第3話 序章3

天城才賀(てんじょうさいが)が目覚めたのは、殺風景な一室だった。

充満する薬品の匂いと、名前も分からない機器、その中にぽつんとある、白いベッド。

少年は、そのベッドの上にいた。

「…才賀?」

どうやら付きっきりでいたらしかった母親が、開いた瞳にいち早く反応する。

「才賀!」

少年が起きる間もなく、母親は我が子を抱きしめた。

「良かった……良かった……っ!」

少年の首に腕を回し、頬を寄せ、涙ぐんだ声で、否、もはや大粒の涙を流して感情を吐露していた。

「ぐす……まず看護師さんを呼ばなきゃね……!どう?どこか痛む?話せる?てか私の事わかる?」

母親はすぐさま冷静さを取り戻し、息子から離れ、ナースコールボタンを押下する。

……いや、起き抜けの自殺志願者を質問攻めするあたり、まだ若干冷静にはなりきれていないのかもしれない。

少年はその質問攻めには答えず、周囲を無言で一瞥する。

見覚えのない場所だった。

無機質な白い壁、白いカーテン、大きな窓。

そして、嗅ぎなれない匂い。

この時、才賀には、それらのキーワードから此処が何処なのかという答えに辿り着くことは、不可能であった。

何故なら、“病院”というものが、分からないから。

“病室”という部屋を、知らないから。

そして、目の前で狼狽している女性の事も、分からないでいた。

記憶喪失、と言うよりは。

記憶相違、と言うべきか。

「………」

天城才賀の姿をした少年は、暫しの沈黙の後、

「母君か?」

と、天城才賀の母親に向かって、そう訊いた。

「ぷっ……あはは、何その呼び方、アンタ、笑わせないでよ。はーい、母君ですよー」

母親は、苦笑いにも似た表情を浮かべて、こんな状況で茶化す息子を窘める。

「……やはりそうか」

少年は、窓の方へ顔を背け、ボソッと、誰にも聞こえない声でそう呟いた。

「てことは、俺ァ誰かの体を借りて生き返ったって事なのか?」

「ん?なんか言った?」

「……ゴホッ……ゴホッ」

少年は母親からの問いかけに故意に咳をする。

何かを悟られないように。

「あっ……そうね、まだ安静にしてなきゃ駄目よ、アンタ、生死を彷徨ってたんだから。それにしても看護師さん遅いわね。ちょっと呼びに行ってくるから待っててね」

その場を離れる母親。

天城才賀の姿をした少年は、自身の首元を擦り、

「お前……自害したのかよ……」

そう呟いた。

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