第二話 新人漫画家イン☆セクト

 ブロンドのミディアムショート。

 エメラルドの瞳。

 フェアリーのような可愛らしい容姿。

 それにチョンと乗った赤いベレー帽、これが実によい。

 このエンジェルの可愛さに拍車をかける。

 例えて言うのならば、高級料理に添えられる彩り野菜である。


「ほわぁ……」


 言っておくが、カルミラはロリコンではない。

 でも、これほど可愛い美少女を見たことがなかったのだ。

 それはまさに地上に降りた天使である。


「あ、あのう……」


 少女の大きな瞳がカルミラを凝視する。

 まるでカトブレパスだ。

 そんなキュートな瞳で見つめたら、女慣れしていないカルミラが石化してしまう。


「うう……わ、私は……その……」


 惑わされるな、惑わされるな、惑わされるなと言っておる。

 カルミラよ、お前はプロだ。原作と違うことを抗議しに来たのではないのかね。


(そ、そうだった!)


 カルミラは黒眼鏡をクイとクールにあげる。


「私がここに来た理由はわかっているかね?」

「わ、わかりません」

「ええい! わかってるのか、わかってないのかどっちだね!?」


 ぷるぷる……。


 スライムのように体を震わせる少女。

 カルミラは罪悪感を感じてしまった。

 この若き新人漫画家を頭ごなしに叱り飛ばしてよいものか。

 そういう迷いがまだあるようだ。まだ惑わされやがって。

 すると、少女はエメラルドの瞳でカルミラをまじまじと見つめる。


「ひょっとして……カルミラ・ニッケ先生ですか?」

「え?」

「編集さんが連絡が入って……カルミラ先生がこっちに自宅凸するかもしれないって……」


 どうやら少女はカルミラを知っていたようだ。

 おそらく、担当のハンスから連絡が入れたのだろう。

 カルミラは黒眼鏡をダークに光らせる。


「そうだ! 私が天才漫画原作者のカルミラ・ニッケだ!」

「ど、どうぞお部屋に……」

「へ、部屋に入れだとゥ!?」

「ここでお話しするのも何なので……」


 この娘、どんだけノーガードやねん。

 二十六歳の男を無防備にも部屋に通すというのだ。

 おそらく、この少女の年齢からしてイン☆セクトのアシスタントだろう。

 全くイン☆セクトはどういう教育をしているのだ、とカルミラは思った。


「失礼するぞ!」


 カルミラは革靴をトンと一歩入れ、ズケズケと自宅に上がり込んだ。

 それよりも、部屋の中はキチンと整理されている。

 簡素な木のテーブルやイスなどの家具、無駄なものは一切置かれていない。

 ある意味、殺風景な部屋ともいえる。


「むっ……」


 作業用のデスクには描きかけの原稿があった。

 まだラフ画のようだが――。


「やっぱり怒ってますよね?」

「そうだ! 私は怒っている! 早くイン☆セクトを連れてこい!」

「え?」

「この原作を無視した超展開はどういうことなのか説明してもらう!」

「…………」


 少女は何故か黙って俯いてしまった。


「ん? 早くイン☆セクトを連れてきたまえ」

「あ、あのう……」

「どうした?」

「私が……その……イン☆セクトです」

「な、何だとオオオオオ!?」


 なんと、この少女が漫画家イン☆セクトだというのだ。

 カルミラの黒眼鏡は再びズレる。


「き、君がイン☆セクト?」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 先生の原作と違うことはわかってました!」


 イン☆セクトは深く反省はしているようだ。

 とりあえず、彼女には原作と違うことを一つずつ説明してもらうことにする。


「反省はいいとして……まずはバイパーの性別が女に変えられている件について説明願おうか」


 そう、バイパーは極悪非道の盗賊団『シャドウコブラ』の頭目だ。

 こんな可愛い女にしろだなんて一文も書いていない。

 問い詰めるカルミラに、イン☆セクトは蚊の鳴くような小さな声で弁明する。


「そ、それは先生の原稿に性別が書いてなくて……『シャドウコブラのリーダーであるバイパーがアルトに言った!』としか……」

「ハッ!?」


 カルミラはドジっ子だった。

 原稿にバイパーのことを男か女か説明するのを書き忘れていたのだ。

 しかし、原稿には一人称で『オレ』としているはずだ。

 そこで普通は気付くものだが、世の中にはオレっ娘もいる。

 そういうニッチなタイプの女性だと、イン☆セクトは思ったのだろう。

 さて、次のツッコミだ。


「では、このモフモフな可愛い生き物は何かね?」


 次はシャドウコブラの盗賊達が可愛い生き物になっている件だ。

 泣く子も黙るシャドウコブラの盗賊達。

 それが何故このようなモフモフになっているのか激しく疑問だ。


「そ、それはクウォーク族という生き物で……」

「クウォーク族?」


 初めて聞く種族である。

 カルミラは首を捻った。


「エルフやドワーフは聞いたことがあるが、そんな種族は聞いたこともないぞ」


 イン☆セクトはてへぺろしながら答える。


「私が考えたモフモフなオリジナル種族です」


 な、なんとオリジナルの種族というのだ。


「か、勝手に自分の考えた種族を入れるんじゃあない!」

「ひっぐ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 な、泣いてしまった。

 カルミラ・ニッケは罪悪感が湧く。

 歳が離れた娘をパワハラしているような感じで心が痛んだのだ。


「わ、私が悪かった! クウォーク族は可愛いよな! キュンとしちゃうね!」

「ほ、本当ですか!」

「そ、そうだとも! クウォーク族は可愛い!」

「先生! ありがとうございます!」


 イン☆セクトくんはカルミラに抱きついてきた。

 華奢な体だが意外と胸が大きい。

 カルミラは許してやろうと一瞬思った。

 全くもって、いただき女子なイン☆セクトだ。


(ぬゥ! 惑わされるな! 惑わされるなと言っておる! カルミラアアア!)


 カルミラ・ニッケ、漫画に関してはオーガオーガなのだ!

 心苦しいがイン☆セクトを振りほどく。


「ええい! 暑苦しいから離れんか!」

「ご、ごめんなさい……」

「それよりも問題はラストだぞ!」


 私は持参したコミックドンドンを突きつける。

 丁寧にも付箋をして直ぐ開けるようにしていた。


「バイパーが何で主人公のアルトに結婚を迫っているんだァ!」


 問題のシーンだ。

 宿敵が何故何の脈絡もなく結婚を迫っているのだろうか。


「え、えっと……」

「両親や妹! 村の人々を殺しておいて結婚迫るヤツがどこにいる!」

「そ、それは……」


 イン☆セクトがページをパラパラとめくる。

 アルトの両親や妹、村人がシャドウコブラの襲撃を受ける場面だ。


「アルトの両親を含め村の人達は生きています!」

「な、何イイイィィィッッ!?」

「ほら……動けなくしただけですよ」

「ど、どれどれ……」


 確認すると間違いない、こいつぁ生きている状態だ。

 絵をよく見ると盗賊達は投げ縄や網で捕らえただけ。

 一人も殺傷していなかった――。

 いや、そんな問題ではないのだ。


「家族や村の連中を殺さないと! 極悪非道のシャドウコブラじゃないだろオオオォォォ!」

「ううっ……」

「おっと! 泣いたってダメだからな! 私もプロなら君もプロ! 仕事はキチンと指示通りに――」

「ひぐっ……だって……だって私……」

「言い訳は聞きたくないぞ! 後は私の天才辻褄合わせ術で何とかするからジェノサイドシーンを……」

「バトルシーンを描くのが苦手なんですゥ!」

「な、なんだってーっ!?」


 悲しいかな、イン☆セクトはバトルシーンを描くのが苦手だった。

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