第4話 序章4

息子の様子は、明らかに自殺を図る以前とは別物であった。

母親も、その事は分かっていた。

ただ、そんな事より。

今は━━━“命”だ。

自殺を企図する理由など、目覚めてからの様子の違和感など、全て医者に“命に別状なし”のお墨付きを貰ってから問詰めれば良い。

母親は、廊下を歩いていた中年の女性看護師を呼び止め、息子のいる病室へと半ば強引に案内した。

「ここです!息子が目覚めたんです!」

案外看護師はすぐ捕まったので、息子から目を離した時間は、何分と経過してはいない。

母親は、ドアを開ける。

室内にいる息子は上体を起こして、バタバタと入室してきた母親に目を遣る。

その目付きは、目覚めた時と、また違っていた。

「………お母さん?」

少年が纏っていた違和感のある雰囲気は、何故か綺麗さっぱり消えていたのだ。

「え?」

母親は一瞬戸惑うも、やはり安堵が勝る。

━━━━良かった、いつもの才賀だ。

脳へのダメージが如何程なのか、現時点では分からないが、何はともあれ、この子は、私を認識している。

その事実に、安堵せざるを得なかった。

じゃあさっきの才賀は……なんだったのだろう。

まるで、━━━。

「ここは……?病院……」

そっか、と、少年は一人で納得するように呟いた。

死ねなかったのか。

そんな言葉が続く事など、母親には想像に難くなかった。

再びどっと感情が溢れかえる。

胸が痛い。

死を決意するほど思い悩んでいた事に、何故気付けずにいた。

自分が腹立たしい。

「ごめんね、才賀……ほんとにごめん。アンタの辛さ、分かってあげられてなくて……」

母親は、その場に座り込み、自責するかのように、縋るかのように言った。

「お母さん……こっちこそ、ごめん」

少年は、そんな母親を目の前に、素直に謝った。

「心配かけて、ごめん」

謝罪なんかいらないよ。

私は、アンタに生きていてほしいだけなの。

生きてさえいてくれれば、私が命を懸けて、アンタを幸せにするから。

「今主治医を呼んでますので、身体、診てもらいましょうね」

看護師が二人に対して優しく語りかける。

「異常がなければ、一日検査入院して、退院できると思いますよ」

「……はい、ありがとうございます」

少年は、そんな会話を尻目に、自身の首元を擦る。

━━━目覚める前の一瞬、変な夢を見ていた気がする。

勝手に動く自分の身体を、遠くから眺めるような夢。

何かが、自分の身体を乗っ取るような夢。

だけど不思議と、悪い気分ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 11:00 予定は変更される可能性があります

現代侍~ Brave's Blade~ 兎彗星 @loving_rabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ