放課後の恋

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

放課後の勉強会


「もういざとなったら替え玉受験をするしかないっ」


 私は帰ってきた模試の英語の点数を見たあと、ぐしゃっとその紙を握りつぶした。


 いや、そう悪くないのだが。

 ダメダメな英語のせいで、全体の偏差値が下がってしまっている。


 このままでは本命の大学は危ない。


「替え玉?

 誰に代わりに受けてもらう気だ」

と後ろの席の椎名司が胡散臭げに聞いてきた。


 椎名とは幼稚園からの幼なじみだ。


 昔からこのモテる幼なじみと一緒にいるせいで、よくトラブルに巻き込まれている。


「え? 光生こうきに決まってるじゃない」


 光生は私の双子の弟だ。


「……莫迦同士入れ替わって、どうするつもりだ?」


 おい、椎名……。


「あと、あいつ、男だぞ」


「でも、光生、わたしより可愛いし」

「ホンモノより可愛かったら、替え玉になんないだろうが」


 いや、そこは否定しろ、と思う私に椎名は言った。


「しょうがねえな。

 悪いの英語だけだろ。


 ちょっと見てやるよ」

と椎名が言ってくれて、しばらく椎名の塾の前に英語を見てもらうことになった。



 放課後の教室。

 私は、椎名に解答を直されながら問題集をやっていた。


 口に出して訳しながら書く。


「『あなたは王様なので、責任があります』


 あっ、そう言えば、わたし、この間、三峯みつみねくんに、あなたは王ですって言われた」


「……ひざまずかれたのか?」


「いや、血液型の話だった。

 紗倉さくらさん、その性格、あなたはOです! って決めつけられた」


「実際、Oじゃないか」

 頬杖ついて、窓の外を見ながら、椎名は言う。


「そうなんだよねー。


 ところで、椎名。

 なんで付き合ってくれるの?

 

 自分も受験忙しいのに」


「いいから訳せよ。

 ほんとに忙しいのに付き合ってやってるんだから」


「『彼はちょっと押しつけがましい』」


「喧嘩売ってんのか!」


「和訳ですよ!?」

と私は一瞬顔を上げ、また下げる。


 みんな塾に行ったりで、そうそうに人気のなくなった教室。


 外から一二年生たちが部活をやっている声がここまで響いていた。


 椎名は窓の外を見ながら、


「なんで、か」

と呟いたあとで、かなり迷って、こちらを見ずに言ってきた。


「……お前が好きだから?」


「『I love you forever.』」


「そこは訳せじゃねえよ!

 あとforeverは言ってねえよっ」


「えっ?

 言わないのっ?」


「言わないこともないが、今は言ってないっ」

と二人で揉める。


「もう勉強見るのは、ここまでだっ」


 俺も塾の時間だっ、と椎名は立ち上がる。


「ありがとう」

「まあ、当日までになんとかなるといいな」


 お疲れ、と帰ろうとする椎名の袖を引っ張った。


 うわっ、とよろけた椎名に言う。


「あのさ。

 その……ありがとう」


「あ、ああ」


「椎名っ」

と勢い込んで呼びかけると、椎名はらしくもなくビクついたようにこちらを見た。


「椎名と同じ大学に合格したら、私からも言いたいことがあるからっ!」


 赤くなって叫ぶ私の気迫に、その内容を察したらしい椎名だったが。

 照れた次の瞬間、私の訂正で真っ赤になったノートを見て言った。


「……いや、それだと永遠に聞けないかもしれないから、今言え」


「あの、疑わないで、私の合格」



 春。

 二人は無事、同じ大学に合格した。


 他の科目でなんとか英語のマイナスを補って、だが――。



                     完


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