試験(彼方よりきたりて短編)

伊南

試験

試験

 聖プリマステラ王立学院にも当然学期試験がある。

 試験内容は学科試験と実技試験の二つからなるが、実技試験については「武術」「魔術」の選択制になっており、各々得意な科目で試験を受ける事が可能だ。……とはいっても学生の大半は武術を選択する者が多く。エルナトも例に漏れず武術を選択している。

 主人のアリアからは「一緒に魔術で受けましょうよー」と声をかけられていたが、術に関しては中級レベルの実力しかなく、これといって誇れるものでもない。合格ラインぎりぎりの魔術より武術の方がまだ心得や自信があった事もあり、エルナトはそれを断っていた。

 武術の実技試験は至ってシンプル、学院の中庭に作られた試験場に入って出てくるだけ。ただしそこにはテイマーが用意したモンスターが配置されており、それを突破するだけの技量が求められる。

 武術の試験ではあるが術が使える学生はそちらも使用が認められているため、エルナトにとっては取り組みやすい試験でもあったのだ。


 ……そして、当日。エルナトは同じく武術の試験を受けるシリウスの横で自分の順番を待っていた。

「去年は難易度低めでしたけど、今年はどうですかねぇ」

 のんびりとした口調で話すシリウスに対し、エルナトは「どうだろ」と肩をすくめながら言葉を返す。

「二年目だし難易度は上がってはいるんじゃないか? それにウチの学年はリゲル様やサルガス皇太子を始め粒揃いだし……」

「……まぁ、確かに。実力者が多いですよね、ウチの学年」

 エルナトの呟きを聞いたシリウスは納得したような顔で頷いた──が、その相手は僅かに眉を潜めて視線を向ける。

「言っておくが、お前もそのうちの一人だからな」

「え? ……いやあ、僕はまだまだ。リゲル様についていくのがやっとの、修練中の身ですので」

「…………お前ホントさぁ…………そういうさぁ…………」

 しれっとした表情と言葉を返してきた青年にエルナトは顔をしかめて批難を口にしようとしたけれど、試験官の先生に名前を呼ばれたため、それは最後まで続かなかった。

「頑張って下さいね、エルナトさん」

「…………ん」

 エルナトは一度口を閉じ。ふわりと笑うシリウスへ短く言葉を返してから試験場へと足を向けた。


「…………」

 試験場は普段の中庭とは違い、高い茂みで囲まれている上に迷路のような造りになっている。

 周囲の気配を探り、妨害を潜り抜けて出口を目指すこの試験。茂みを突っ切って外に出るのは禁止、作られた道を通って決められた出口から出ていくのがルールだ。

 エルナトは周りに注意を向けながらゆっくりと歩いていた。

 ……少し離れた、脇の茂み。そこに何かがいる。

 それに気付いても歩く速度は変えず、エルナトは手に持った模擬刀を軽く持ち直す。

 そうして茂みに近付き。茂みの横を通り過ぎ。完全に茂みに背を向けた時──

 グウゥゥッ!!

 威嚇するような声を上げ、茂みから狼の姿をしたモンスター──ヴォーグが勢いよく飛び出してきた。ヴォーグはそのままエルナトの背中に向かって飛びかかり──……後僅かでエルナトに届く、という瞬間。

 フッとエルナトが体を反転させるようにくるりと回って、ぎりぎりの距離でヴォーグの突撃を躱し。最低限の動きで模擬刀を持ち替えると、自身の横をすり抜けていくヴォーグの腹に向かい、勢いよくそれを叩き込んだ。

 キャン!

 甲高い声を上げてヴォーグは横に吹っ飛ばされて茂みの中へと突っ込む。……数秒、ヴォーグが消えた先の茂みを見ていたエルナトだったが、動く気配がないのを確認してから再び歩き始めた。


 迷路の中を進み、ヴォーグとの出会いを何度かやり過ごした後。時間的にも距離的にもそろそろ出口か──と考え始めたエルナトの足がピタリと止まる。出口に通じているであろう、少し広めの通路。その左右の茂みに何匹かヴォーグが身を潜めているのが判ったからだ。……一匹ずつなら問題ないが、流石に左右から襲われると捌き切る自信はない。

「……………………」

 ふぅ、と短く息を吐き。エルナトは小さな声で魔法の詠唱を始めた。

 対象を複数にするため、丁寧に、ゆっくりと。

 潜むヴォーグ達に気付かれないように、小さな声で一語一句を確実に紡ぐ。そうして──

妖精達の歌スリーピーソング

 静かに発せられた詞の後、茂みの中でガササッという音と何かが倒れる音が続けてその場に響き。

「……………………」

 数秒待ち、何も動くものがないのを確認して。エルナトはゆっくりと通路を進むとその先にある出口のアーチを潜り抜けた。


「相変わらず安定した立ち振る舞いだったな。合格だ」

「……有り難うございます」

 試験場の出口、試験官を務める先生からかけられた言葉にエルナトは会釈と合わせて礼を述べる。

 ……そういえば、途中のヴォーグ達はこの先生がテイムしてるモンスターのはずだ。自分のモンスターが学生にやられるの、どう思ってるのかな……。

「あの……」

 浮かんだ疑問を口にすれば、先生はエルナトに向き直った後。少し身を屈めて声のトーンを落とした。

「……心配するな。ここだけの話、ヴォーグ達は今だけ聖女アリアの加護を受けていてな。模擬刀の攻撃くらいだったら喰らっても何も問題ない。一定以上のダメージを喰らったらその場で倒れて動かないように指示していて、学生が立ち去った後で起き上がる流れだ。……ほら」

 そう言いながら先生はチラリと出口の奥に視線を送る。つられてエルナトがそちらを見れば、二、三匹のヴォーグが茂みから姿を一瞬見せ、すぐに身を翻して茂みの中に戻って行った。……どうやら術の耐性もあるようだ。

 納得してホッと息をつけば先生は彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた後「次の学生がそろそろ出てきそうだから向こう行ってな」と、試験を終えた学生達が休んでいる方を指差す。エルナトは軽く会釈をしてからそちらへ向かって歩いていった。


 ……しばらくして、先に試験を終えていたリゲルやサルガスと談笑していたエルナトの所にシリウスがやってくる。

「お疲れさん。どうだった?」

「はい、問題なく。……手応えがあるのにダメージを受けた様子がないのは変な感じでしたけどね」

 サルガスの言葉にシリウスは返事をしつつ、エルナトの隣の椅子に手をかけて……それから、フッと視線をエルナトへと移した。

「?」

 その様子にエルナトはそちらを見上げるがシリウスは何も言わず。軽くぽんぽん、と彼女の頭を叩いてから椅子を引いて腰掛ける。

「…………どこで見てた?」

「試験場入口の待機場所から」

 叩かれた箇所を押さえながらエルナトから向けられた質問に対し、シリウスはさらりとした口調で答えた後でお茶を一口飲んだ。

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試験(彼方よりきたりて短編) 伊南 @inan-hawk

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