5・2 タガが外れたランベルト様

 たぶん。きっと。

 ランベルト様が私に一目惚れしたというのは、本当なのだ。

 でなければ、あの様子はおかしいもの。


 自分に好意を寄せられる要素があるとは思えないけれど、嬉しくないことはない。

 それに、望まれての結婚なら、嬉しい。


「よかったですねえ、ミレーナ様」

 エマが私の支度をしながら、にこにこしている。

「無理やりの結婚かと思ったら、そうではなく。しかも誠実そうです」

「そうね」

「多少おかしなところはありますけど、あのぶんなら密かに愛人がいるとかもなさそうですし。きっと大切にしてもらえますよ」

「でも、どう接していいのかわからないわ」

「ミレーナ様も恋愛経験はゼロですものね」と、エマが微笑む。「任せてください。サポートしますから。アランさんと協力体制を敷くことが決定しております!」

「いつの間に!」


 エマはふふふと楽しそうに笑いながら、仕入れたばかりの情報を教えてくれた。

 ランベルト様は、『広場で凝視した女性』のことを持ち出されると、すぐに挙動不審になっている、とか。そのくせ頑なに『一目惚れではない』と言い張るとか。


「それとアランさんに訊かれたんですけど、ミレーナ様、広場以前に公爵様にお会いしたことはありますか?」

「ないわ」

「ですよね。私もそう答えたんですけど、本当にそうかミレーナ様に確認してくれって頼まれたんですよ」

「あれほど目立つお顔だもの。一度でも会っていれば、記憶に絶対に残るわ」


 でも――。

 広場のあの一瞬のできごとで一目惚れされたと考えるより、ほかの場所で出会って、と考えるほうが、無理がない気がする。

 どこかで出会っているからこそ、広場で私を見かけて凝視した。

 うん。確実にこちらのほうが自然だ。

 ランベルト様を思い出せないのは申し訳ないけれど、記憶を掘り起こすよりも本人に尋ねるのが一番確実ね。


◇◇


「いや、他で君とは会ったことはない」

 朝食の席でランベルト様に、初めてあった場所は広場以外にあるかを尋ねたら、ないと断言されてしまった。

 相変わらず目がそらされているので、真意は読み取りにくく、本当なのかはわからない。

 だけど嘘をつく必要もないと思う。


 本当にただの(というのも、おこがましいけれど)一目惚れなのだろうか。

 私なんて、とりたてて特徴はないのに。

 もしかして、自分の綺麗な顔を見すぎてしまって、平凡な顔がお好みとか?


 あとは近衛騎士様たちに頭を下げていた様子がよかったか、硬直した町娘さんを引っ張ったのがよかったか。

 ――いまいち好かれる行動とは思えないけれど、ランベルト様は少し変わり者みたいだし、そういうケースもあるのかもしれない。


 まあ、いいわ。

 嫌がられていないのは、嬉しいもの。

 契約どおりに、きちんと寄り添える婚約者になれるよう、がんばらなくちゃ。


 といっても、なにをがんばればいいのかわからない。


 私のお腹を考慮してくれた、優しい味のポタージュをいただく。ランベルト様とは別メニューだ。

 こんなに気を遣ってもらえていて、私にとって良いことばかり。いいのかしら。


 ――と。契約書のことを再び思い出した。

 ランベルト様の手元を見る。

 白い手袋をしている。女性嫌いで、私に触れたくないから食事中でも手袋をしているのだと考えていた。でも、ランベルト様が私を憎からず思っていてくれているのなら、おかしくないかしら。


 ああ、でも、確か潔癖症という症状があるわね。

 叔父が頻繁に手を拭いたり洗ったり、私たちに触れないようひどく気を付けたりしていたのだけど、お医者様によるとあれらの行動は潔癖症というものだったらしい。


 ランベルト様もきっと、それなのだろう。精神的な負担が原因の症状だとお医者様が話していたから、触れないほうがいいかもしれない。

 急いで知らなければならないことでは、ないものね。


◇◇


 午後になると、ウルスラ叔母さまがやって来た。どうやらランベルト様が昨日のうちに私の状況をお伝えしたらしい。たくさんのお見舞いの品を持ち、そしてとんでもなく憤慨していた。


「セニーゼ侯爵夫人は、下位貴族の女性の中ではあまり評判はよくないの」

「きっと陛下も公爵様もご存じなかったのですね」

「そうね。でもまさか、公爵夫人になるミレーナちゃんを虐待するなんて思わなかったわ」

「他の教え子様を、公爵夫人にしたかったようですよ」

「どうだか」叔母さまは疑い深げな表情をした。「その『他』の子に頼まれたのではないかしらね。本当のこととは言えないから、隠しているだけで」


 どうなのだろう。私には判断できるすべがない。


「まあ、その辺りはしっかりと調べるでしょう。ミレーナちゃんはまずは、しっかり体を調えてね。それにしてもストラーニ公爵て、案外ダメ男なのね」

「そ、そんなことは!」

 突然の叔母さまの暴言に、応接室にはわたしたちとエマしかいないというのに、周囲を確認してしまった。


「だってあの方もストレス源だったのでしょう? 自分で手紙にそう書いていたわよ。『大事な姪ご様に、申し訳ないことをした』って」

「というか公爵様、どうしてすべてタンビーニ家に報告をしているのでしょう?」

「うちが都での保護者だとの認識のようよ。もちろんお義兄さんのところにも、同じ報告をしているみたい」

「気を遣ってもらいすぎでは!?」


 ランベルト様は冷淡で他人に興味がない人なのよね?

 なのに、視線や口調を除けば、とても丁寧に対応してもらっている。


 ふと、きのうの『一目惚れなどしていない』との言葉とは裏腹に、顔を真っ赤にさせているランベルト様のお姿が脳内によみがえった。


「あら? ミレーナちゃん。顔が赤いわよ?」

「そうですか?」

「あらあら?」と、にんまりするウルスラ叔母さま。「進展があったのかしら?」


 なんて答えようか迷っている私をよそに、控えていたエマが、

「そうなんです!」と元気よく答えた。

「ミレーナ様も公爵様も恋愛初心者なので、使用人一同で応援することになっています」

「規模が大きくなっているわよ!?」

 今朝はアランさんとエマのふたりではなかった!?


「楽しそうね!」とウルスラ叔母さま。「娘は領地に行ってしまったし、息子は婚約者と好きにラブラブしているし、私はヒマなのよね。ぜひ協力させてもらうわ」

「お願いします!」と答えるエマ。


 なんだか勝手に話が進んでいる!

 だけど、嬉しい気がする。

 セストに騙されたとわかったときは、男性なんてこりごりと思った。

 けれど陛下や使用人たち、さらにはウルスラ叔母さまにまで応援されているランベルト様は、きっと良い方なのだ。ちょっと会話と態度に難があるけれど、もう、それほど恐ろしくは感じない。


「素敵な良縁をいただいたと思います」

 叔母さまにそう告げたとき、『失礼します』と執事長が顔を出した。

「ミレーナ様に旦那様よりお花が届いておりまして」

「お花!」


 エマが、嬉しそうにガッツポーズをする。


「お部屋に飾り切れないのですが、床に足の踏み場がなくなるのと、他のお部屋に飾るのと、どちらがよろしいでしょうか」

「「「床……?」」」

 私とエマ、叔母さまの声が重なる。


「はい」と真顔でうなずく執事長。「恐らくは都中の花を買い占めたか、都中の温室の花をすべて刈り取ったか、という量が届いております」

「っ!?」

 どういうこと!?

 唖然としていたら、ウルスラ叔母さまが声を上げて笑った。

「最高ね! ストラーニ公爵って、好きになった相手にはタガが外れてしまうタイプだったのね!」

「わたくしも存じませんでした」と執事長が答え、それから私に向かって微笑んだ。「ぜひとも旦那様をよろしくお願いします」

「は……い」


 いや、でも!

 でも!

 私なんて、なんの取り柄もない落ちぶれ伯爵令嬢よ。

 戸惑いしかないのですけど!?



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