第28話 失った感情を取り戻した女

 美怜は賢一に連れられ一緒に施設内にある医療室に向かっていたのだ。部屋の前には彰が彼等の帰りを待っていた。


「美怜! 無事でよかった……どうだった?」


 彼女は無表情でいたが、彰が話し掛けると彼女の目に微かな感情が灯ったのである。そして彼女は感情の籠もっていない言葉で答えたのだ。


「……大丈夫」


 その言葉に彰はホッと胸を撫で下ろすが彼女の懸念を賢一に向かって言ったのである。


「昨日から、こんな調子だけど……」

「女の人格と子供の人格を統合してから暫くして、こんな風になってしまったんだ……」

「こんな状態で明日はアメリカの人間兵器と戦うんだろう……大丈夫なのか?」


 彰が彼女を気遣うと、賢一も気難しい顔をして言ったのである。


「分からん……だが、何としても明日の試合に勝たなければならんのだ」


 彼は苦々しい顔をしながら言うと、彰も同意して言ったのである。

 昨日、美怜は統合されていない女の人格と子供の人格を融合する為に賢一は能力を使って精神世界で2つの人格を美怜の人格と同調させたのだ。

 しかし、その結果として現在の美怜の人格は感情を失ってしまったのである。賢一は彼女の人格が統合されている時は特に問題は無かったので安心していたのだが、結果として思わぬ方向に進んでしまったのであった。

 彰は溜め息を漏らすと、美怜に対して同情した目で彼女を見つめて言ったのである。


(……こんな状態で明日の試合に出なければならないのか……)


 そんな事を考えていると賢一が真剣な顔で話し掛けてきたのだ。


「彰……もし明日、彼女が負ければ俺達は政府と組織から消されてしまうかもな……」

「え? そんな……」


 彰は言葉を失い、賢一は苦々しい顔をしながら言ったのである。


「……俺は彼女の人格を統合して維持管理してきた責任がある。そして、お前もこの計画を深く知り過ぎてしまっている……」


 そして、彼は真剣な眼差しで彰を見ると彼に頼み事をしたのだった。


「お前と彼女はお互い好意を持っていただろう……何とかしてお前の力で彼女の感情を呼び戻す事は出来ないか?」

「無茶な事を言うな! 彼女の感情を呼び戻すなんて……」


 彰は無理だと言おうとしたが、賢一は更に詰め寄って言ったのである。


「頼む! お前なら出来るかもしれないんだ……だから、何とかして彼女の感情を取り戻してくれ」


 彼は必死に頼み込むと、彰は困惑した顔で答えたのであった。


「……努力してみるけど、あまり期待しないでくれ」

「ああ……分かってる」


 そう言って彰は美怜を連れて部屋に向かうのを見届けると賢一は溜め息を漏らして言ったのである。


「簡単にはいかないだろうが何とかして彼女を回復してくれ……」


 彼は難しい顔をして頭を悩ませるが、こうする以外に名案など思い付かなかったのであった。




 美怜と彰が部屋に向かう中、小木沼と大野は会議室で明日の事を話し合っていたのである。


「明日、彼女が勝てばアメリカは我が国の人間兵器の技術に油断できなくなるでしょう……その為には彼女に勝ってもらわなくては」


 小木沼は冷笑を浮かべて語ると彼も安心させるように言ったのだ。


「大丈夫ですよ……今はあんな状態だが彼女が勝ちます……その為に、あの男を雇っているのですから」

「そうだと良いですがね……こんな状態だと心配になりますな……」


 小木沼は不安そうな声で答えると、彼は非情な顔をして言ったのである。


「ご心配をお掛けしてすみません……ですが、もし負けるような事があれば、あの兄弟は始末します……」

「負ければ日本政府の面目上、あの2人が責任を負う事になるのは仕方ないでしょうな……」


 そう言って小木沼と大野は今後の事を話し合うのであった。




 彰が部屋に入ると美怜も続いて入りベッドに座ると彼は彼女を抱き締めて言ったのである。


「どうしてこうなったんだ……」


 彼の言葉にも彼女は反応せず無表情のまま抱かれていたのだった。


「お願いだ……戻ってきてくれ」


 そして、彼は祈るような気持ちで美怜を強く抱き締めると彼女の目から一筋の涙が零れ落ちたのだ。それを見た彰は驚きながらも彼女に話し掛けたのだった。


「美怜……僕が分かるか?」


 しかし、彼女の顔をよく見ると相変わらず無表情のままだったが涙を流していた。


「これは……彼女の奥底に隠れている感情なのか?」


 彼はそう呟くと、彼女の目から流れる涙を手で拭ったのである。すると、彼女は目を大きく見開いて彼を見詰めながら言ったのだ。


「……彰……」


 その声は小さく感情がこもっていなかったが、彰は感じ取っていたのだ。


(美怜の反応がある!)


 そう思うと更に彼女を抱き締めて耳元で囁いたのだ。


「大丈夫だ……僕は君を信じている」


 その言葉に彼女は再び涙を流したのだった。そして、彼は彼女の口に唇を近付けると彼女は目を瞑り静かに口付けを交わしたのだった。

 暫くして唇が離れると、彼は目を開け美怜の表情が少し動いた事に驚いて言ったのである。


「感情がある……これは? 美怜、僕が分かるかい?」


 彰は笑顔で尋ねると彼女はコクンと頷き返したのだ。

 そして、彼は彼女の頬を優しく触り喜びながら言ったのである。


「良かった……感情が少しづつ戻ってきている」


 未だ彼女は感情が乏しい表情であったが段々と心を取り戻しつつあった。

 安堵している彼を見て彼女も少し嬉しそうにしていると彼は彼女に抱きつき言ったのだ。


「美怜……お帰り!」


 その言葉に彼女は小さく頷くと、彰は嬉し涙を流して強く抱き締め彼女も彼を抱きしめたのだった。そして、2人は時間を忘れて抱き締め合っていたのだった……。

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殺戮配信~複数の殺人鬼の人格を身に宿す女 美怜~ nene2012 @nene2012

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