

 またもうなずくランベルト様。


「ミレーナ様の刺繍が」

 ぼそりと執事長が呟いた。


 え? そういうこと? まさか?

 でも昨日からのことを考えると、執事長の言葉は正しいのかもしれない。嬉しいような、面はゆいような。


「わかりました。ではお好きなモチーフがあれば教えてください。次はそれを刺しますね」

 ランベルト様の目が見開く。ちょっと怖い。

 だけど、たぶん、驚いているだけ。ほんのり嬉しそうにも見える。

 だからがんばって、微笑みを返した。

 

 するとランベルト様の頬がゆっくりと色づいていった。

 喜んでくれたみたいだ。

 私の頬まで、熱くなってしまう。

 ランベルト様が嬉しいと私も嬉しいらしい。


 それからはしばらく無言で食事を進めたけれど、居心地の悪い沈黙ではなかった。 

 どちらかといえば、こそばゆいような。


 そうして食事も終盤というころ、ランベルト様が鋭い視線を私に向けた。

「コマドリがいい」

「鳥のコマドリですか?」


 ランベルト様はうなずいたけれど、急になんの話だろう。しばらく考えてから、気がついた。


「刺繍の柄ですね?」

 再び首肯するランベルト様。もしかして今までずっと考えていたのだろうか。冷ややかに見える表情で?

 なんだか、可愛く思えてしまう。


「わかりました。鳥は大得意です」

「礼はする」

「いらないですよ!?」

 思わず食い気味に答えてしまった。だって――

「もう十分いただいています! お気持ちだけで十分です」

「……わかった」


 なんだか、すごく不服そうな声だった。

 私、間違ったことを言った? 言ってないわよね?

 その気持ちをこめて執事長を見たら、首を横に振られた。それはどっちの意味なの?


「それと」とランベルト様が言葉を続けた。「デマルコ伯爵家なのだが」

 私の元婚約者、セストの家だ。

 セストは私との婚約解消が成立した翌日にザネッラ商会のナタリアさんと婚約をし、それからわずか一ヵ月後に結婚したはずだ。でも、詳しくは知らない。こちらからは連絡を取りたくないし、きっと向こうも同じ気持ちだろう。


「代替わりをして、新しく当主になったセスト・デマルコが近いうちに都へ来る」

「それって、伯爵――前伯爵は」

「事故死したそうだ」


 そんな……。

 最終的にセストと揉めてしまい良い印象がなくなってしまったけれど、伯爵とも古くからの知り合いだった。かつては親しくしていたのだ。


「お気の毒に」

 目をつむり、簡単に祈りを捧げる。

「会いたいか」

「いえ、前伯爵とも最後は関係が悪化していましたので、特には」

「違う。セスト・デマルコにだ」


 ランベルト様が、標的を凍てつかせるような鋭い目で私を見ている。

 悪気はないとわかっていても、凍りついてしまいそうだ。


「……いいえ。可能ならば、二度と顔を見たくありません」

「そうか」

 目つきを和らげたランベルト様は、視線を下げた。

「よかった」


 よかった?

 どうして?

 私がセストに会うと、ランベルト様がお困りになることがあるのだろうか。

 

◇◇


 翌日、ウルスラ叔母さまがまた様子を見に来てくれたので、尋ねてみた。私が元婚約者に会うと、現婚約者が困るようなことがあるのだろうか、と。

 自分で考える限りでは思いつかなかったけれど、私が知らないだけで、社交界にはなにかしらのルールがあるのかもしれない。


 だけど叔母さまは、

「そんなルールなんてないわよ。本気で言っているの?」と、可哀想なものを見る目を私に向けて言った。

「ミレーナちゃん。ただの、嫉妬よ?」

「しっと……?」

「『嫉妬ってなんですか?』みたいな顔をしないでちょうだいな」と笑う叔母さま。

「それくらいは知っています! だってランベルト様にはあまりに似合わないから……」


 ランベルト様はいつだって冷ややかな表情だもの。そんな、嫉妬だなんて。

 ――でも、私は彼が赤面したところを見ている。


 ありえないことでは、ないのかも。

 そう思うと、なんだかむずがゆいような気分になる。嬉しいような、恥ずかしいような。


 こんな気持ちを、セストに対して感じたことはなかったのに。

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