インフレ被害の転生賢者~石化した最強賢者が3000年後に目覚めたら、魔法技術がインフレしすぎてて最弱になりました。見せてあげよう、失われし古代のネタ魔術たちを~

にんじん漢

第1話 石化する賢者

 「なんだよ、もう!しつこいな」


 俺はしつこく追跡してくる白龍に悪態をつきながら、飛行を中止して急降下して荒れ地へと降り立った。


 白龍も俺を追って地上に着陸しようとする。


 俺はその直前に奴の足元に氷の上級魔法を発動した。白竜は足を滑らせて転倒し、驚いた様子で声をあげる。


 『ギャアッっ!?』


 「悪いなぁ!お前と戦ってる暇はないんでな」


 俺はこの隙に中級火魔法で煙幕を張って逃げようとしたが、白竜の奴は俺を逃がすまいと口から火炎球を吐いてきた。


 「あっぶ!」


 俺は上級土魔法で足元の大地を変形させて、飛んでくる火炎球を防いだ。さらに土壁をしならせることで、火炎球を白竜の元へはじき返すことにも成功する。


 『ギャッ!?』


 火炎球は白竜の顔に直撃して爆発し、黒煙を上げた。


 「ふー危ないところだった。やっぱりこの辺りを一人で調査するのは無謀だったかな。でも人手が足りないし仕方ないか」


 ドンドンと背後に何か大きなものが二つ落ちた音がした。振り返ると槍を持った巨大な鳥人間のような石像と、髪が無数の蛇で構成され下半身まで巨大蛇な生物がいた。


 「なんでこんなところにガーゴイルとメデューサが!」


 どちらも2階建ての家屋ほどの大きさの化け物だ。


 この荒れ地のもっと奥にいるはずの2体がなぜこんなところに急に現れたんだ。いや、今はそんなことを考えていないで、こいつらの対処をしないと。


 俺はとっさにメデューサから目を逸らした。奴と目が合うと石にされてしまうからだ。


 俺が声を上げると同時に2体は襲い掛かってきた。


 普通の人間なら即死であるだろうが、俺であれば問題なく対処できるはずだ。日本からの転生者であり、神童と呼ばれる魔法の天才のこの俺なら。


 才能ある俺は基本四属性魔法、つまり火水風土の魔法を最大レベルの上級まで扱うことができる。この才能は元の世界ではなく、こちらの世界における俺の父の遺伝のようだ。


 日本では16歳にして病気で死ぬという無念な最期だったが、この世界に転生してからはこの魔術の才能で楽しく過ごせている。


 まずは上級土魔法を複数使ってガーゴイルに追い込む。奴の足元を泥のように変化させつつ、上から岩石を振らせて沈ませるのだ。体が半分ほど浸かってからガーゴイルは逃げようとしたがもう遅い。俺は泥のように変化させた土を元に戻すことでガーゴイルを拘束することに成功した。


 そして上級火魔法の爆発で奴の自慢の石翼を吹き飛ばす。


 俺がガーゴイルにかまけている間にメデューサは俺の後ろから回り込んで噛みつこうとしてきていた。


 「そんな怖い顔してちゃ、せっかくの美人が台無しですよ」


 俺は中級風魔法による飛行でその攻撃を避ける。


 俺はそのまま上級魔法で風の刃と土の刃を作り、メデューサに向けて飛ばした。


 だが無傷。メデューサは再び接近し、1メートルはある髪の蛇で俺に襲い掛かってきた。


 「流石に手ごわい…もしやあれなら!ほら、おめかししましょうねぇ!!」


 俺は魔法の効きが悪いと判断し、とっさに”髪を切りそろえる魔術”でメデューサの頭に生えた無数の蛇を切り落とすことに成功した。散髪が面倒だからと編み出したネタ魔術だったが、メデューサに特攻だったようだ。


 メデューサは苦しみながら立ち去っていった。


 「ふー。まさかネタ魔術が戦闘で使えるとはな。これは何回か使ってずっと放置してるネタ魔術たちがようやく日の目を浴びるかぁ?」


 俺は背後からこっそり俺を狙っている白龍に軽自動車サイズの上級の火炎球をお見舞いした。


 『ギャア!』


 跳ね返された自分の攻撃に続き、俺の火炎まで喰らってしまった白竜。さらに上級の火炎魔法で奴の体を覆う。丈夫な鱗のおかげでどの攻撃もそれほどダメージはなっていないだろうが、子供白竜ということもありパニックになってしまった。もう戦闘不能だろう。


 俺はやはりネタ魔術は戦闘ではいらないと結論付けた。火力こそが正義なのだ。


 魔術とは俺の父が編み出した魔法とは違う概念だ。魔法は詠唱(なくてもいけるが)によってこの世の理に干渉して発動するものであり、誰もが魔力と詠唱があれば再現できる自然現象のようなものだ。温まった空気が上昇するように、詠唱をすればそれに応じた効果が発動する。


 一方魔術は、個人が編み出す技術だ。習得が難しい上に誰でも再現できるものでもないが、魔法と違って細かな設定ができる。さきほどの”髪を切り整える魔術”のように。


 基本的に戦闘では使えないと思っていた魔術だが、俺は今日の戦闘でこれに可能性を見出し…


 「うん、やっぱネタ魔術は戦闘ではいらないな。火力こそが力だ。メデューサに効いたのはたまたまだし」


 魔術は趣味としてわりきり、戦闘では火力の出る魔法のみを使おう。遊びじゃないんだからさ。


 そしてそろそろ家に帰ろうと思い至る。


 「今日の調査はこれくらいでいいか…あれ、ガーゴイルは?」


 ここで気づいた。下半身を埋められて戦闘不能になったガーゴイルが姿を消している。辺りを見回すと、ガーゴイルが上半身だけで地面を這って動いていることに気づいた。下半身は捨てたのか。てかそんなことができたのか。


 「何をしてるんだあいつは…」


 俺がそう疑問に思った次の瞬間、ガーゴイルは不自由な体を激しく振動させた。砕けた腰の辺りからこちらに破片が飛んでくる。


 自分も痛いだろうにこんな悪しょうもないあがきを…いや、これはしょうもない悪あがきなどではない。


 飛んできたガーゴイルの無数の破片の中に、全長1メートルほどの蛇が混ざっていた。先ほど俺が切ったメデューサの髪だ。


 「なにっ!」


 ガーゴイルは一矢報いようと、この蛇を俺に飛ばす腹つもりだったのだ。メデューサ本体と目を合わせるだけでなく、髪の蛇に噛まれても石化すると言われている。飛んでくる無数の蛇一匹一匹が必殺となりえるのだ。


 だが俺は風魔法で空気の流れを作り、蛇に触れずに攻撃を丁寧に受け流していく。神獣風情がこの賢者様に勝てると思っているのだろうか。


 勝ちを確信したとき、周囲の大地が音を立てて震え始めた。そして周囲から土の壁がせり上がり、俺たちを囲う巨大なドームになった。


 「なんだこれは…上級の土魔法か?こんなの見たことがないが」


 ガーゴイルやメデューサがこんな魔法を使うというのは聞いたことがない。


 「まあこんなドーム、なんてことはないかな」


 ドームを砕いて脱出しようと思い歩き出した次の瞬間、ドームの表面が少し揺らめいた。そして次の瞬間には、先ほどまで土だった壁全体が鏡のように変化している。


 土魔法にこのような種類のはない。となると魔術か。しかし一体誰が…


 その多面体のドーム状の鏡を見ていると、そこに赤い目が映し出された。そして俺の体が徐々に石化していく。


 「しまった!」


 ドームの中にはまだ先ほどのメデューサがいたのだ。そしてそのメデューサがドーム状の鏡越しに俺と目を合わせて、俺を石化してきた。


 すでに上半身は固まってしまった。ここから頭や下半身も石化していくだろう。今の俺にこの石化を解除する術はない。


 周囲を見渡すと、遠くにこちらを見てニヤニヤしているメデューサを見つけた。勝ち誇って油断してやがるな。


 俺は一矢報いてやろうと、まだ動く下半身で跳躍をしてメデューサの元まで急接近した。足元に魔法で風の塊を作り、それを暴発させた勢いで飛んだのだ。

 そしてすでに石になった右腕をメデューサの目にぶっ刺した。


 『アアアアアアア!!』


 メデューサが苦しみ声をあげる。


 「油断したな!ざまあ見やがれ!」


 メデューサはドームを突き破り今度こそ撤退した。石化をした以上もう無理に付き合う必要がないと判断したのだろう。


 もう下半身も動かなくなってきた。このまま俺は石にされてそのうち砕けて死ぬのだろう。


 「一応最後に試してみるか」


 俺は最後に自分に結界魔法をかける。これで破壊を免れれば、もしかしたらそのうち復活できるかもしれない。


 そして俺は完全な石像になった。

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