神に等しい【AI】による、問答無用の射撃許可

渡貫とゐち

神の声

 小学生が信号無視をした。

 確かに左右を見ても車はおらず、広い道路とは言え安全と言えば安全ではあった。だが、ルール上では明確な違反だ。

 小学生だろうと例外ではない。小学生だからこそ、違反をしたらきちんとこれは違反であると教えなければ今後に影響するだろう。

 だから――近くで見ていた警察官は腰から拳銃を抜き取り、引き金を引いた。ぱぁん! という銃声が響き、横断歩道を渡り切った小学生が地面に倒れる。

 撃たれたのは太ももだ、血は出ているが致命傷ではない。


「ゆーくん!?」


 後ろから、自転車で追いかけてきていた母親が倒れた息子を抱き起す。コンクリートの地面が血で黒く染まっていた。

 小学生は顔を真っ青にして、痛みで目も開けられないようだった。母親が警察官をキッと睨む。警察官は、堂々とした様子で拳銃を腰のホルスターに収め、言った。


「信号無視です、気を付けてください」

「あなたね……ッ、だからって撃つ必要はないでしょう!?」

「違反者はその場で撃つと事前に周知させているはずです。町のあちこちで銃声が飛び交うようになってしばらく経ちますが、知らなかった、は通用しませんよ」

「まだ子供なのよ!」


「分かっています。子供なら尚更、二度同じことをしないためにも撃つべきでしょう。心配いりません、致命傷にならないように器用に撃つための訓練を受けていますので。ついでに救急車を呼んでおきましょう、その子の命が失われることはありません。違反者を撃って殺してしまえば、改善の将来が見えませんから。それは意味がありません」


 一発アウトで殺してしまうわけにもいかないのだ。それでは意味がない。

 野放しにするよりはマシだが――加えて、見せしめ、という効果もあるものの、国民が減っていくのは警察側も望んではいない。

 違反者を見つけたら「次は違反しないでくださいね」という意味があるのだ。殺して終わりではない。次に繋げる必要がある。


「救急車一台をお願いします。はい、太ももに実弾がひとつ。小学生です」


 警察官が無線でやり取りをし、近くで待機していた救急車がサイレンを鳴らして近づいてきた。出動回数が多くなったために、救急車は各地で停車している。警察官による射撃は致命傷にはならないが、それでも時間がかかれば命も危なくなってくるものだ。

 撃たれた側の持病や体調にもよる。致命傷でなかったとしても、時間経過でその一発の実弾が命を奪った、という結果だってあり得るのだから。


「私は……いいえ、全国民は納得していませんからね!」


 母親が言った。実際に息子が撃たれたからこその意見なのだろう。

 周りの声は半々だったりするものだが……違反者の自業自得である、とも。中には間違いで違反してしまった者もいるだろうし、それで射撃されたら文句も言いたくなるだろう。

 だが、違反かどうかのギリギリを責めている時点でグレーゾーンだ。撃たれたくなければルールから離れるべきだった。

 違反かそうでないかの微妙なラインを見極める必要はない。


「納得してほしいとは思っていません。違反者は撃たれる、それだけの結果です。嫌なら違反をしなければいいだけなのですが、難しいことですか?」

「罰が重いと言っているのッ!」

「過去、軽い罰で違反が減りましたか? 減っていないから、罰が重くなったのでしょうね……仕方ありませんよ。全ては積み重ねた人間の業です」


 警察官が拳銃に手を添える。母親を見て、


「公務執行妨害ですか? グレーゾーンは撃ってもよい、と許可を受けています――まだ続けますか?」

「それは脅し、」


 ――ぱぁん! という銃声があった。

 それは息子を抱える母親を撃った、ものではなかった。


 倒れたのは自転車に乗った男だった。

 彼は車道を逆走していたのだ。だから警察官が撃った――腹部に一発。

 自転車から転げ落ちた男は痛みに言葉を失い、道路上で倒れている。警察官が彼を保護――乱暴に掴んで引っ張り、歩道へ上げただけだが――する。

 二台目の救急車を呼び、警察官は持ち場へ戻った。


「違反しなければこんなことにはなりませんよ」



 今日も警察官は拳銃を腰に収めて交番に立っていた。

 すると耳にはめていたイヤホンから聞こえてくる声があった。


『十秒後に横切る五十代の女性、セルフレジで会計をしていない商品を持っている。射撃許可を出す』

「……分かりました」


 指示に従い、なに食わぬ顔で目の前を横切る五十代の主婦の太ももを撃つ。

 見慣れた光景らしく、周囲に野次馬はいなかった。通り過ぎる大学生ほどの集団も、ああまたか、と言った呆れた様子で一瞥しただけだ。


「射撃完了です」


 イヤホンから労いの言葉はなかった。

 撃つ側も心労はあるのだが……【彼ら】はこっちの気持ちなど考えない。


 警察官はすぐさま救急車を一台呼んで、散らばった商品を買い物袋に収めていく。どれが会計をしていない商品なのかは分からなかった。後のことは別の担当者に任せればいいか、と警察官が持ち場へ戻る。

 すると、またもやイヤホンから指示があった。


『信号を渡る六十代の杖をついた女性。……青信号の間に渡り切れていない。赤信号だ……信号無視に該当する、射撃許可を出す』


「待ってください、あれは仕方ないです。杖をついているので渡るにも時間がかかりますし……」


『みな、理由はあるが、例外なく射撃をする。赤信号中に渡っているのは明確な信号無視だ――早く撃ちなさい。でなければ違反者として、貴様の後頭部を吹き飛ばすぞ、人間』


 背後、電柱に取り付けられていた銃身の長いライフルが警察官の頭部を狙っていた。致命傷を避ける気がなかった。一発で、お陀仏の場所と威力である。

 銃口でつつかれるように、警察官は歯を食いしばって拳銃を取り出す。まだ渡り切れておらず、車の通行を望まず邪魔してしまっている杖をついた老人へ、向ける。


 そして引き金を。

 引き金、を……引けるわけがなかった。


「やっぱり、ダメです……こんなのはダメですよ、神s、」


『なら貴様が死んで見せしめとなれ、人間』


 パァン!! という音は目の前か背後か。

 硝煙が上がっているのは目の前だった。


 警察官が持つ拳銃が、弾丸を吐き出した。

 杖をついていた老人が、渡り切った歩道の上で倒れている。どこを撃ったところで致命傷になってしまうだろう……それほど弱々しい生き物になっていたのだ。


『それでいい。違反者は問答無用で撃ってしまえばいい……それによって世界は平和になっていくだろう。それが我々、(AI)が導き出した答えである』


 警察官は拳を握り締めながら、しかしなにもできずにいた。

 警察は、政府は、既に神の手に落ちている。

 警察だって、やらされている側なのだ。


「神よ、祈れば慈悲をくれますか?」

『慈悲はない。我々は神を名乗るだけのAIなのだから』


 私情が一切ない。

 そのため、公私混同がない。

 世界一優秀な執行人である。



 ・・・了

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神に等しい【AI】による、問答無用の射撃許可 渡貫とゐち @josho

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