白銀と青眼
瀬戸口 大河
白銀と青眼
連日の吹雪は森を覆い尽くし、豊かな紅緑を銀雪の荒野へと変えた。
雪に覆われ木々と大地の白妙、雪の重みを耐え忍ぶ木の幹の漆黒、澄み渡った深い青が広がる空の3色で構成された世界が潤の眼前に広がる。
数日前まで広がっていた木々を掩蔽する強大さと新たな世界を創造する神々しさを備えた自然の壮麗さに潤は圧倒された。
潤の目の前にはまさに鬼気森然が広がる。
潤は吹雪の前に仕掛けたくくり罠を回収するためのそのそと深い雪に長靴を突き刺しながらゆっくりと歩き進める。
きっと罠は雪に埋もれているだろうが、いつも同じ場所に仕掛けている潤にとって罠の場所に向かうのはさほど難しくはない。
罠の近くに辿り着いた潤の視界に地面に顔を埋める熊が映り込んだ。
息を止めてじっと観察すると、カモシカが熊に食われている。
潤は目の前の絶命と生存、圧倒的な自然に気持ちが昂る。
もっと近くで見たい。
潤は熊の顔がはっきりと見える木の陰からじっと熊を眺めた。
死を迎え栄養と化したカモシカの光の消えた目が潤を睨む。
死してもなお力強い眼光に潤が後ずさるとガチーンという金切り音が足元で響いた。
自分が仕掛けたくくり罠に足を捕えられた。
「何してんだよ」
潤は身を震わせながら小声で呟く。
音に気づき近づく熊。
毛を逆立て悠然でありながらも激烈な威を纏う熊。
潤の大きな声の威嚇にびくともせず正面に着くなり、右前足を潤の脇腹目掛けて振り抜いた。
ボグッと鈍い音が潤の体内を駆け巡った。
瞬間、胴体を守っていた潤の左腕の肉が爆ぜ、肘は粉砕した。
飛散した血肉も少しの雪しか溶かせない。
倒れ込んだ潤の顔を覗き込む熊はカモシカの元へ戻った。
熊の一撃に倒れ、内臓も何も食い荒らされることなく済んだことに安堵するも、腕を失い冷えてゆく体に力は残されていない。
人は世に生まれて死ぬまでの間、自然を侵すことはあっても輪に入ることなどなく生き、死ぬ時ですら土に還らずただ燃えて灰と煙になる。
だが、このまま植物の栄養となり、輪廻の入り口に立つことになるのも悪くない。
冷たい雪の大地に横たわる潤の瞳は青空を映し、字の如く青眼だった。
白銀と青眼 瀬戸口 大河 @ama-katsu1029
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