よくある暗殺者養成機関の仲間を殺す最終試験で訓練生全員を皆殺しにした話
藤浪保
よくある暗殺者養成機関の仲間を殺す最終試験で訓練生全員を皆殺しにした話
俺はアリオに馬乗りになり、首元にナイフをつきつけた。
「お、おい、待てよ! メイロンを
尻の下でアリオがわめく。
力一杯もがいでいるが、拘束している鋼糸は、生半可な身体強化では引きちぎることはおろか、緩めることすらできないだろう。
「俺たち、同じ釜の飯を食った仲だろう!? 見逃してくれ! 頼む!」
「同じ釜の飯? 食ってねぇな」
どの口が言うんだか。
「待――」
淡々とナイフを横に引き、俺はアリオの首を
* * * * *
最初の記憶は、どこかの街のどこかの裏通りで壁を背に横になり、ぬかるんだ地面の水たまりに雨が波紋を広げているのを見ている、というものだ。
ぼろきれのような衣服はじっとりと濡れ、雨の当たらない場所へ移動しなければと思うのに、何日も食べ物を口にしていない体は、もう指一本動かすことができなかった。
ああこれで死ぬんだなと思ったのを覚えている。
その先はだいぶ記憶が飛んでいて、気づいたら俺は戦闘訓練を受けていた。
物心がついた時にはもうその状態だったから、最初は特に疑問や違和感はなかった。ただ毎日言われたことを血反吐を吐くまで繰り返していた。
一番最初の記憶が飢えて死を覚悟するというものだったから、それよりはずっとマシだった。食べる物だけはあったから。
たとえそれが、自ら調達しなければならず、落ちこぼれの俺は魔物を捕まえることができなくて、いつも虫しか食べられなかったとしても、虫すら捕まえられなかった時に口にする草や
たまに教官たちが成績優秀者にふるまう食事は、俺には一度も回ってこなかった。訓練の成績はいつも最下位で、のけ者にされ、いない者として振舞われた。
今思えばさっさと逃げ出せばよかったものを、その光景を当たり前に思っていた俺は、逃げれば殺されるという事実を恐れていたわけでもなく、ただ自分にその選択肢があるということに気がついていなかった。
そんな俺が、自分の現状を再認識するようになったのは、ある時からよく見るようになった夢がきっかけだ。
深く眠りに落ちると教官からの攻撃に気づかずに痛い思いをするので、警戒して常にまどろんでいるような状態だったのが、成長するにつれ深く眠っていても気配を敏感に察することができるようになり、夢を見るようになったのだ。
その夢の中で、俺はニホンという国でコウコウセイというのをやっていた。同年代の少年少女と共にガッコウという場所に集められ、現実と同じように訓練を受ける。
だが現実とは違い、実技は少し走ったり球を蹴ったり投げたりする程度で、ほとんど座学が多かった。歴史や語学、算術に至るまで、非常に高度な学問を学んでいるようだった。おそらく国の要人に近づくことを目的とした、特別な訓練生なのだろう。
俺は夢を見るのを楽しみにするようになった。夢の中では、現実とは違い、痛い思いをしなくてよくて、美味しい物が食べられて、そして同じ訓練生たちと仲良くしていられた。
次第に、夢と現実の違いをよく考えるようになった。なぜ自分はここにいるのか。何のために訓練を受けているのか。
それまで聞き流していた大人たちや周りの訓練生の話に耳を傾け、注意深く観察していると、何も考えずにただ言われたことをしていただけでは気づかなかったことが、色々と見えてきた。
ここはある暗殺ギルドの養成機関で、俺も含めた最年長組はあと半年で最終試験を迎え、それに合格すれば卒業できること。卒業後は、ギルド所属の暗殺者として、外の世界に出て仕事を請け負うこと。
訓練生の大半は赤ん坊の頃にギルド員が
そして、どうやら俺は他の訓練生からいじめられているらしいこと。
「いじめ」という概念は夢の中で知ったのだが、集団の中で弱い者をターゲットと定め、それ以外の者たちが自身の優位性を誇示するために攻撃をすることだ。
夢の中ではそのような行いはされておらず、ただ知識として提示されていたのだが、現実では俺がそのターゲットとなっていた。
狩ろうとした魔物を横取りされ、武器を壊れやすく細工され、指示の伝達を故意に捻じ曲げられ、訓練結果の申告でさえ誤って報告されていた。
これだけあからさまにされていて気がつかないのだから大間抜けでしかなく、他の訓練生にとって俺を蹴落とせばそれだけ自身の順位が上がり待遇も変わるのだから、俺はいいカモだった。そして教官たちもそれに気づいていながら、放っていた。弱肉強食の世界なのだから当然だ。
夢をきっかけにいろいろと考えるようになって、俺の戦い方は変わった。身の隠し方、攻撃の方法、罠の張り方、
物理法則や数学、ちょっとした生活の豆知識や対人関係の考え方といった、夢の中で学んだことも随分と役に立った。盲目的にやっていた反復訓練とカチリと見事にハマって、それまで一度も勝てなかった対人訓練では成績トップのアリオと引き分けまで持ち込んだ。元々素養もあったのだ。足を引っ張られていただけで。
だから、いじめに対処しようと思えばできた。防ぐことも、やり返すことも。
だが俺はそうしなかった。
大けがするような事態だけを巧妙に避けて、そのままいじめを甘んじて受け続けた。
うっかり上げてしまった成績は最下位に落とした。あの対戦はまぐれだったのだと思わせて、元の間抜けな
思いついたことを試すのは、一人きりの時だけだ。頻繁に行われる山籠もりのサバイバル訓練は最適だった。凶暴な魔物が闊歩する山で、協力し合う他の訓練生と違って独りぼっちの俺は、いつも洞窟に隠れて時が過ぎるのを震えながら忍び耐えていたが、魔物を一人で楽々と倒し、焼いた肉にありつくことができるようになった。初めて食べた時の味は忘れられない。
そして迎えた最終試験。
試験官から出された「仲間を一人殺したら合格」という課題に、俺を除いた受験生九人が動揺している中、俺は淡々とそれを受け入れていた。
そうくると思っていたから。
ベタもベタ。使い古されたベタベタの展開だ。
この頃になると、俺はあの夢がただの夢でないことを理解していた。あれは前世の記憶だ。夢に出てきていない事柄も、おぼろげながら思い出せる。
俺は元日本人で、この異世界に転生したのだ。
死んだときの記憶はないが、高校生よりも後の記憶はないから、きっと途中か卒業した辺りで死んだんだろう。
前世の創作物の中では、暗殺者の養成機関の卒業試験と言えば、「仲間を殺す」が定番だった。最後に残った良心をこの課題で壊し、命令に忠実で冷徹な暗殺者にするためだ。
よくあるのが「それまで助け合ってきた相棒と殺し合う」というパターンで、そこで相手がわざと殺されようとしたりしてドラマが生まれる。次によくあるのが「サドンデスで最後に生き残った一人だけが合格」というパターンだ。
俺たちには特定のパートナーはいないし、せっかく十年以上も育ててきたのに一人に絞るというのは人材の無駄に思えたので、実際にはまた別のパターンなのだろうと思ったが、とにかく殺し合いはさせる気だろうと予想をしていて、予想通りだったというわけだ。
他の奴らは、動揺しながらも、目くばせをし合った。
試験官が息を大きく吸い込む。
誰か一人を殺せばいいのなら――。
「始め」
周りの奴らが一斉に俺に向かってくる。
――まあ、まずはそうなるよな。
* * * * *
攻撃をかわして山に逃げ込み、追いすがってきたメイロンをナイフの一突きで沈めた俺は、漁夫の利を狙ったアリオもあっさりと殺した。
人を殺すことにためらいはなかった。
もうずっと前から訓練で経験している。
はじめは拘束し麻袋を被せられていた誰かで、そのうち野に放って逃げ惑う誰かに代わり、やがて武装した誰かに変わっていった。
今回初めてなのは相手が同じ訓練生だというだけで、試験官は「仲間」と呼称していたが、俺は仲間だと思ったことはない。助け合ったことは一度もなく、ただ搾取されていただけの関係だ。
前世の記憶が戻ったのがもっと早ければ殺人へのためらいもあったのかもしれないし、場合によっては罪悪感で心が折れたかもしれないが、訓練の一環で人を殺すのが日常となった後だったから、何とも思わなかった。前世の平和な日本なら禁忌だったが、今の俺は異世界で生きているのだ。
動かなくなったアリオを見下ろして、もう少し苦しませるべきだったのかもしれないな、と思った。成績トップのアリオはいじめの首謀者で、こいつのせいで俺は何度も死ぬような目に遭っていた。
足を引っ張られて俺は一度もご褒美の食事にありつけなかったのに、「同じ釜の飯を食った仲」とはよくぞ言えたものだよな。
まあ、殺してしまったものは仕方がない。
おっと。
背後に感じていた気配に動きがあって、俺は首を傾けた。
耳元を風切り音が通り過ぎ、正面の木の幹にナイフが突き刺さる。
振り向きざまにこちらもナイフを投げると、「ガッ」と悲鳴が上がった。付与した追尾魔法が、狙い通り相手の眉間に刺さったことを俺に知らせ、消えた。
油断を誘うために最下位をキープしていたとはいえ、アリオがこうも簡単に倒されたのだから、少しくらいは警戒をすればいいものを。おそらくお調子者のエンリケあたりだろう。
周囲に他に気配はなかった。
俺が三人殺してしまったから、残りの六人のうち、三人しか生き残れない。だがその三人のターゲットは俺でもいい。アリオやエンリケが俺を狙ってきたように。先に死んだ分は無駄死にになるけどな。
だから俺は、自分が生き残るために、先に危険の芽を摘み取ることにする。
さあ。狩りの時間だ。
* * * * *
試験対策に山中に準備しておいた武器や罠、あらかじめ受験生たちにかけておいた追跡魔法などを使い、俺は「仲間たち」を狩った。
「な、んだよその実力! 隠してたのか!? 準備までして、そんなのズルだろ!」
「ばーか。暗殺するなら油断を誘うのも準備をするのも当然だろ。お前はこれまで何を学んできたんだよ」
最後の一人の息の根を止めた後、俺は一人でスタート地点まで戻った。
教官に「なぜ全員殺したのか」と問われ「命を狙われたから」と答えた後、教官も殺した。理由は同じだ。一斉に襲い掛かってきた他の教員たちも、年下の訓練生たちも、同じ理由で殺した。
こうして、ある暗殺ギルドの養成機関は、一夜にして俺の手で壊滅した。
教官を殺せるとは思っていなかったので逃走手段を用意していたのだが、思ったよりも俺は強かったらしい。
暗殺ギルドは俺に追手を差し向けてくるだろう。
だがきっとなんとかなる。ならなきゃ死ぬだけだ。
そして実際、なんとかなった。
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