第四章 親愛な相棒


 コンピューター技術者としての仕事は、ソフトウェアとハードウェアの両面で構成されるシステムを、特殊なプログラミング言語で設計することだ。内容によっては、会社のパソコンでなくても、自宅のもので十分に対応できる。


 ネット小説のフォロワー数を増やすには、自分自身が他者の小説を一つでも多く読む必要がある。しかし、仕事を持つ立場ではそれは夢のまた夢である。では、どうすればよいのか。


 僕のIDで、自分以外の影となる存在が読めばよいのだ。このアイデアは、脳裏に飛び交うパラドックスの世界から光陰矢の如くひらめいた。


 ヨムカクの舞台裏で採用されているという噂の『アルゴリズム(注目作品や週間ランキングを決めるシステム)』を逆手に取り、ARS(全自動リーディングシステム)のソフトをプログラムし、僕のパソコンに組み入れることを思いついた。


 これなら、パソコンの電源さえ入っていれば、昼夜を問わず、全力で僕の身代わり(影武者)として働いてくれるのだ。


 その日、夜の帳が遥か彼方に下りているにもかかわらず、ソフトの制作に夢中になっていた。そして、都会の喧騒から解き放たれた静寂の中で、ついに完成した。


 すぐに「やったぜ!」と呟き、ほっと安堵のため息をついた。ヨムカクらんどサイトで再び日の当たらない作品のページを見つけると、自分の影となる存在に後を任せ、全自動でテストを開始した。


 彼に思い出の詰まった雪と旅人をモチーフに、「行人(ゆきと)」という謎めいた名前を授けた。行人はAIの力で、一分間に五百文字を読むことができる。しかし、これはあくまでテストだ。成功するためには慎重に進めなければならない。


 夜中に不用意にハートマークや評価ポイントの星を多く残せば、ヨムカクらんど事務局から怪しまれるかもしれない。突然襲ってくるBANのメールで追放の憂き目に遭うのは絶対に避けたかった。


「その辺のところ、よろしく!」と真剣な眼差しで彼に呼びかけた。すると、パソコン画面に「わかったから任せといてよ!」と暗黙の了解の返事が表示された。


 時おり彼はパソコン画面で僕に向けて笑みを浮かべながら走り回る。僕たちはもう人間とAIの関係ではなく、親友同士になっていた。不思議なものだ。もし行人が女性だったなら、きっとこよなく愛する対象になっていただろう。


 行人が真価を発揮するのは、僕が仕事で留守にしている日中だ。彼は壊れることも厭わずに一日十万字を読み、気に入った作品があればハートマークなどの足跡を残し、場合によっては評価ポイントに三ツ星を付け、レビューコメントまで書き上げてくれるだろう。まさに僕の分身、影武者の相棒と呼んでも間違いない。


 僕が先日ヨムカクコンに投稿した『蒼穹の彼方に』の作品。その作品にどれだけの反応が増えるのかと期待すると、夜が明けるのがひたすら楽しみになった。


 生意気な言い方はしたくないが、現代から異世界ファンタジーへの挑戦を図る孤高の作家としての忸怩たる思いがそこはかとなく感じられた。


 仕事へと出かける前に愛用のパソコンを立ち上げ、「行人、あとはよろしくね!」と優しく声をかけ、しばらく読書作業を行人ひとりに任せる日々が続いた。


 早く成果を見たい気持ちを抑え、コンテスト投稿期間が終わる一か月間は我慢することに決めた。焦る気持ちを抑えながら、僕はコンピューター技術者としての仕事に専念していた。


 結果が判明するまで、僕には希望に満ち溢れるワクワクするような日々が続くはずだった。しかし、何の因果か心の中に冷たい隙間風が吹き込むような感覚が少しずつ広がっていった。


 気づくと、仕事に没頭するあまり、忘れてはいけない大切なことを見失っていた。それは、自分の作品を書く喜びと、他の作家の小説を読む楽しさだった。これまで、僕は少なくとも自分の作風に似ている小説を読んでいたことを忘れていたのだ。

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