第三話 二人三脚の漫画連載

「そんなこんなで手頃なダンジョン! ビギーナ洞窟までやってきました!」


 カルミラはイン☆セクトを連れてビギーナ洞窟まで来た。

 この洞窟には凶暴な魔物がウヨウヨいるが、経験の浅い冒険者でもクリア出来るダンジョンだ。

 ここなら危険が少ないとカルミラは思った。


「な、何でこんな危ないところへ……」

「創作に必要なのは実体験だよ! 実際のバトルをその可愛いおめめにしかと焼き付け! かっこいいバトルシーンを描いてもらうのだ!」


 イン☆セクトには魔物との戦闘を視察し『プラネットファイターアルト!』に活かしてもらおうと考えたのだ。

 要はバトルシーンを描くのが苦手な彼女のために用意した、実に粋な計らいといえる。

 カルミラはひょっとしたら育成の才があるかもしれない。

 だけども、当のイン☆セクトはあまり乗り気ではないようだ。


「ええーっ!? バトルって死んだらどうするんですか?」

「安心したまえ! 私のポケットマネーで屈強な冒険者を雇った!」

「屈強な冒険者?」


 日当500Gと高かかったがこれも漫画のためだ。

 カルミラは冒険者ギルドで二人の用心棒を雇った。


「元気があれば何でもできる! 戦士アントンです! ダーッ!」

「楽しく明るい冒険! 吟遊詩人バーバと申します。アッポー!」


 戦士アントンと吟遊詩人バーバ。

 ミリヤの二大巨頭と謳われる冒険者である。


「うーん……大丈夫かな?」


 何やら、イン☆セクトは納得していない様子だ。

 こんなデカくて強そうな彼らに不安要素はゼロのハズだが。


「イン☆セクトくん、何か不満でも?」

「いえ……そうじゃないんですが……」


 イン☆セクトの思わせぶりな態度に疑問を持っていると――。


「グルオオオオオン!」


 来た! 洞窟の奥から魔物の影が現れた!


「この鳴き声! 手頃なザコ! ゴブリンかワイルドウルフに違いな――」

「グルアアアアアア!」


 意外!

 それは洞窟から現れたのはドラゴンだった。


「ド、ドラゴン!?」


 カルミラはちびりそうだった。

 直ぐに逃げようにも足がすくんで動けない。

 ビギーナ洞窟は、ザコモンスターしか出ないのに何でドラゴンが出るのか。

 でも大丈夫だ、問題ない。

 こんな時に雇ったのがアントンとバーバだ。


「元気があれば何でも――できない!」

「明るく楽しくない冒険は――ごめんだ!」

「あっ!? おい!」


 アントンとバーバは逃げ出してしまった。

 期待外れ、鳴り物入りの外国人選手が全然ダメだったような感じだ。

 しかし、そんな悠長なことを考える余裕はない。

 カルミラは「金返せ!」と思っている間にも、ドラゴンは迫ってくる。


「グルルルルル!」


 口から小さな火を吹いている。

 カルミラ達を焼き殺そうというのか。

 カルミラは勇気を振り絞って、イン☆セクトに伝える。


「イ、イン☆セクトくん……き、き、君は逃げるんだ……」

「何を言っているんですか! 先生も早く――」

「あ、足がすくんで動けんのだ……」

「う、動けないって……」

「私は魔物と戦ったことがない。スライム一匹とて倒したことがない一般市民なんだ」

「だ、だったら何でこんな危ないところに来たんですか!」


 イン☆セクトの言う通りだ。

 だったら最初からこんな危ない洞窟に来てはならない。

 それはそう――理屈ではわかっているのだが――。


「わ、私はもう打ち切りは嫌なんだ……」

「先生?」

「今度の『プラネットファイターアルト!』は全身全霊で書き上げた作品だ。私は今度こそ成功させたいんだ」

「何故そこまでして……」

「夢だよ」

「夢?」

「私は子供の頃ね……かっこいい体術で悪を倒す武闘家に憧れていたんだよ。だけど私は元来運動が苦手で夢を諦めるしかなかった……」

「……」

「そこで私は理想とする武闘家像を反映させることにした……それが主人公のアルトだ。この作品の成功は形は違えど『夢の実現』なんだよ……」


 これはカルミラの本音だ。

 カルミラは自分の理想像をアルトというキャラクターに込めた。

 幼き日に挫折した夢の実現を創作の中に委ねる、人からは「子供っぽい男」と笑われよう。

 それでも、今回はカルミラの中でもかなり思いを込めて書き上げた作品なのだ。


「イン☆セクトくん……私はプロだの何だの偉そうに言ってたが……商業を無視した自己満足で作品を執筆する大馬鹿者さ……」


 突然、カルミラは弱気な発言を放った。

 思えば、自分は自分が好きな世界だけを描いてきた。

 自分の好きなものを人に、読者に押し付けてきた。


 それはよくないとわかりながらも作品を書き続けてしまった。

 市場、マーケティング、流行――そんなものは創作の不純物だと思っていた。

 そんな作品はプチヒットしようとも長くは続かない。

 何故なら自分よがりの作品だからだ。

 真のプロではない、と死を目前にしてカルミラは後悔の涙を流した。

 もっと別なやり方が、柔軟な創作は出来なかったのかと。


「グルルル……」


 ドラゴンは大きな足音を立てる。

 一歩一歩こちらに近付いてきている。


「さあ……こんな三流漫画原作者はほっといて逃げるんだ。君はまだ若い、私のような男より夢と希望に溢れている」

「バカ言わないで下さい!」


 イン☆セクトくんは無謀にもドラゴンの前に立った。

 髪を後ろにまとめ、何やら拳法のような構えをしている。


「き、君! 何を考えているんだ!?」

「叶えられなかった夢の実現! こんなところで諦めたら絶対にダメです!」

「グルオオオオオオオオッッッ!!!!!!」


 ドラゴンは大きく口を開けながら襲ってきた。


「こいつは私が倒します!」

「何を言っているのかね!? 君のような――」

「いきますっ!」


 カルミラは何度も目をこすった。


「グルアアアァァァッッッ!?」


 エンジェルのようなイン☆セクトが。


「へっ!?」


 ドラゴンの腹に鉄拳を突き入れたのだ。

 そう、一撃KOのワンパンチで仕留めたのだ。


「大丈夫ですか?」

「き、君は一体……」

「私、漫画家やる前は――」


 イン☆セクトは両手を合わせながら微笑む。


「勇者パーティにいた武闘家だったんです」

「そうか武闘家か……って……嘘だろ!?」


 何とイン☆セクトは勇者パーティの武闘家だったというのだ。


◇ ◇ ◇


 二人は無事にミリヤの街に戻った。

 今は町のカフェで休憩をして一息ついている。

 所謂一つのコーヒーブレイク。

 カルミラの命からがら脱出した後のコーヒーは苦い。


「何で漫画家になったの? 世界の平和はいいの?」


 イン☆セクトはパフェを頬張っている。


「どうしても……子供の頃からの夢を……叶えたくて……秘密に……描いてた漫画を……コミックドンドンの公募に送ったら……優秀賞をとっちゃって……」

「……食べながら喋るのは行儀が悪いぞ」

「あっ……ごめんなさい」


 口にクリームがついている。その姿がまたあざとい。

 ドラゴンをワンパンで倒したとはとても思えない。

 それよりも、彼女はこんなところで漫画家活動をしていて大丈夫なのだろうか。


「イン☆セクトくん、一つ尋ねるが……」

「なんですか?」

「勇者様はパーティから抜けることを許したのか?」

「うーん……」


 彼女は人差し指を頭に当てながら何やら考えている。

 しかし、つくづくあざとい。お前本当に武闘家だったのか。

 カルミラの中での女武闘家像が崩壊しそうだった。


「酒場で待機する時間も増えたしな……冒険が進むにつれて二軍扱いされちゃってたし……追放される寸前にこれを機会に出ていったというか……なんというか……」

「なんじゃそりゃ……」

「細かいことはいいじゃないですか!」


 何はともあれ、イン☆セクトのお陰で命が救われたのはいうまでもない。

 それはそれとして――。


「そんなことよりも! 次週はキチンとバトルシーンテンコ盛りで描いてもらうからな!」

「え?」

「修羅場くぐってきた経験を活かせ! 君なら血生臭いバトルシーンを描けるはずだ!」

「そ、そんないきなりは無理ですよォ」

「無理じゃない! やるんだよォ!」


 ピヨピヨ。


「んんっ?」

「あっ……小鳥さんだ」


 二人が座る席に一羽の白い鳥が舞い降りた。


「あーあー! 聞こえます?」

「「しゃ、喋った!?」」


 二人はこの可愛い白い鳥に注目する。

 突然喋ったのだ。


「こんにちは。コミックドンドン編集のハンス・シュミットです」


 ハンス・シュミット。

 この鳥が『プラネットファイターアルト!』の担当編集だ。

 しかし、本当の姿は鳥ではない。

 カルミラは一度会ったが、顔がモブすぎて全く覚えていない。


「あれ……ハンスって鳥だっけ……」

「魔法の力で遠隔操作をしてまーす!」


 雑な理由を述べるハンス。

 ハンスはピヨピヨと鳴きながら羽を広げる。


「先生、イン☆セクトさんに自分から会うなんて仕事熱心ですねーっ!」

「なっ……この野郎! だいたい編集のお前はそこで何をしている!」

「まーまー! そう怒らないで下さいよ」


 ハンスは適当なヤツな感じだった。

 何度か仕事の話をしようと、カルミラは接触しようと編集部に駆け込んだが、いつも別件とやらで不在。

 どんな術を使ったか知らんが可愛い小鳥さんの姿で現れた。誠に不思議な編集者である。

 小鳥、いやハンスは羽をパタパタと動かす。


「プラネットファイターアルト!のことでお話に参りました」

「なっ……」


 ゴクッ……。

 カルミラは息をのみ込んだ。

 プラネットファイターアルト!のことだ。

 よく業界で言われるのが『初動が悪ければ打ち切り』というもの。

 第一話の読者の反応が全てだ。


「どうしたんですか先生。顔が青いですよ」


 イン☆セクトは何もわかっちゃいない。

 小鳥の姿とはいえ、このいい加減な編集がわざわざここに来たんだ。

 あの超展開の内容――読者からの反応はあまりよくなかった可能性が高い。

 早々に打ち切りの話をするのだろう、とカルミラは思ったのだ。


「大反響でしたよ」

「え!?」


 意外な反応だった。

 あの超展開が反響を呼んだというのだ。


「バトルものとか濃ゆい作品ばかり書いてる先生が、まさか『ラブコメ』に挑戦だなんて……いやァ予想外で参りました。ちゃんと打ち合わせをしておくべきでしたねェ」

「あ、あのう……」

「読者からの反応がすこぶるよかったですよ。『いきなりの超展開でワロタ』とか『バイパーやシャドウコブラのモフモフが可愛い』とか」

「え、えええええっ!?」

「次回も二人で頑張って下さい」

「ま、待て! 私はラブコメは苦手なんだ!」

「じゃっ! 私は仕事に戻ります」

「お、おい! 鳥の姿で仕事も何もないだろ!」

「だから、この小鳥は魔法の力で遠隔操作してるんですって。そろそろ仕事を終わらせて家に帰らないとかみさんに怒られますので失敬しますよ」

「コ、コラァ~~!」


 そのまま白い小鳥ちゃん。

 いや、編集のハンスは飛び去ってしまった。


「ど、どうすればいいんだァ……編集は何か勘違いしているぞ……私はラブコメなんぞ書いたことがない……」


 バトルものを書いたつもりが、ボタンの掛け違いまくりで読者と編集は『プラネットファイターアルト!』をラブコメと思ったようだ。

 どうするカルミラ・ニッケ、作家人生で最大のピンチである。

 カルミラは恋愛などの色恋沙汰は大の苦手なのだ。


「先生にも苦手なものがあるんですね」


 気落ちしているとイン☆セクトが声をかける。

 両手で頬杖する彼女は何故かニコニコしていた。


「バトルものとラブコメもの。二つ同時に書けばいいじゃないですか」


 イン☆セクトはそう述べるとカルミラの手を握った。


「ど、同時って……」

「二人で頑張りましょう! 二人三脚で!」

「う、うむッ!」


 こうして『プラネットファイターアルト!』の打ち切りを防ぐための戦いが始まった。

 二人の運命は如何に――。


「私達の戦いはこれからだ!」


 ご愛読ありがとうございました。

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コミック・ザ・ドンドン・バトル! 理乃碧王 @soria_0223

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