コミック・ザ・ドンドン・バトル!

理乃碧王

第一話 原作クラッシュ!

「オラオラ! ドアを開けろ!」


 黒眼鏡をかけた若い男が激しくドアを叩く。

 ここは異世界ソルヘイム、剣と魔法のよくあるファンタジーワールドだ。

 そして、男がいるのはミリヤという街のアパート。

 その部屋の前で仁王立ちをして構えていた。


 おっと、ご紹介が遅れた。

 彼の名前は異世界漫画原作者『カルミラ・ニッケ』。

 コミックドンドンで連載される『プラネットファイターアルト!』の漫画原作者だ。


「ここが君の自宅だとは知っているんだぞ!」


 この異世界ソルヘイムでは、勇者様が魔王軍と戦っている。

 が、それはその道のプロに任せることにする。(おいおい)


 勇者が魔王軍と戦うように、カルミラは読者と編集部と戦っている。

 何故なら彼は『打ち切り王』と揶揄される漫画原作者だからだ。

 そんな彼が何で業界を生きていけるのか、という疑問があるだろうがこれには理由がある。

 それは「独創的な世界観」が強く一部にコアなファンがいるため、そこそこ売り上げがあるからだ。

 爆発的なヒット作品はないが、短期間で固定層からの人気があるため業界からはそれなりに重宝されている。


(今度こそ私、原作の作品が売れたいのだ!)


 しかし、カルミラだってそろそろ売れたい。

 今回も受けが悪かったら打ち切りの憂き目にあってしまう。

 いや……打ち切りの前に許しがたいことがある。

 それを伝えるため、カルミラは作画担当の漫画家宅に凸してドアを叩いているのだ。


「私の原作と全く違うぞ!」


 言葉の通りだ。

 カルミラが書いたお話と第一話の内容が全く違う。

 そう武闘派格闘アクション『プラネットファイターアルト!』の主人公であるアルト・アストラ。

 アルトは武闘家の青年だ。


 だが、出来た作画を実際に見ると――。


「な、なんだ、このマンドラゴラの根っこのような体は!」


 体が華奢に描かれていた、それに全体的に線が細い。

 アルトは武闘家だ、こんな軟弱ボディでは悪者と戦えない。

 それに登場人物が少女漫画のようにキラキラお目めだ。

 これは戦う男の顔ではない、バトルフェイスではないのだ。

 原作を汚されたと思ったカルミラは激しく怒った。


「話の展開も全く違うぞ!」


 それに何だか原作が勝手に改変されている。

 第一話のストーリーはこうだ。

 主人公アルトは故郷の村で、両親達と平凡だが充実した日常を送っていた。

 そんなある日、極悪非道の盗賊団『シャドウコブラ』に村を襲われてしまう。

 シャドウコブラに両親や妹を殺されたアルト、彼は復讐を誓い旅に出るという感動的な内容である。


 今回はかなりの自信作だ。実に素晴らしい内容で読者の諸君は涙するだろう。

 きっと売れに売れまくって、グッズ化なんかして大儲けできるぞ!

 何て、甘い考えをカルミラは持っていた。


「この超展開を説明したまえ!」


 カルミラは激昂して、ドアに百裂拳をかます。

 そう、原作通りシャドウコブラが村を襲ったまではいい。

 ここまではカルミラの原作通りだ。

 ここからだ、ここから展開が超絶におかしいのだ。


―――――


「お、お前達は何者だ!」

「我々は盗賊団シャドウコブラ!」

「シャ、シャドウコブラだと!?」

「そして、オレはリーダーのバイパー」

「バイパー……」

「アルトと言ったな。死にたくなければオレと結婚しろ!!」


 結婚を申し込まれたアルト! 彼の返事は……。

 待望の新連載開始! 波乱を呼ぶ展開は次号へ続く!!


―――――


 嵐を呼ぶ展開だった。

 いきなり村を襲ってきて、主人公に結婚を迫るなど一体どうなっているのだ。

 両親や妹、村人達を殺しておいてそれはない。


 それにバイパーの性別が男から女に変わっていた。

 しかも、めちゃくちゃ可愛い。萌えキャラだ。

 それに『背後のモブはモヒカンスタイルの盗賊達』と指定したのに『モヒカンの可愛いモフモフな生物』になっていた。

 何の生き物だ。これでは『キュン』としてしまい全然恐くない。

 即ち、原作が大幅に改変されてしまっていたのだ。所謂『原作クラッシュ』である。


「開けろ! 説明しろ! 私が求めている漫画は血肉湧き踊るバトルものだ!」


 カルミラはドアを破壊せんばかりに叩く。

 すると――。


「うるさいよ!」


 アパートの端の部屋からパーマヘアのおばはんが現れた。

 見た目はエイプのようなおばはんだ。鼻息荒くカルミラを睨みつける。

 恐怖したカルミラは平謝りするしかない。


「す、すみません」

「気をつけなよ」

「は、はい」


 カルミラ・ニッケは黒眼鏡をかけ直す。

 そもそも編集を担当する『ハンス・シュミット』という男がいい加減だった。

 カルミラの原作を担当する漫画家との調整や、ストーリー構成のアドバイスをするハズだが殆どなかった。


 そもそも、カルミラも悪い。

 編集から『イン☆セクト』という若い漫画家が担当するということを聞いた。

 だが、カルミラは「若い感性に任せる」といって確認作業を怠ってしまった。

 その方がこの若い漫画家も、ノビノビと作画を担当できると考えたのだ。

 でも、どうやらその考えは間違いだったようだ。


「私は君の感性に任せると言ったが、感性に任せすぎて原作をクラッシュしているぞォ!」


 若干声を落とし、優しめにいった。

 さっきのエイプみたいなおばはんが出て来られては困るからだ。


 キィ……。


 木の乾いたような音がした。


 ギギ……。


 ドアが開いたのだ。


「ご、ごめんなさい……」

「~~~~ッ!?」


 カルミラの黒眼鏡がズレた。驚いたのだ。

 扉からのだ。

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