魔女学校の落ちこぼれマギーは箒に乗れない

竹神チエ

箒に乗ってビューンっ!!

 魔女学校に通うマギーは十三歳の女の子だ。

 青白い肌に茶色のそばかす。ボブカットの赤毛はパサパサで艶なんて全くない。目は飛び出たように大きくて前歯はネズミみたいに目立つ。


 つまり、かわいくない女の子だった。

 それでも見習い魔女。

 魔力がたっくさんあるならば、学校では大人気になったはず。


 でもマギーは、水晶玉をピカピカッと二秒ほど輝かせる能力しかない。

 こんなの三歳児でもできるやつだ。


 そんな低魔力のマギーが魔女学校に通うようになったの訳は、マチルダおばさんのせいだった。マチルダおばさんは魔女学校の校長先生をしていて、


「かわいい姪っ子にはわが校の素晴らしい教育を受けて欲しい」


 なんて言って、魔力がちょっぴりしかないマギーを特別入学させてしまった。


 そのせいでマギーは落ちこぼれだし、学校中の嫌われ者だ。

 ずるっ子マギーなんて呼ばれて、友だちは一人もいない。


 しかもこの魔女学校。寮生活をしなくちゃいけない。

 マギーは一日中、針のむしろ状態で肩身の狭い日々を送っていた。


 そんなマギーに、今日は更なる試練が訪れている。


 この日、魔女学校では箒を使った飛行試験が行われていた。


 生徒は箒にまたがり、決められた位置まで正しく浮き上がると、その状態をキープしたまま、障害物をよけながら飛行する。タイムも測るから、素早く正確に飛ぶ必要があった。


「さあ皆さん、緊張せず実力を発揮して。二人ずつ前に出て競争ですよ」


 浮遊術の先生が、スタートの笛をピッと吹く。


 箒にまたがった生徒が二人、すぐさま浮き上がると、どびゅーんっと飛んでいく。コース上にある徐々に小さくなっていく輪をスピードを緩めることなく潜り抜け、横から吹き付ける風にも負けずに真っすぐ進む。そうやって、ぐるっとコースを一周すると、パチパチと拍手が起こる。


「お見事」と先生。ほとんど同じタイムでゴールした二人は、仲良くハイタッチしている。ちぇっ、とマギー。惨めな気持ちが沸き上がり、目に涙が滲んでくる。


 マギーは箒の授業が大嫌いだった。

 なぜならぜんぜん飛べないから。一ミリも浮遊しない。大げさじゃなく本当だ。

 そのことは浮遊術の先生だって、もちろん知っている。


 だからマギーは試験の前、辞退を申し出ていた。試験を受けるだけ無駄だからだ。でも先生は「あきらめるのは早いわ、マギー。しっかり練習すれば絶対に飛べるようになるから」と言って励ましてくる。


 でもマギーはよちよち歩きの頃から、ずっと真面目に飛行の練習を続けている。

 それでも飛べないのだ。これはもうあきらめるとかの次元じゃなく、ただただその能力がない魔女見習いってことなのだから、いい加減現実を認めてもらいたい。


 浮遊術の先生は真っ黒髪が美しい若くて元気いっぱいの先生だ。生徒からの評判は一番よく、気さくで良い先生だけど、マギーにとっては、ただのわからず屋。みんなの前で恥をかかせようとしている極悪人だ。


「マギー、あなたの番ですよ」


 体育座りでいじけているマギーに、先生が声をかけてくる。マギーは泣きだしそうなのをぐっとこらえてスタート位置まで移動した。くすくすと笑い声。横目で確認すると、笑っているのはやっぱり気取り屋ダイアナとその取り巻きたちだった。


(ふんっ、なによ。自分たちだって、たいして飛べてないくせに)


 ダイアナたちは髪のセットが乱れるから、とノロノロ飛行していた。先生が「そんな態度じゃマイナス評価をつけますよ」と叱っても、ツンとおすましでゴール。


 そんな不良魔女見習いたちだけど、マギーよりはマシだ。マイナスでも評価をつけてもらえるのだから。


(ちっとも飛べないわたしはどうなるの? もしかして判定不能?)


 箒で飛べない魔女見習いなんて、前代未聞だろう。トボトボとスタート地点に立った時には、マギーはこれから始まる苦痛に思いを馳せ、頬がカッと熱くなっていた。


 横では一緒にスタートする生徒が箒にまたがり、イライラした表情でマギーを見ている。マギーがしぶしぶ箒にまたがると、先生がピッと笛を鳴らした。横にいた子はあっという間に飛び立ち、ぶわりとマギーの頬に風圧を残していく。


 そしてマギーは。


「あはは、何あれ」

「ぴょんぴょん跳ねてウサギのモノマネしてるの?」

「マギーったら、何歳なの。浮遊術って赤ちゃんでもできる技よね?」


 みんな好き勝手に言ってくれる。先生も咎めもせず、「マギー、もうちょっとよ、がんばって。ほら、集中して」と無意味な声援を送るばかり。


 箒にまたがったマギーは、何度も繰り返しジャンプする。でも、ちっとも浮遊しない。集中してみても無理、気合を入れてみても無理。顔はどんどん赤くなり、生徒たちは遠慮なく大笑いし始めた。


(あー嫌だ嫌だ嫌だ、消えてしまいたいっ‼)


 ぎゅっと目を閉じたマギー。その瞳から零れ落ちた涙が一滴、箒に落ちる。

 すると……。


 どびゅーんっ!!


 箒が急上昇。あっという間に生徒や先生が豆粒ほどに小さくなる。


「えっえっ、なに、どうしたのっ」


 箒にしがみつくマギー。落ちたらひとたまりもない。ストップストップと指示を出すけれど、箒はどこまでも浮上をやめなかった。


「最悪、なんなの、この暴走箒‼」


 ——そう言えば。


 箒は全員私物を使っている。ブランド箒に手作り箒。格安箒に中古の箒と様々だ。気取り屋ダイアナはオーダーメイド箒を自慢していてうるさいくらいだった。で、マギーの箒なのだが。


「おばさんっ、箒に何したのよ‼」


 飛行試験を嫌がるマギーに、魔女学校の校長先生でもあるマチルダおばさんが、「新しい箒をあげるわ」とこの箒をくれた。でもどうやら普通の箒ではなかったらしい。


「喜べ、主君よ。我はどこまでも高く飛べる選ばれし箒なのだ。存分に飛行を楽しむがよいぞ‼」


 突然しゃべりだした箒に、マギーは「ぎょえええええ」と絶叫する。箒は「アクロバット飛行だ」と言い出して、ぐるんぐるんと回転。マギーは必死にしがみつき、なんとか地上に戻ることが出来たのだが……。


「マギー。あなた素晴らしいわ。たくさん練習したのね‼」


 大拍手して迎えてくれる浮遊術の先生と、唖然として見つめてくる生徒たち。マギーは箒を握り締めて言った。


「あの、わたし。今日の試験、合格ですか?」


 ——これは、のちに世界を救う魔女王となったマギーの、若き日の物語である。


 

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