第11話 ほどけない距離

新学期が始まって数日後、私と彼はようやく「付き合っている」とお互い認め合える関係になった。夏休みの旅館での出来事を経て、私たちはもう人に隠すつもりもないし、かといって積極的に言いふらす気もなかった。ほんのり「秘密を共有している二人」から、少しずつ公式カップルに近づいている感覚――その変化が、私には甘くて気恥ずかしかった。私は、彼との関係が少しずつ変わっていくことを感じていた。


「ねぇ、なんかあの二人、雰囲気変わったよね?」


「え、やっぱりそう思う? いつの間にあんなに仲良くなったんだろう」


クラスメイトたちのそんなヒソヒソ声が、休み時間に聞こえてくる。特に隠しているわけでもないけれど、わざわざ公言しなくても、私たちの距離感は明らかに以前と違う。彼が小声で「おい、聞こえてるんだけど」と苦笑いするのを見て、私は急に顔が熱くなった。彼の言葉が、私を少しだけドキドキさせた。


昼休み、私が「一緒に食べる?」と誘うと、彼はふわりと笑って「うん」と頷いてくれた。教室の端っこの机をくっつけて、ささやかなランチタイムを過ごす。ほかの友人も何人か誘ってみようかと思ったけれど、心の奥で「二人きりがいいな」と思ってしまう自分がいる。私は、彼と二人きりで過ごす時間が、好きだった。


彼が箸でおかずをつまみながら、「これ、うまそうだね」と私の弁当に視線をやるたび、どうしようもなく胸が弾む。彼の視線が、私をドキドキさせた。


それでもまだ、手を繋いで登下校をするほど大胆ではない。あの旅館の夜を思えば、私たちはすでに誰よりも深く繋がっているはずなのに、学校では妙に照れが勝ってしまう。それが不思議で、少し可笑しくもある。私は、まだ少しだけ恥ずかしかった。


ある日の放課後、私は「一緒に帰ろうよ」と声をかけてみた。彼は自然に「うん」と応じてくれたので、昇降口を抜けて校門へ向かう。途中でクラスメイトに見つかり、「え、二人一緒に帰るの?」とからかわれるけれど、私たちは照れ隠しに笑ってごまかすしかない。でも、心の中は嬉しさがじんわり広がっていた。私は、彼と一緒に帰れることが、嬉しかった。


「なんかもう、みんなにバレバレだよね」


校門を出たところで、私がぼそっと言うと、彼も肩をすくめて小さく笑う。


「うん、まあ……そりゃ、そうかも。でも、わざわざ否定するほどでもないし」


そう言いながら、彼の腕が一瞬だけ私の肩に触れる。私はその一瞬で、夏の夜の記憶が一気に甦るのを感じて、思わず頰が熱くなった。彼も同じことを思い出したのか、かすかに視線をそらして笑う。彼の触れ方が、私をドキドキさせた。


駅へ向かう道すがら、何気なくふたりの肩がぶつかる。そのたびに私は、離れの夜に肩を寄せ合った記憶を思い出して、胸が高鳴るのを止められない。彼も似たように感じているのか、時々チラリとこちらを見ては優しい笑みを浮かべてくれる。彼の笑顔が、私を安心させた。


「そういえば、もうすぐ文化祭だよね。いろいろ準備、大変だけど一緒にがんばろうか」


彼がなにげなく言ったその言葉に、私は「うん」とうなずいて笑みを返す。クラス行事に一緒に取り組む姿が頭に浮かんで、学校生活がさらに楽しくなる予感で胸が躍った。少し涼しくなった風が髪を揺らし、夏から秋へ季節が変わり始めているのを感じる。私は、彼と一緒に過ごす学校生活が、楽しみだった。


私たちの距離は、もうほどけない。旅館の夜、初めて一線を越えたあの感覚は、今でもはっきりと胸に焼きついている。お互いをただ「好きだ」という言葉だけじゃ足りない想いで繋がっている――それが形となって表に出てきただけ。でも、それを周りの人たちは自然に受け入れ始めてくれているようだ。私は、彼との繋がりが、より強くなっていることを感じた。


「じゃあ、また明日ね」


駅の改札前でそう言い合う声さえ、少し弾んでいるように感じる。私たちは人目を気にしてすぐ手を離すけれど、心はしっかり繋がっているのを知っているから大丈夫。彼と別れるのが、少しだけ名残惜しかった。


このまま、あの夏の秘密を胸に抱えつつ、新学期を私と彼は一緒に駆け抜けていく――そう思うと、未来がキラキラと光を放つような気がした。

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