第12話 二人が歩むその先
放課後の教室を出ると、まだ蝉の声がかすかに残る校庭が夕日に染まっていた。夏の終わりが近いとはいえ、空気の中にはどこか秋めいた涼しさが漂っている。私と彼は自然に並んで歩きながら、昇降口へ向かった。私は、夏の終わりを感じながら、少しだけ寂しい気持ちになっていた。
「なんだか、あっという間だったね。夏休みが終わってからも……」
私がそう呟くと、彼は「うん。濃い時間だった気がする」と小さく笑う。あの離れの夜から始まった私たちの新学期は、まるで日常と非日常が混ざり合ったように、ドキドキの連続だった。クラスメイトたちが「二人、いつからそうなの?」なんて気軽に聞いてきたり、時にはからかったりもするけれど、私たちはそれさえもどこか心地よく感じていた。私は、彼との時間が、濃密だったと感じていた。
昇降口を抜けると、涼しい風が一瞬校庭から吹き抜ける。夏の名残りの虫たちが鳴く声に混じって、秋の始まりを告げるかのような夕焼けが広がっているのが見えた。彼が何気なく視線を上げて、「そろそろ秋だな」と呟く。彼の声が、いつもより少しだけ優しく聞こえた。
「もう蝉の声も少なくなってきたね、文化祭……楽しみだな、一緒に回ったりもできるし」
私が弾んだ声で言うと、彼はやや照れたように目をそらしてから、ふっと笑みをこぼす。彼の笑顔が、私を安心させた。
「……俺も。今までこういう行事、ちょっとめんどくさいなって思ってたんだけど、今年は全然違うかも。一緒なら、どんなこともなんか楽しくなりそうで」
その言葉を聞くだけで、胸がじんわりと熱くなる。あの離れの夜、私たちは高校生にしては大きすぎる一線を越えた。けれど、後悔はなく、むしろ二人の世界が深く繋がった気がしている。ほんの少しだけ、背筋が伸びたように感じるのは、きっと彼と分かち合う未来を思い描いているからだ。
「ね、ちょっとこっち寄り道していかない?」
ふと私が思いつきで校舎の裏手へ向かうと、そこにはもう誰もいない空き地のようなスペースが広がっていた。夏休み前には雑草が生い茂っていた場所だけど、誰かがきれいに刈り取ってくれたのか、すっきりとして夕焼けがよく見える。私は、彼と二人きりで、夕焼けを見たかった。
「うわ、きれい。……なんか、こうやって見ると夏の終わりって寂しいけど、やっぱりちょっとわくわくもするね」
私が夕焼けに目を細めながら言うと、彼は隣に立って空を仰ぐ。オレンジ色の光が彼の横顔を照らし、夏からの思い出がざわざわと胸に蘇る。紫陽花を見たときの新鮮なときめき、花火の夜の特別感、旅館の離れでの熱くて甘い瞬間……。私は、夏の思い出を、一つ一つ思い返していた。
すべての出来事が、この一瞬に凝縮されているような気がした。
私たちは自然と視線を重ねる。秋の風が少し冷たく感じるのに、心はあの夜のように熱い。彼がそっと手を伸ばしてきて、私もそれに応えるように指を絡める。校舎の裏手で、ほんの少しだけ“二人だけの世界”に浸る。彼の温もりが、私の手を温かく包んだ。
「……これから、いろんなことがあるだろうけど、きっと一緒なら大丈夫だよね」
彼が小さく呟いたその言葉に、私は深くうなずいた。恋愛、勉強、部活、友人関係――高校生活はまだまだ波乱があるかもしれないけど、私と彼はすでに特別な繋がりを得ている。あの離れの夜が象徴しているように、私たちはお互いを大切に思う気持ちで強く結ばれているのだ。
「うん、一緒に乗り越えていこう。……いつでも側にいてね?」
そう口にしながら、頬が熱くなるのを感じる。彼も「もちろん」と笑い返してくれる。その笑顔は、初めて隣の席で言葉を交わしたときとは比べものにならないくらい柔らかくて、私の心を安心で満たしてくれる。彼の笑顔が、私を安心させた。
駅へ向かう道すがら、私たちは小さく会話を続けた。クラスのことやこれからの行事、たわいないテストの話。それぞれ何気ない話題なのに、一緒に語り合うだけで楽しくて仕方がない。彼と話していると、時間が経つのがあっという間に感じた。
改札の前で「また明日ね」と言い合い、小さく手を振って別れようとする瞬間、私は思わず足を止めた。そして、誰もいないタイミングを見計らって、ちょっとだけ彼の袖を引っ張る。
「え、なに?」
彼が振り向くと、私は小さく笑って、そっと「バイバイ」の代わりに唇を重ねようと――さすがに学校帰りだし、思わず途中で恥ずかしくなってやめかけるけど、彼がやさしく受け止めてくれて、ほんの一瞬だけのキスが重なった。
「……また明日」
私は恥ずかしさに耐えきれず、先に踵を返して歩き出す。だけど、背中がすごく熱くなるくらいドキドキしていて、自然と笑みがこぼれてしまう。
わたしたちは、まだ高校二年生で、この先なにが待っているか分からない。でも、あの離れの夜を境に私たちは確かな繋がりを育んでいる――そう信じられるから、どんな景色も彼と一緒なら特別なものになっていくはず。夕焼け空を見上げながら、彼との新しい季節を迎える期待に私は胸をふくらませた。
高2の夏、君と超えた一線 せな @atkt
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