かれ、ロボット

山本倫木

かれ、ロボット

かれ、ロボット



「エイコ、俺、どうやらロボットみたいなんだ」


 エーイチは、アタシの部屋に入ってくるなり、前置きもなくそう言った。珍しく深刻なトーンだ。アタシは試験勉強をしていた手を止めて振り返った。


「え、今なんて?」

「だから、俺は自分のことがロボットだって気がして仕方がないんだよ」


 エーイチはアタシのベッドに腰を下ろした。エーイチは隣に住んでいる幼友達だ。昔から素っ頓狂なことを言い出すところが有ったから、アタシも今更これくらいでは驚きはしない。


「まったく、急にやって来たかと思えば。何、馬鹿なことを言ってるのよ」

「ホントなんだって」


 アタシは立ち上がってドアに向かうと、一階にいるママに、お茶は要らないから、と叫んだ。はーい、というママの声を耳に入れながら椅子に座りなおすと、エーイチに向かい合う。勉強はちょっと休憩にしよう。


「一応、聞いてあげるわ。なんでそんなこと思うようになったの」

「ありがとう、聞いてくれるのはエイコだけだよ」


 確かに、こんなふざけた話に付き合う人は、そうは居ない気がする。


「昨日、本でロボット工学三原則ってのを読んだんだ」

「何それ?」

「昔の有名なSF作家が作った、ロボットが従うべきルールだよ。小説のネタだけど、現実のロボットにも適用されるべきって、真面目に考えている人も大勢いるらしい」

「それが、自分がロボットだと思ったキッカケ?」


 アタシの言葉にエーイチは一つうなずくと、話を続けた。


「ルールは3つ。1つめ、ロボットは人間に危害を加えてはならない。2つめ、ロボットは人間の命令を聞かなければならない。3つめ、ロボットは前2条に反しない限りは自分自身を守らなければならない、だ。あと、0番目のルールというものもあって、ロボットは人間の危機を見過ごしてはならない、という事になっているらしい」

「ふむふむ?」

「で、俺はこないだ道に迷っているおばあちゃんを助けたんだ」


 急に話が飛んだ。けれど、エーイチにはよく有ることなので、とりあえず続きを聞いてみる。


「そのおばあちゃん、ちょっと足元も怪しくてふらふらしていたんだ。クルマも多い時間帯でさ、ふらっと道にでも飛び出したら大惨事になりかねないと思ったんだ。それに気づいたとき、俺は考えるより先におばあちゃんに駆け寄っていたんだよ。聞くと家への道が分からないって言っていたから、ちょっとボケが入っていたのかも。家まで送り届けるのにひと騒ぎだったよ」

「スゴイじゃない。さすが、エーイチね」


 アタシは誇らしい気持ちになった。エーイチは、昔からよく人助けをしていた。でも、最近にもそんな事件があったなんて知らなかった。警察から感謝状もらってもいいくらいなのに、エーイチったら何も言わないんだから。


「俺も、最初はそのおばあちゃんに感謝されてうれしい気もしたよ。でも、ロボット工学三原則を知って気づいたんだ」

「どういうこと?」

「0番目のルールさ。俺はロボットだから、きっと人間に危機が迫っていると気づいたら見過ごすことが出来ないように作られているんだよ。」


 大真面目に主張するエーイチに、私は思わず吹き出しかけた。


「困っている人を見たら助けるのは、人間でも当然の事よ」


 実際に行動に移せるのがエーイチの素敵なところだけど、という部分は心の中で付け加えた。


「でも、ロボット工学三原則に外れたことを、俺は今まで一度もした覚えがないんだ。殴り合いのケンカをしたこともないし、親という人間の命令も聞いてしまうし、自分が危ないと思うようなことはつい避けてしまうんだ」

「そういう人は割と多いと思うよ?」


 アタシは思ったことをそのまま口にした。言ってから、生まれて一度ケンカも反発もしたことが無い人は確かにちょっと珍しいかも、と思い直した。



「それだけじゃないんだ。自分がロボットかもしれないと気づいて、思い返してみたのだけれど、俺には感情が無いような気がするんだ」

「そうなの?」


 エーイチとは長い付き合いだ。感情がないと言われても納得はしがたい。


「この前の爆笑漫才選手権、エイコも見たって言ってただろ。俺も家で見ていたんだ。けど、父さんも母さんも爆笑していたのに、俺には面白くなかったんだ」

「なるほど?」

「俺、今まで心から笑ったことが無いような気がする。きっと、ロボットだからだ」


 アタシは少し思い出してみた。幼稚園のころ、一緒に公園にいったとき。小学生のころ、家族ぐるみで遊園地に行ったとき。今年の夏、友達何人かでバーベキューをしたとき。記憶の中のエーイチは、いつも楽しそうに笑っている。


「え? でも、アンタよく笑っているでしょ?」

「うん、笑ったことはある。でも、考えてみたら、自分が面白いから笑っているんじゃない気がしてさ。他の人が笑うような場面では、笑わないと不自然だから笑って見せているだけって気がしてきたんだ」


 思っていたよりすごいことを言い出した。


「それで、ロボットじゃないかと思ったってこと?」

「お笑いだけじゃないんだ。今までの嬉しかったことも、悲しかったことも、全部、心が動いてそう感じたっていう確信が持てないんだ。もし誰かに、お前は場面に合わせて他の人がするように笑ったり怒ったり見せているだけだろって言われたら、反論できない」

「エーイチ、疲れてるんじゃない?」

「そんなことはない。俺は疲れを感じたことはない」


 確かに、エーイチはそそっかしいところはあっても、いつも元気いっぱいだ。風邪をひいて寝込んでいる姿なんて、アタシには想像がつかない。


「それじゃ、エーイチはどうしたいの?」

「どうもしないよ。でも、俺は自分がロボットだなんて信じたくないんだ」


 エーイチは、あくまで神妙な顔だ。大真面目に珍妙な説を唱え続けるエーイチを見ているうちに、アタシはいたずら心がわいてきた。じゃあ、本当に感情がないか試してあげようじゃない。



「エーイチ」


 アタシは椅子を離れて、エーイチの隣に座った。エーイチの手を取る。


「こっちを向いて、目を閉じて」

「え?」


 初めて、エーイチは戸惑ったような声を上げる。


「ほら、人間の命令よ」

「あ、ああ」


 エーイチはアタシの言う通りにした。エーイチの顔に、アタシはゆっくりと顔を近づけた。


チュッ


 アタシはエーイチにキスをした。

 エーイチは弾かれたようにアタシから離れようとした。でも、座ったままの姿勢では大して動けない。のけぞる姿勢になっただけだった。手を握ったままのエーイチに向かって、アタシはわざとらしくニッコリと笑いかけた。


「あら、離れてなんて、アタシ命令したかしら?」

「エ、エ、エエ、エイコ?」


 エーイチが激しくどもりながら、アタシの名前を呼んだ。


「何かしら?」

「そ、そういうことは好きな人とするものだろ!?」


 エーイチは叫んだ。昔から、エーイチはいつも分かりやすい。


「あら、アタシはエーイチのこと好きよ。ずっと前から」


 アタシの言葉は、エーイチに届いたかどうか。エーイチは凍ったように固まってしまい、きっかり15秒後、湯気が立ちそうなほど発熱した。部屋の温度が数度上がったような気がした。それを見て、アタシは、ゆっくりと言葉を区切るように彼に尋ねた。


「どう? 心は、動いた?」


「…あ、ああ」


 エーイチは姿勢を正して言った。


「俺にも、ちゃんと心はあったみたいだ」

 

 アタシは微笑むと、もう一度エーイチに近づいた。強く抱きしめると、エーイチもアタシを抱きしめかえしてきた。





 どれくらいそうしていただろう。エーイチの体の中から、ぐううぅ、と音がした。場違いな音に、思わず、アタシたちは顔を見合わせた。そして、同時に笑い出した。


「エネルギー切れみたいだ」

「そうみたいね。エーイチ」


 アタシは立ち上がって、保管してある充電済みバッテリーを取り出した。表面には『JPロボティクス社 A1シリーズ用』とラベルがついている。アタシの手には、ずしりと重い。


「はい、ゴハンだよ」


 と言って、アタシはエーイチの輝く銀色のボディの一点を押した。シュンと小気味良い音を立てて腹部カバーが開く。アタシはいつものように、バッテリーを交換した。


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 これが、アタシがエーイチと付き合うことになった日の話。

 アタシのカレ、ロボット。


【おわり】

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