不死者の洞窟 後編

「ここが……不死者の洞窟」


 見るからに不気味な雰囲気を醸し出す洞窟の入り口に、リリンは息を飲んでるみたいだ。

 対する俺は緊張はしていない。

 ……してはいないが。


「っ!」

「? 大丈夫? ふらついているみたいだけど?」

「ああ、ちょっと眩暈がしただけだよ。君みたいに可愛い子に心配して貰えたから、もう大丈夫」

「かわ!? ふ、ふん! どうせ誰にでも言ってるんでしょ! 騙されないんだから!」

「誰にでもは言ってないよ、本当にそうだと思った子にだけ」

「ああもう! さっさと行くわよ!」


 怒りながら進もうとするリリンだったけど、何故かその脚が止まる。


「そうだ。聖水をもっとかけておかなきゃ」

「それは止めておいた方がいい」

「? どうしてよ。アンデットが相手なら必需品じゃない?」

「……ここのアンデットに聖水は効かない。むしろ普段と違う気配を感じて近づいてくる」

「そうなの? そんな話、聞いた事なかったけど」


 それは当然だろう。

 何故ならさっきの話は大嘘なのだから。

 理由があっての嘘だけど、それでも騙すのは気が引ける。


「じゃあどうするのよ。ここに集まっているアンデットを全部倒すわけ?」

「対策ならもうしてる。だけど一人分しか用意できなかったから、もっと近づいて」

「はぁ!? ……まさかと思うけど、それが目的だったりしないわよね?」

「失礼な。見てくれこの眼を」

「……まあいいわ。さっさと済ませましょう」


 そう言いながら俺に引っ付く形で先に急ぐリリン。

 柔らかい感触を体に受けるのは役得と普段なら思うだろうが、俺の気は重い。


 ―この先、何度この子に嘘を言わなければならないのだろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……本当にアンデットたちが素通りしていくわね」


 俺に引っ付きながら、リリンは感嘆する。

 それもそうだろう。

 先ほどからアンデットモンスターと何度もすれ違っているが、一度も戦闘になるどころか素通りされるのだから。

 アンデットたちを近づけないとされる聖水でも、こうは行かないだろう。


「ねぇ。これどんな手を使っているの?」

「ん? ん~、企業秘密って事で」

「ケチ」


 そんな事を話しながら進んでいき、恐らく洞窟の中腹ほどに差し掛かっただろう。

 都合よく休憩に仕えそうな場所があったので、念のため休んでいく事にする。


「もう! 早く先に進みたいのに!」


 と言いながらも、緊張の中で歩いて来た疲れはあるようで石に腰かける。


「……」

「……ねぇ」


 お互い無言で休憩していたけれど、そんな空気に耐えかねたのかリリンが話しかけてきた。


「アンタ、家族っている?」

「いないよ。記憶にもない」


 正確には前世には家族がいた訳だが、それを言っても信じてはもらえないだろう。


「そっか。私も似たようなもんかな。お姉ちゃんが唯一の家族」

「……辛いな」

「……我が儘に付き合ってくれてありがとう」

「可愛い子の我が儘なら何でも言う事を聞くさ」

「ふふ。それは良い事を聞いたわね」


 リリンは立ち上がると、座っている俺に対して手を差し伸べる。


「じゃあさ、これが終わったら何か奢らせてよ。大それた物は無理だけど」

「ああ、それは楽しみだな」


 手を取って立ち上がると、俺らは再び奥へと突き進む。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まだ見つからないのか?」

「ええ。もう少し奥に行ってみましょう」

「とは言ってもだいぶ奥に来たぞ。見落としたんじゃ?」

「実のお姉ちゃんを見逃すわけないでしょ。やっぱり奥よ」


 そんな会話がされてからさらに数分。

 俺たちの目の前にそびえ立つ巨大な扉があった。


「どういう事、この洞窟って自然物なんじゃ」

「……どうやら何者かの手が加えられているみたいだな。これも魔法によって封鎖されている」


 魔法は専門外ではあるが、これまで重ねてきた経験からそう導き出す。

 しかし、そうなると。


「ここにいるアンデットたちも、その何者かが召喚したのかもな」

「……開けれる?」

「この程度なら」

「じゃあやって。いまさら、後には引けないわ」


 声に覚悟を感じる。

 中にいるのが何者であろうと、彼女は戦う意思を曲げないだろう。

 それなら。


「分かった」


 答えてあげるのが、依頼を受けた者の心意気。

 長年の得物であるロングソードを引き抜く。

 薄暗い洞窟の中で、磨き抜かれたロングソードは輝きを放っていた。

 それを両手で構え、一気に振り降ろす。

 パリンとガラスが割れたような音がすると同時に、扉が重々しく開かれる。


「何、これ」


 リリンが呆けるのも無理はない。

 そこには冒険者らしい女性たちが、縄に巻かれた状態で放置されていた。


「! お姉ちゃん!!」


 その中にはリリンの姉もいたようで、罠も気にせず急いで駆け寄っていく。

 だが揺すっても反応はなく、彼女は目をつぶったままである。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「落ち着け。まず脈を確認するんだ」

「う、うん」


 どうやら少しは落ち着いたようで、急いで脈を確認するリリン。

 そして安堵の表情を見せたので、どうやら生きてはいるのだろう。


「良かった」

「ああ。だが誰がこんな事を」

「知りたいかね、凡人諸君」

「「!!」」


 その声と同時に放たれた魔力弾を、ギリギリのところで切り払う。

 紫の霧となった魔力が晴れていくと、そこには人ならざる異形が入り口を塞いでいた。


「な、何よアイツ」


 その異形はミイラのようであったが、ロープを身に纏っており杖をこちらに向けていた。

 ……その姿から、想像できる奴の種族は。


「リッチか」

「その通りだよ凡人くん。私は魔力が高い者のみが許されるアンデット、リッチ」

「一々ムカつく奴ね! そんな事よりお姉ちゃんをどうするつもりよ!」

「ふむ。第三十一夫人の事かね」

「夫人? まさかと思うがここにいる全員」


 嫌な予感がして確かめると、リッチは嫌な笑みを浮かべ始める。


「ハハハ! そうだとも! ここに居るのは全員私の嫁だとも!」

「ふざけないで! お姉ちゃんがアンタなんかに!」

「これだから価値が分からない小娘は。選ばれた者である私に認められた時点で決定しているのだよ」

「……言う事聞かない奴は殺してアンデットにするくせにか?」

「!!」


 俺の言葉を聞いてリリンがリッチを睨みつけるが、奴は気分が悪くなる笑みを浮かべる。


「凡人には私の凄さが分からないからね。蘇生してあげる事で気づかさせてあげるんだよ」

「何よ、それ」


 リッチの言っている事が理解できないのか、震え始めるリリン。

 それを見てリッチは気をよくしたのか、さらに笑い始める。


「ハハハ! いいぞ! その目こそ私が求めるものだ! 恐れよ! 称えよ! 平伏せよ!」

「何言ってやがる。結局のところ魔力しか取り柄がないだけだろ?」

「……何?」

「アラン?」


 黙って情報を聞き出そうとしたけれど、もう無理だ。


「生前にアンタに何があったかは知りたくもないが、どうせそうやって人を見下していたんだろ?」

「なっ!」

「モテないのも女性のせいにして、結局アンタの言う事を聞くのは死んだ女だけだ」

「……決めたぞ。お前は一片も残さずこの世から消してやる!」


 叫びながらリッチは特大の魔力弾を作りだし、俺に向けて撃ち出してくる。

 後ろに女性がいるから避ける事はできないが、この程度の魔力弾なら切り伏せられる。

 次々にやって来る紫の魔力弾を、相棒であるロングソードで切り払う。

 魔力の霧が広い洞窟に充満していくが、攻撃は止む気配はない。


「私の魔力は無限だ! 何時までも防げると思うな!」

「チィ!」


 悔しいが奴の言う通りである。

 ここを動けば後ろの女性たちに当たってしまう。

 下手に動く訳にいかないので、どうしても防戦一方になってしまう。


「っ! アラン、頑張って!」


 状況を見かねたのか、リリンが力の限りの応援を叫ぶ。

 だが、それが悪手であった。


「うるさい!」


 イラついたリッチが、リリンに向けて攻撃した。

 大きくはないが、代わりに速度の速い魔力弾をである。

 どう頑張っても、剣では防ぐ事が出来ないだろう。

 ……だから俺は。


「……え?」


 体を使って防ぐしか方法が無かったのである。

 魔力弾の衝撃によって首が吹き飛び、胴体がドサッと音を立てて倒れる。


「あ、あらん?」

「ふん。ようやく死んだか」


 衝撃的な光景を前に呆然としてしまったのか、リリンは座り込んでしまう。


「ハハハ! 怖かろう! 恐ろしかろう! いま頭を下げるならお前も嫁に」

「……ふざけんな!」

「なっ!」

「アンタなんか一生誰にも愛される事無く腐っていけ! この童貞リッチ!」

「い、いいだろう。そんなに死にたいなら殺してやるとも!」


 特大の魔力弾がリリンに向かっていく。

 それに対してリリンは精一杯の抵抗なのか、ダガーを構える。

 このまま動かないと、彼女は本当に死んでしまうだろう。


 ……まあ、仕方がないよな。


「「は?」」


 奇遇にも、リッチとリリンがそう口にしたのは同じタイミングであった。

 だがそれも無理からぬ事だろう。

 何せ顔が無いはずの俺の胴体が、独りでに動き出したのだから。

 あまつさえ胴体は剣を強く握り、魔力弾を切り裂いたのだ。

 驚くなという方が無理だろう。


「こ、これは一体」

「……もっと早くバレるかと思ったが、意外と鈍いんだなリッチ」

「アラン!?」

「ど、どこだ! 貴様、どこから話している!」


 二人が慌てている間にも、を探し出して上に乗せる。


「ふぅ。やっぱりこの位置が落ち着くな」

「あ、アラン? これって一体……」

「ハハ、アハハハハハ!! そういう事か!」


 リッチは大笑いをしながら、俺に指を突きつける。


「貴様、デュラハンだな! 私と同じ、アンデットなのだな!」

「え? え?」


 状況について行けないのか、リリンは混乱したままだった。

 けどまあ呑気に説明している暇もない。


「笑わせるなよ! たかがデュラハン如き、その女共々吹き飛ばしてやるとも!」


 笑いながらリッチは魔力弾を作りだし、俺に向けて放つ。

 だが。


「な、何!?」


 俺に直撃したはずの魔力弾は、ぶつかると同時に霧散していく。

 続けてリッチも何度も魔力弾を放つが、何度やっても同じであった。


「何だ! 何がどうなっている!」

「答える義理もないが、答えてやる」


 俺はジリジリと詰め寄りながら、丁寧に説明していく。


「元々デュラハンは死の使いだ。つまりはお前のような生きる屍には、死神と同程度の力を発揮できる訳だ」

「な、何だと……!」


 そう話している間にも、リッチは魔力弾を撃ち続ける。

 だが全ては無駄。

 相手がアンデットである以上、俺にその攻撃は届かない。


「っ! ……ほ、他の。他のアンデット共はどうした! 何故来ない!」

「無駄だ。奴らは知能は薄いが、その代わりに本能で俺から逃げる」


 さっきは同じアンデットの匂いしかしなかったので、スルーで収まっていた。

 だが力を解放した今、好き好んで俺に挑むアンデットはいない。


「ちょ、ちょっと待て! 話し合おう! 同じアンデットじゃないか! 見逃してくれ!」


 敵わない事を察してか命乞い……命乞い? をし始めるリッチ。


「……確かに。俺もアンタも同じアンデット。動く死体さ」

「だっ、だったら!」

「けどな。俺はアンタみたいに心まで腐ってないさ」

「なっ!」


 これ以上は無駄な時間なので、一気にリッチの首をロングソードの銀閃が刎ねる。

 首は薄暗い洞窟を宙に舞いながら、やがて地面に音を立てて落ちる。

 そして俺のように動く事無く、塵となって消えていく。


「片付いたか」


 俺はロングソードを仕舞うと、未だ座り込んだままのリリンに手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「……」


 何時までも手を掴まないリリンを見て悲しい気持ちもあるが、仕方がないとも思う。

 好き好んでアンデットの手を取りたいとは思わないだろう。


「あ、あ」


 手を引っ込めようとした時、リリンが何かを言いかけているので顔を近づける。

 すると。


「アホーー!!」

「ぐはぁ!?」


 強烈なアッパーを放ったのであった。

 その威力に首は宙に舞い、地面に落ちる。

 かなり痛いが今はそれどころではない。


「ど、どうしたのさ!」

「どうしたもこうしたもない! 死なないからってあんな事しないでよ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」

「そこ!?」

「そこよ! 正直デュラハンでも何ハンでも良いわよ!」

「良くないよ!?」


 かなり混乱しているようであったが、少しは落ち着いたのか涙を浮かべながら胸を叩いてくる。


「私のせいで、死んじゃたと思って。……生きててよかった」

「……まあアンデットだからやっぱり死んでいるんだけどね」

「ふふ。揚げ足取らないでよ」


 どうやら完全に落ち着いたようで、笑みを浮かべてくれるリリン。

 それは、とってもいい事なのだが。

 いま、一つ問題がある。


「リリン。怒らないで聞いて欲しいんだけど」

「な、何よ改まって」

「俺の首なんだけど」

「あ、ああ。どこに行っちゃったのかな?」

「……下」

「下?」


 そう言われてリリンが下に視線を向けていくと、俺の首はあった。

 ……ちょうど彼女のスカートの中が見える位置に。


「「……」」

「見た?」

「……意外と派手なの履くんだね」

「遺言はそれでいい?」

「……似合ってるよ!」


 その瞬間、俺の顔はサッカー選手も真っ青なキックによって洞窟内を跳ね回るのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後の顛末として。

 俺と一緒に捕まっていた女性たちを解放したリリンは、姉と共に故郷に帰っていった。

 だが必ず戻ってきて責任を取らすと言っていたので、近い内に再会するだろう。

 その後、話を聞いたミカちゃんのご機嫌も取らないといけず。

 今日という日は瞬く間に過ぎていった。


 だが明日は明日の揉め事が起こるのであろう。

 けれどそんな明日を待ち望んでいる俺がいる。

 何故なら。


「それが俺の、生きる道って奴だ」

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デュラハンに転生したけれど、今日も元気に人助けします 【短編版】 蒼色ノ狐 @aoirofox

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