3(終) 東方の三賢者

 龍太の車は無事に産婦人科の病院に到着した。すぐに電話の声どおり屈強そうな看護師さんが出てきて、麻里亜を中に入れてくれた。


「……どうする?」


「どうするって……せめて親御さんが来るまで待とうと俺は思うよ」


 龍太が鼻をこする。


「自分もそれに賛成だ。いいじゃないか、こんなクリスマスがあっても」


 昴が空を見上げる。


「すごいね、見事なまでの星空じゃん」


 同じく空を見上げていた芽瑠がそう言って笑った。


「キリストが生まれたときも、こんなんだったのかねえ」


「龍太、キリストの誕生日は正確には10月らしいぞ。クリスマスはヨーロッパに入って冬至のお祭りとごっちゃになった祭りだそうだ」


「なんでそんなこと知ってんだ昴」


「オタク界隈では常識なんだよ。まあ聖☆おにいさんのイエスの誕生日を祝おうのくだりは大好きだが」


 昴の小声の早口を聞きながら、龍太と芽瑠はちょっと呆れたような顔をした。夜の車内でよかった、顔はよく見えない。

 ただヨハンだけがしっぽを振っていた。

 少しして、小さくて何世代も前の軽自動車が駐車場に入ってきた。まだ高校生の母親、というにはいささか若い印象を受ける女性が、きれいに化粧した顔で車から降りてきた。


「あの、麻里亜を助けてくださった方ですか?」


 女性は3人にそう声をかけた。


「助けた……というか、助けなくてはいけない状況だったので……」


「申し訳ありません、うちの娘がご迷惑を」


「いいんですヨ。わたしたち全員、クリぼっちなのが寂しくて夜のドライブをしていただけなので」


 それにめでたいじゃないですか、と芽瑠は続けた。


「どんな命であれ、生まれてくるというのは素晴らしいことです。少なくともわたしはそう思います」


「とりあえず麻里亜さんを励ましてさしあげたらいかがですか」


「そうですよ、この真冬に、薄ら寒いドライブインで1人で産むんだって頑張ってたんですから」


「あの。私、スナックのママをやっていて。それで……赤ちゃんが産まれるってなると長期戦だと思ったので、これ……よければ召し上がってください。私は娘のところに行きますので……」


 麻里亜の母が車の後部座席から降ろしたのは、クリスマスパーティ用のチキンとポテトのバーレルであった。余裕で3人前ある。


「分かりました」


「あのっ。それで、無理を承知のお願いなんですけど、子供が無事に生まれたら……娘に、みなさんへお礼を言わせたいので、待っていてもらえませんか?」


「自分は自由業者だから構わないけど、龍太はブラック労働してるんだろ?」


「ここは腸内の有休を消化する酵素の出番だ。芽瑠は?」


「わたし? 大丈夫だよ。明日は非番!」


 というわけで、3人は龍太の車のなかで、チキンのクリスマスバーレルをつつきつつ、そのときを待った。ヨハンもチキンの味がついていないところをもらって喜んでいる。

 もしかしたら「お礼を言わせたい」というのは単なる建前で、一緒に祝ってほしかったのかもしれない、と3人は笑った。

 夜が明けるより少し前に、麻里亜の母親がすっ飛んできた。


「生まれましたか」


「はい! 男の子でした!」


「わーお、救世主になっちゃうかもよ?」


 3人は病院に入った。いちばん奥の部屋から、元気のいい赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 麻里亜はぐったりとしていて、顔は疲労と痛みで青白く、鼻の頭だけ真っ赤だ。半泣きの顔で芽瑠が麻里亜に声をかけた。


「おめでとう」


「……喜んでくれてるよ。よかったね」


 麻里亜は赤ん坊にそう声をかけた。


「あなたも、おめでとうなんだよ、麻里亜さん」


「え?」


「だって、こんなに健康そうな赤ちゃんを授かって、こんなにちゃんと産んであげることができて……おばちゃんはさ、若くして結婚したけど子供ができなくて、10年かかっても子供ができなくて、結局離婚した人だからさ……」


「……ごめんなさい」


「いいのいいの。おめでとう。とにかくおめでとう。みんなももっと喜びなよ!」


「おめでとう、麻里亜さん」


「おめでとう! 名前はキラキラネームにしちゃダメだぞ!」


「ほら、お母様も」


「……私も、こんなふうに……大人に祝福されたかった。だから、麻里亜、おめでとう」


 みんなでお祝いの言葉を麻里亜と、その赤ん坊にかけた。

 麻里亜が高校をどうするのか、とか、赤ん坊を育てるお金はどこから出るのか、とか、そういうことはあとで考えればいいよね、と、大人はそう口裏を合わせて、お祝いの言葉だけをひたすら述べた。


 夜が明けた。3人は住んでいる街に帰ることにした。帰り際に麻里亜の母親に、年賀状を出したい、と言われたので、住所を教えて、3人は車に乗り込んだ。


「マジで東方の三賢者の礼拝じゃん」


「没薬も乳香も黄金も持ってないけどな」


「いいんだよ。没薬は死んだ体に塗る薬だ」


 昴の無駄知識が炸裂したところで、龍太がぼそっと言った。


「ヨハン、粗相してないか?」


「……えっ? あっ、いちばん後ろの座席に黄色いシミが!! すまん!!」


「シートのクリーニング代出せよな」


 ◇◇◇◇


 正月、龍太はだれもいない自宅で、年賀状を受け取っていた。

 このご時世である、ずいぶん少ない。昴と芽瑠からの年賀状をはじめとする自分宛の年賀状をよりわけていると、赤ん坊の写真がバンと印刷された年賀状が出てきた。


「名前は善也(よしや)にしました」


 麻里亜の母からの年賀状だった。

 そのあと、グループチャットの通知があったので見てみると、「善也って高校生がつけるには渋い名前だね」と芽瑠が言っていた。


「いいんじゃないか? 東方の三賢者と羊飼い(の犬)が礼拝したんだから」


「いやヨハンは礼拝してないだろ」


 ふふっ、と龍太は笑う。そうしていると妻とのチャットから、「パパはお迎えに来ないの? ってうるさいから駅まで迎えにきてほしい、仕事じゃなければ」とメッセージが来た。

 シートのクリーニングは済ませてある。幸せな家族になろう、と龍太は誓った。(おわり)

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クリぼっち3人と1匹、旅に出る 金澤流都 @kanezya

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