【カクヨム10短編】すずちゃんのヘルプデスク事件簿 はみだし2

よつば

ショートショート2

 日が陰り、そろそろ終業時間というのにも関わらず、ヘルプデスク総合窓口には一通のチャットが届いた。それをみた林竜也はやしたつやは、目を細めてなんだと思った。

「すみません、今日返却予定だったUSBメモリをどこかにやってしまったようです」

 チャットの送信者は宇佐美菜々子うさみななこ@2024卒と出ている。隣にいた阿部鈴音あべすずねが画面を見つめながららした。

「マーケティング部に配属されたばかりの新卒……」

「なんと。早々で始末書行きか」

「彼女、面接対応した時も少しおっちょこちょいなんです。できたら林さんも上のフロアへついてってくれませんか」

 やれやれ、林はそろそろ帰りたいという気持ちを抑え、ジャケットを羽織って一緒に上のフロアへ向かった。


「わぁぁん、どうしよう」

 階段で一つ上にあがり、マーケティング部のあるフロアへ進むと、甲高い声で焦っている女性がいた。背が高く、見ただけで宇佐美とわかる。阿部をみた宇佐美は「なんで阿部さんが」と驚きつつ、春からヘルプデスクへ異動になった旨を話して対応することにした。

 彼女のデスクには、シンプルなトートバッグとファスナー付きのバッグが置かれている。トートバッグの大きさは支給されているパソコンより二回りほど大きい。中にはディズニーのパソコンケースがあることから、その中にパソコンを入れたことになる。それを見た林が声をかけた。

「宇佐美さん、パソコンケースにUSBメモリが入ってない?」

「それが、ケースのポケットに入れたはずが見当たらないんです。バッグも探したんですが見つからなくて」

「トートバッグではなく、もう一つのバッグに入れたとかはありません?」

 阿部が訊ねても宇佐美は首を横に振るだけだ。艶のあるショートカットの髪がバサバサと揺らぐ。その様子をみた林は、気だるそうにしつつおもむろに宇佐美のバッグのファスナーを開け、手を突っ込んでいった。一刻も早く解決したいと思っているらしい。

 その様子に宇佐美だけでなく、阿部も口をあんぐりしまった。いくら遺失物探しとはいえ、無許可で他人のバッグを開けていいとは限らない。

「ちょっと林さん、勝手にバッグを開けてはいけな……」

「緊急事態なんですよ、許可うんぬんより探さなければ」

 そういっている間にも、林は資料の入ったクリアファイルやミニ水筒、折り畳み傘を次々とデスク上に置いていく。阿部はため息をつき、宇佐美に謝罪と断りを入れ、一緒にバッグの中身を取り出すことにした。

 

 五分後、バッグの中身を出し切ったものの肝心のUSBメモリは見つからなかった。トートバッグもパソコンケースとパソコン以外は見つからない。

 そういえばと思い、阿部は宇佐美に訊ねた。

「確か、今日は実査じっさ人形町にんぎょうちょうのマーケティング会社へ行くことになっていたよね? そこでデータをもらった後、どうしたの?」

 下手すれば泣いているだろう宇佐美は、考えながら答えた。

「人形町の客先から直帰して、そのまま座る際にUSB探したら見当たらなくて。お手洗いには行ってませんが、車内は空いていたので座っていました」

「いつ人形町からの電車に乗ったか覚えてる?」

 時間は確か三時半ごろに客先を出たはず、と言いながら手持ちのスマートフォンでモバイルパスモを開いた。

「四十九分に人形町から乗って、五十九分には浅草橋あさくさばしを出ていました」

 林がすかさずスマートフォンで乗換検索をした。おそらく三時五十一分発の都営浅草線とえいあさくさせん京成線けいせいせん直通の特急青砥あおと行きに乗っているはずだ、押上おしあげから終点まで京成線内はノンストップで十六時〇八分着。もしかすると、浅草線内押上までの各駅か、京成押上と青砥の各駅に電話で総当たりすれば見つかるかもしれない。

 そう言った林は、時計を見てハッとなった。

「そろそろ終業時間だから俺は帰るわ。あとは阿部さん、よろしく」

 林は飄々ひょうひょうとした立ち振る舞いでその場を去ってしまった。黙っていればイケメン風だと思うが、業務内容によってコロコロ対応が変わる態度は許されない。阿部は宇佐美と共に引き続きUSBメモリを探すことにした。

「大変だと思うけど、各駅に電話してUSBメモリの届け出がないか聞くしかないみたいね。赤いキャップレスで、テプラでUSB Dと書いてあるやつ。大丈夫かな?」

「浅草線の駅が多いので、同僚に手伝ってもらいながら探し出します! 本当にごめんなさい!」

 周囲の人が驚くぐらい元気よく言い切った宇佐美は、四人がかりで各駅に問い合わせた。


「青砥駅で該当するUSBメモリが落とし物で出ているそうです!」

 真っ先に青砥駅へ問い合わせた宇佐美が声を荒げて報告した。周囲は阿部も含め、浅草線の各駅と京成と都営押上に電話をかけて収穫がなかったところだ。一安心したと同時に、阿部は宇佐美へUSBメモリを今すぐ引き取るように指示した。

 「私が落とさなければこんなことにならなかったのに……もしやバッグからスマホ取り出す際に落としたとか?」

 「考えるのは後にして、まずはラッシュだから今度こそ落とさずに持って帰ること、いいね。始末書についてはマネージャーに聞くから」

 元気よく、はいと答えてから宇佐美は出かける準備をした。バレーボールで培った元気さは元に戻ったようだ。

 「また帰社するから、トートバッグはいいか」

 宇佐美は、広げていた荷物を戻して勢いよくエレベータホールへ向かった。


 それから二十分後。

 「無事にUSBメモリを引き取りました! これから帰社します!」

 個別に届いたチャット画面を自席で確認した阿部は、一安心した。気を付けて帰るよう返信すると、事情を知っていた町田が声をかけてきた。

 「新卒がUSB紛失とはやらかしたな。それにしても林はなんて奴だ、バッグに手を突っ込むわ、先に帰って――阿部、どうした?」

 白い陶器のような肌が、真っ赤になっていた。チャットには「ところで阿部さん、社内報にでていた人とは恋仲なんですか?」と表示されている。社内報に出ていた人、とは情報システム部の松原大吾まつばらだいごのことを指す。どうやら宇佐美は彼氏だと勘違いされていたようだ。

「あーあ、松原が有給じゃなかったらおちょくっているな」

「町田さん、そんなやましいことはありませんから! 決して!」

「おうおう、それは恋ともいうんだぜ?」

「町田君、からかうのはよしなさい。阿部さん、一応、宇佐美さんには始末書をお願いね。USBは見つかったとはいえ、流出してないとは限らないから」

 声の主を探すと、横にマネージャーの小田原が立っていた。

「今度、面倒だけど備品に紛失防止タグをつけようかしら……」

 その後、三人で宇佐美の帰社を待つことにした。



ーーーーーーーーー

 

 ありそうでなさそうなトラブルを小ネタにドタバタ劇を書いてみました。阿部と松原、いい関係と思われている模様。

 それはさておき、わけあって時刻表も出してみました。『点と線』、十津川刑事シリーズではお馴染みかな。浅草線は、羽田と成田から都内に結ぶ地下鉄、といえば分かるかもしれません。都営で1番古い路線ですが、京成と京急に繋がれていて結構混んでいます。

 浅草橋駅の隣にある蔵前くらまえ(駒形こまがた)はメガトイズやハピネットを含めたバンダイグループと、野球盤やシルバニアファミリーで有名なエポック社、ジグソーパズルで有名なやのまんなどが軒を連ねています。蔵前にしなかったのはバンダイ系のアニメで出ること、個人的な理由の他に浅草橋はJR総武・中央線各駅停車(三鷹みたか-千葉ちば)もあって幅が広がるかなと思ったからです。


 あと、駅名では青砥ですが地名は葛飾区かつしかく青戸です。謎だったので調べてみたら、鎌倉時代に活躍した青砥藤綱あおとふじつなに館が青戸にあったという言い伝えが由来で、青戸が古くからある正しい地名のようです。隣駅の立石たていしにはタカラトミーの本社がある(前身のタカラもトミーも葛飾に縁が。ちなみにモンチッチで有名なセキグチも葛飾区新小岩しんこいわ周辺にあります)ことも踏まえると、浅草線と京成押上線沿いはおもちゃとは切っても切れない関係があるのです。


 ところで、浅草橋はセガトイズがあったのですが、2024年4月からセガフェイブに商号変更して大崎(セガサミーグループ本社)に移転したんですね。知らなかった。


 参考文献

 “第8節 青戸(こども葛飾区史 第3章 地域の歴史)”.葛飾区総務課総務課.https://www.city.katsushika.lg.jp/history/child/3-8-159.html

 “社史・商品史”.株式会社タカラトミー.https://www.takaratomy.co.jp/company/history.html

 “会社概要”.株式会社セガフェイブ.https://www.segafave.co.jp/company/outline

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