不正行為を疑われた文官候補は監督官に物申す

代 居玖間

試験とは試されることとその結果



 国王陛下の御下命により貴賤を問わず優秀な人材を採用するという触れ込みで王国史上初の全国民に開かれた王国役人採用試験が開催されたのは、つい昨日のことだった。



 翌日になって再びみやこの王城内に呼び出され大勢の高官たちの目の前で吊るしあげられている一人の青年も、たしかに昨日の採用試験の受験者だった。

「受験番号14528番ハルサ=ミルリナ。お前は厳粛で真正な我が国の採用試験において、大胆にも不正行為を働いたということに相違ないか! そのような不届き者が採用試験に紛れ込んでいたなど由々しき事態である。場合によってはお前の後見人となっている辺境伯殿にも責が及ぶものと思え!」



 当日の試験監督を勤めていた年若い役人が唾を飛ばしながら大声を張り上げ、下手人とおぼしき青年を追求しようと息巻いている。

彼の背後に居並ぶ帝国高官たちは、その様子を無表情に見下ろしていた。



 結果発表までは期間が開くので一旦故郷に帰還するべく宿屋を出立したところで、青年は王城の官兵に引っ立てられてこの場所に連行された。

そしてたった一人の田舎者を数十人の権威者が取り囲んでいる。






 普通だったら萎縮したり恐れおののいたりしても仕方がないだろう。

だが青年は、その灰色の瞳を半開きにして堂々と口答えをした。

「朝っぱらから何ごとかと思えば、こんなに大勢の前で試験監督殿に文句をつけられ不愉快ですね。何故にこのような憂き目に合わねばならないのでしょうか」

高圧的な態度の試験監督に怯みもせず言い返すとは、なかなか度胸があるようだ。



 しかし試験監督にしてみれば、可愛気のないクソガキだという認識らしい。

「この私に文句をつけようとは生意気な。試験監督であった私が、今まさにお前を尋問しているのだから素直にこたえよ!」

にらみつける試験監督の鋭い視線を正面から受け止めた青年が眉間にシワを寄せた。

「……こんなかたちで不正行為って言われても、そういうのが露呈した場合は現行犯で試験会場から追い出されるという説明だったはずです。なぜ今日になって呼び出されたのでしょうか。不正の証拠や嫌疑の根拠はあるのでしょうか」

うるさい!! ここに試験会場での落とし物として押収されたカンニングペーパーがある。これこそが動かぬ証拠で、私はお前の悪事を現行犯で暴けなかったことに憤りを感じているのだ!」



 ピラピラと安っぽい薄紙が青年の目の前で揺らされる。

それを半眼でちらりと一瞥した青年は、ジロリと監督官に視線を向けた。

「ソレが私のものだという証拠はありますか?」

「筆跡鑑定により明らかだ! お前のものに違いない!」



 興奮状態の試験監督と疲れたような表情を隠さない下手人候補。

どうやら解答用紙との照らし合わせで筆跡が一致しているということらしい。

ため息とともに不貞腐れた声音が語る。

「筆跡鑑定までしたなんて、まったく無駄骨折ムダほねおりで呆れかえるばかりですね。……たしかにソレを書き記したのは私であり、おそらく試験会場に落としてしまったのかも知れません。でも、本番の試験中に私がソレを活用したかどうかを証明できますか?」

「現場に落ちていたのだから言い逃れなどできないだろうが! 屁理屈ばかり言いやがって見苦しい。いい加減に観念しろ!!」



 睨み合う二人。

一方は尋問の席に大人しく着席して相手を見上げ、方や獲物を見下ろす猛獣のように高圧的な態度で着席者の目の前に立ちはだかっている。






 帝国の採用試験においては、通常ならば不正行為は現行犯での指摘が原則なのである。

あとになって騒いでも無駄なのは、国の高官たちも承知の上。

だが今回は首席合格者にその嫌疑がかるという、異例の事態となっていた。



 それゆえに試験監督官はちゃんと仕事をしていたのかという別の難癖が湧き上がり、物議を醸す騒ぎにまで発展して…………結果、担当試験監督官も己の進退が極まりそうな崖っぷちという、のっぴきならない状況だった。

「あの難問揃いの試験問題で満点を弾き出しているのはお前だけ。幼少から英才教育を施された貴族子息にもできないようなことを、平民のお前にできるわけがないだろうが! よって不正行為は明らかであるっ!!」

バシンっと机上に両手を叩きつけ、敵将軍の首でも獲ったかのような勝ち誇った表情で叫んだのは試験監督官。

「さようですか。俺は正々堂々と実力で試験に挑んだと申し上げても聞いては貰えなさそうなので諦めます」

あっさりした反応を返すのは疑惑青年だった。


 なんともモヤモヤの残る顛末である。

「俺たち受験者は試験によって試され篩い落とされる側かも知れないが、俺たちだって仕えるに値するか思案する権利があるんだ。俺は価値なしと判断したまでさ」

そのときの青年はただ苦笑いを浮かべるのみだった。



 即座に後見人の辺境伯爵家へ国王から叱咤の書簡が送りつけられることとなり、件の青年は国外追放という処遇となった。

辺境伯爵家は王国に対して了承の返答を返すのみだったので、高官たちは更に謝罪や罰金も課してやろうと勢いづいた。



 国の役人とはいっても、ほとんどの者が貴族家に縁のある者たちなのだ。

小賢しい権力闘争はお手の物。

何かとこの事件を持ち出しては辺境伯爵家の足を引っ張る勢力が続出したし、以後の数年は辺境からの推薦で役人に採用される人物は皆無であった。








 そんな出来事から十数年・・・


 王国の高官たちは青い顔をして玉座の間に集まっていた。

国王が宰相に問う。

「此度の戦争で、辺境領が隣の帝国に奪われたとはどういうことか。余にわかるように簡潔に説明せよ」

画面蒼白な宰相が、沈痛な面持ちで首を横に振る。

「あぁ何と申し上げたら良いのやら……。ひとえに申し訳ございませんとしか申し上げられません。辺境伯爵が帝国に寝返ったのを我らは察知できずにいたのです。戦況は極めて劣勢、我が国は辺境領の他にも海岸沿いの領地と港を三つばかり帝国に差し出すことで和平協定をとりつけることに……」



 そんなこんなな顛末を涙目で説明する宰相と、落胆の色を隠せない老国王。

玉座の前には無言の高官たちが立ち並ぶ。

「……本日、帝国の使節団が調印にやって来ているので、陛下におかれましては調印式をどうか穏便に見守っていただきたく……その、お願い奉ります」

「……くっ。 悔しい限りだが……相わかった。調印は宰相が取り仕切るのか?」

「はっ、私と帝国高官の一人とで行います。此度の使節団の責任者として来訪してきた男で、名はハルサ=ミルリナ。平役人からの叩き上げで出自はわかりませんが、宰相補佐を担っているとか。皇帝の気に入りで有能だともっぱらの噂ですよ。まったく、我が国にもそんな人材が現れていたら今回の戦争は起きなかったでしょうし、こんな屈辱を味わうこともなかったでしょうに……」

宰相は眉をハの字にして肩を落としながら呟いたのだった。



 御前会議とは名ばかりの集まりを解散する前に、彼は思わずと言ったふうに言葉を零した。

「帝国との外交で、尽く政策が裏目に出てしまった結果の諍いが火種だったのですから。甚だ嘆かわしいことです」



 ギロリと玉座の間を睥睨した宰相は、大きな声で独り言を言い続ける。

「……昨夜に少しばかり帝国の使者殿と昔話をしましてね、若い頃にとある試験で不正行為を疑われたことがあったのだそうですよ。その試験は本番中に見たりしなければ教科書の類を持ち込むことが許可されていたらしいのですが、彼は貧乏でそんなものは持たなかったのだそうですよ。そんな環境でどうやって勉強したのかって聞いたら、友人に教科書を借りて自作の参考書をつくったのだとか。参考書といっても、ペラペラ薄紙の束に片っ端から覚える内容を書き出しただけの簡単なものだったそうで……ボロボロになるまで読み込んだソレの切れ端を試験会場に落としてしまったらしくてね、それで物言いがついたのだとか」



 私は彼と我が国が気の毒すぎて泣けてしまいましたよと、宰相が無表情に長い独り言を結んだのだった。



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