第8話 陽の光を目指して雛は飛ぶ
祭太鼓の音が聞こえる。今日は夏祭りの日。残りの日数的には、夏休み最期の思い出となる日と言ってもいい。
「お、いたいた!」
鳥居の近くに見慣れた顔が二つ見えた。俺はその二人に近づくと、軽く手を挙げる。
「ごめん、ちょっと遅れた!」
「遅れてないわよ。むしろ早いぐらいね」
謝る俺に女子の方、雛菊は気にするなと首を振る。男の方もそれに遅れて口を開いた。
「そうだぜ。それにオレたちもさっき着いたばっかりだしな」
フォローをしてくれるのは咲太。
浴衣姿が見れるかもという淡い期待を持っていたが、二人は当然のようにいつもの格好だった。
「それじゃあどこ行く? ここに来るまでに見ただけでも、今年は色々なで店があったよ」
焼きそばわたあめくじ引き輪投げに型抜きまで。全部回ってたら時間がいくらあっても足りない。
期待に胸を膨らませながらそう言うと、雛菊が困惑したように眉根を下げた。
「何を言ってるの? 今日は花火を見に来たんだから何も買わないわよ?」
「えっ……」
そうなのか? と思い咲太の方を見てみると、ふるふると頭を振っている。彼も今日は買い食いする気だったようだ。
「いやほら、せっかく来たんだし何か買おうよ」
「……しょうがないわね。じゃ、近くのスーパーに寄って何かを買いましょうか。この辺りの出店はどこも相場よりも結構高いのよね」
「まあそういうもんだからな」
やれやれとばかりに肩を竦めている雛菊を、どうしてやろうかと咲太と顔を見合わせる。
「えーっと、そういった要素も祭りの醍醐味だからさ。俺はここで買っていこうかなって思ってるんだけど」
「……そういうものなの?」
「多分そういうものです」
困惑していたようだが、最後に咲太も同意するとそういうものかと納得してくれた。
「それじゃ、色々回ろうか!」
☆ ☆ ☆
「次はこれで勝負をしましょう! 絶対に勝つわ!」
……疲れた。今日一日で何回勝負をして負けただろう。両手で数えられる範囲を超えてから数えてない。
意気揚々と型抜きの出店に向かう雛菊を、ふらふらと覚束無い足取りで追いかける。ちなみに咲太は途中で逃げやがった。あの野郎……。
「雛菊、そろそろ花火始まるから移動しよう」
「……そうね。勝負はあとにしましょうか」
「……そうだね」
時間を置けば少しは気分は楽になるかな。未来の自分にエールを送りつつ、俺は雛菊と並んで歩く。
「そういや咲太はどうする?」
「先に行ってると思うわよ。このまま行けば合流出来るんじゃないかしら」
「そっか」
それからしばらくの間、無言の時間が続いた。
ふと思う。この関係はいつまで続くのかと。足の怪我の調子も良いようで、夏休みが明ける頃には完全に治るのだそうだ。そうなれば、この関係は終わる。それが少しだけ寂しい。
「なあ、雛菊」
「どうしたの?」
俺は無意識のうちに口を開いていた。
「来年も一緒に花火大会に行かないか?」
「……いいわよ」
「えっ」
言葉が出てきたものの、受け入れられるとは思っていなかった。意外そうな顔をする俺に、雛菊は不服そうに頬を膨らませる。
「何かしら、その顔は」
「いや、てっきり断られるかと思って。ほら、花火大会に行く意味なんてないって言ってたからさ」
「他にやることがあるから、そっちを優先するだけよ。何もすることがないなら行ってもいいってだけ」
「……」
いつもとは違い、気まずそうな顔を浮かべる雛菊。ほんの些細な表情だったが、もしかしてと思うには十分だった。
「……バスケ、やめるつもり?」
その言葉に、彼女は足を止めた。
「……そうだって言ったらどうする?」
雛菊らしくない。そんな言葉が頭を過った。
「そうなんだって思うかな」
それでも、口から出たのは別の言葉だった。
「雛菊のことだから何か理由があるんでしょ?」
「……それは、」
「無理に言わなくていいよ。どんな理由だとしても、俺は良いと思うから」
何かをする目的はひとつではないことを知った。どんな目的だとしても、どこを目指していたとしても。それを否定すべきでは無いし、尊重されるべきだ。
「止められると思ってたわ」
「そうだね。以前なら、もったいないとか言ってたかもしれない。でもさ、それは俺の意見で君の想いじゃないから」
辞める理由は何なのか。バスケをする目的を達成できたからなのか、達成できないと思ったからなのか。前者だったら嬉しいけど、後者だからといって責められていいわけがない。
「どうなったとしても俺は応援するよ。っていうか、応援に行くから。バスケでも、違う部活でも」
何をしたとしても、何を始めたとしても。雛菊はいつものように全力で勝つために頑張るのだろう。
尊敬を込めてそう言うと、雛菊は目を丸くしていた。
「え、どうしたの?」
「……ふーん。そんなにわたしが勝つところを見たいんだ」
「……まあ、そうかもな」
応援に行くってことはそういうことだろう。ただ、そこ確認するようなところだろうかと首を捻る。しかし、彼女は俺の様子なんて気にも止めず、ふふんと笑みを浮かべた。
「しょーがないわねぇー! 来年、わたしが全国大会を見せてあげるわ!」
何かが吹っ切れように、彼女は笑う。その顔に見惚れてしまいそうになりながらも、俺はニッと笑みを返す。
「全国は自分たちの力で行くからいいよ」
ドーンと大きな音がした。夜空を見上げると、そこには花火が咲いていた。
「やばっ。花火始まっちゃった」
「少し急ぎましょうか」
足早に人混みを抜けていく。夏休みももう終わる。長いようで短かった日々を思い返し、これから始まる新学期に思いを馳せる。
――願わくば、来年も雛菊と一緒にいられますように。
そんな願望を心の中で呟いて、夏の終わりを告げる花火の音を聞いていた。
☆ ☆ ☆
蝉の声が聞こえなくなって、夏が終わったのだと実感する。
「おはよう、太陽」
「おっす。咲太」
家の前で待っていると、程なくして咲太が姿を見せる。
「テスト勉強はちゃんとやったか?」
「うっ……。嫌なことを思い出させないで」
夏休みが終わり、今日は休み明けテストがある日だ。現実を突きつけられてげんなりしていると、キィッと扉が開く音がした。
「姉貴、遅いぞ」
俺たちは二人揃って振り返り、彼女の姿を認識する。
自信に満ちた力強い瞳は、夏休みに見たどの時よりも爛々と輝いている。その原因は何と言っても、彼女の片足にいつもついていた白いものが取れたおかげだろう。
「待たせたわね!」
自分の足だけで立って歩み寄ってくる。躊躇いも迷いもないその足取りは、やはり雛菊らしいと思う。
「おはよう、雛菊」
「おはよう。太陽。テストの準備は出来てる? 絶対に負けないわよ!」
姉弟揃って思い出させないで欲しい、だなんて考えながら、はははと苦笑いを浮かべる。いつも以上にいつも通りのその姿は、鷺ノ宮 雛菊完全復活と言ってもいいだろう。
「お手柔らかにお願いします」
「手加減なんか絶対にしないわよ!」
夏が終わり、秋が来る。そして秋が終われば春が訪れる。季節は移ろい、俺たちの関係も少しづつ変わって、終わって、訪れる。
俺にはこの関係がいつまで続けられるのかはわからない。
けれど、彼女の凛とした声が俺たちにとって新しい季節が訪れたのだと告げる音に聞こえた。
群青の止まり木 〜負ける君には価値がない〜 警備員さん @YoNekko0718
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