選定の剣の抜き方

ムタムッタ

抜剣のセンス




「これより選定の剣を引き抜いてもらう!」




 片田舎の村、その一角に一振りの剣が鎮座する。

 簡素な柄にこれといって珍しくもない両刃、しかし雨風に晒されても錆びる気配のないそれは、先端が石に刺さったままだ。


 そして剣の前に、老若男女問わず腕自慢が集結している。

 私はそれを見届ける立会人なのだが……正直、最近は食傷気味だ。


 魔王が倒されてはや十数年。

 今や選定の剣は精巧な贋作が刺され、一定の魔力量さえあれば誰でも引き抜けるつまらない試験になってしまった。


 当初は魔王討伐の記念として作られた祭事も、今や国へ士官するための仕事になったのだ。『剣を抜ける魔力があるなら国に仕えよ』なんて王様が言うものだから…………おっと、政権批判はダメだったな。


「ハッハッハッハ! どけどけ俺様が引き抜いてやる、ぐおぉぉ!」


 山賊と見紛う大男が片手で剣を取る。しかし剣が動くことはない。

 以前似たような体躯の男が剣を引き抜いたことがある…………確かあれは20年前、この片田舎よりももっと田舎から来たという訛りの強い男がペコペコと頭を下げながら剣を抜きに来た。


 力だけで抜くことはできない、当時観客だった自分は筋力バカのパフォーマンスは見飽きていたのだが……なんとその男は台座ごと持ち上げてしまった。不測の事態に全員腰を抜かしたものの、男はそのあと一国を立ち上げて王様になったとかならなかったとか。



 その時だった……抜剣ばっけんのセンスというものを垣間見たのは。



 大男は10分ほど粘ったが結局引き抜けず、悪態をついて消えていった。まぁ村1番の力持ちなどいくらでもやってくるからこの程度は予測済みだ。


「次は私だ。あのような下品な男に引き抜かれては剣も不幸というもの……選定の剣よ、わが手に!」


 長い金髪に装飾の多い上着を着た、貴族風……というより、どこかの貴族の男だろうか。お供まで連れて大げさなことだ。

 貴族の人間もたまに来る年がある。大抵は箔をつけるためと銘打った物見遊山のついでらしいが。私の見た銀髪の貴族の青年は10年前……抜剣の為だけにこの村にやって来た。


『僕は民の為に戦う。魔王が消え去った今でも蔓延る悪を討つため、世の平和と安寧の為に、選定の剣よ――我に力を!』


 似たようなことを口にしていたが、記憶の中の彼は真っすぐな眼差しで、祈るように両手で剣を引き抜いて見せた…………そして、国内外を脅かしていた邪竜を討伐したと国民の誰もが知っている。


 貴族の男も顔を真っ赤にして、お供まで使った反則技までしたものの、剣はピクリとも動くことはなかった。


 プライドだけで剣は引き抜けないということだな。

 周囲の人間を威嚇しながら、ばつの悪そうに引き上げていった。


「次の者!」

「ふふ……今度はわたしが抜かせてもらおうかしら?」


 次に現れたのは、露出の多い女だった。胸元は大きく開き、生足を極限まで見せつける軽装。片田舎には刺激の強い格好だが、こんな勇者がいてもいいかもしれない。優しく撫でるその手つきは、勇ましさよりいやらしさが勝る。

 そういえば、25年前に似たような露出の多い女が来たことがある。

 なんというかその時は……選定の剣を抜いてもらうというより、その女目当てで来た男共であふれていた気がする。無論、自分も立会人という立場で食い入るように見ていたのだが。

 女が柄に愛撫して、優しく口づけをすると……なんと剣は独りでに抜けてしまったのである。もしや選定の剣とは男なのかと疑ったが、まぁそんなことはなく。風の噂ではその女はどこかの国の女帝になったとかなってないとか。


「もぅ強情なのね」


 結局女も抜くことはなく、むしろ観衆の男を引き連れて消えてしまった。もっといてくれてもいいのに。


 その後も叫びながら抜くもの、幼いながら健気に抜こうとするもの、魔法を使って抜こうとするもの……毎年見るような抜き方は、誰も成功することはなく。


「今年は選定の剣に選ばれたものはゼロ! 来年に備えて鍛錬することだ!


 ここ数年は誰も引き抜けなくなってしまった。

 過去……大成していった人間のような、センスのある抜剣をまた見たいものである。


 行事の片づけも終わり、静かになったころには夜になっていた。


「あ~今年もハズレだった…………」

 

 期待外れだった。最近はどうにも気合や恰好だけ気にして引き抜こうとする者が多すぎる。初代勇者の時なんて、引き抜いてもイカサマだズルだのとだーれも信じなかったのに。


「おーっすお疲れ」

「今年も来たのか」


 背後から声を掛けられ振り返る。

 月夜に照らされて立っていたのは頭から2本、ねじれた角を生やした青年だった。わざわざ酒瓶まで持ってきて今年もご挨拶というわけだ。


「んで? 今年は有望な勇者様はいましたかっと~」

「いなかったなぁ……年々質が下がってるような気がするよ」

「そりゃ初代様がオ……魔王なんて倒しちゃうからだろうさ」


 ふと、台座に近づき無造作に剣の柄を手に取る。

 なんてことはない……杯を持ち上げるように持ってみると、石の中に隠れていた銀色の切先が月光を反射した。


「こーんな雑な引き抜き方した奴が勇者なんておかしくないか?」

「なんだっけか? 農具が壊れて代わりに取ってみたら抜けた……だったっけ?」

「毎年聞くなぁお前……初めて会った時に聞いてきたこと」

「そりゃ鍬に負けた魔王なんて笑い話にもならんぜ。おかげで隠居だ」

「でもひ孫の顔が見れたんだろう?」

「まぁな、どっかのお優しい勇者様のおかげだ」

「でもなぁ……全然カッコいい抜き方じゃなかったし」

「そもそもカッコいい抜き方ってなんだ?」

「それを見たいから毎年立ち会っているのだ」


 青年はやれやれとため息をつきながら私にも酒の入った杯を差し出す。毎年そうやって飲んでは、また次の年に同じ話をしている気がする。


 立会人として、センスのある抜剣を求める日々は続くのである。

 




 

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