第3話 国会議事堂

ひよりは、そもそも政治に理論が必要なのかを揺れる電車の中で自問自答する。


「ゲーテが言うように、政治は行為ありきだけど、じゃぁ、その行為はどこから生まれるの?」


彼女が学生の頃に読んだファウストを引き合いに出し、思考を重ねてみる。

それは、文豪の作品として読んだ幼い自分と、政治家を志す今の強い自分を対峙して、どちらが正義なのかと問う事だった。

「道徳をもって政治とす。」それが、学生のひより。

「リアリズム無しに政治は語れない。」とするのが、今の自分。

落ち着く先のない問答だとは思っている。


大学の頃、講義で覚えた数式の未解決問題。

偶数と奇数からなる友愛数の組は存在するか?


彼女は、そこに答えを求める。

政治理論と政治行為は永遠に結びつくことはないのだろうと。


電車は、静かに二駅を通過した。

腕時計を見るひより。

「後、5分。」


彼女の歳で何故腕時計なのか?

スマホを見れば簡単にわかる時刻。

あえて腕時計をするのは、政治のしがらみのせいだ。


この国の政治家は、年功序列。

時代が移り変わらずいつまでも国が確立したプリミティブ原型を刻んでいる。

新しい時代が来るのは社会であり、政治の世界ではない。

時計は長針と短針が重なり合う事で時を刻む。

それが、政治の流れなのだ。



ひよりの心に影が落ちる。


「時を戻せるのなら、母さんに私が国会で答弁する姿を見せたい。」


母一人、子一人の母子家庭でも、母は、決してへりくだるそぶりを見せなかった。

常に、人の前に立ち、自信を失わず、男社会に立ち向かっていった。

ひよりには、自信過剰とさえ見えたその母が、自殺した。

信じられなかった。

ひよりは、今この時でさえ、信じ切れない気持ちだ。


瞼に熱いものが走る。

その時、電車の警笛が高らかになった。

一瞬で、瞼は、静かになった。


「そろそろかな?」


車窓を眺めると、高層ビルの立ち並ぶ、町の一角に国会議事堂の丸みを帯びた天井アーチが見えてきた。

ひよりは、このタイミングを強く好んでいた。

社会の中に政治が浮き立つ、それは高貴な隔絶した世界が、この国を守る姿に見えるからだ。


末広がりに建つ議事堂は、大理石を加工し、円形状の重ね工法で出来ている。

白壁には、この国のシンボルマークである孔雀があしらわれ、入り口には、金色のカーペットが敷かれていることを母から聞かされている。

母は、いつも、ひよりに議事堂の事を話していた。


何人にも聞かせられない事もすべて・・・

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自裁 138億年から来た人間 @onmyoudou

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