第6話
「い、嫌ならしないって……っ!!」
「…………嫌なの?」
至近距離でじっと赤い顔の黒曜石の瞳に見つめられて、リリアナはぐっと言葉に詰まった。
「……さ、酒の勢いはいやだ……っ」
「……………………」
真っ赤な顔で押し出すように告げたリリアナの言葉に、両手首を持ったまま至近距離で見つめるライトの動きが止まる。
短いようで長い沈黙を、黒曜石の瞳と紫の瞳が見つめ合った。
「……なるほど。さすが一筋縄でいかないな」
ふっと口元を緩めると、ライトはリリアナの両手首を離して立ち上がる。
「え、い、いいのか……?」
思わずと目を丸くするリリアナに、ライトは欠伸を噛み殺しながらチラと視線を向ける。
「言っただろ。これ以上嫌なことを強いたいわけでもなければ、9年も片想いした堅物軍人の精神力を舐めるなよ」
「え……っ?」
なんだかんだと相当に酔っているのか、なんだかよくわからない捨て台詞を残して寝室へと消えようとするライトに、リリアナは掛ける言葉を失って固まる。
「あ、ただし、勝手にどこかに姿を消すのだけはやめろ。白昼夢と間違えてめんどくさいことになるから! いいな! 我慢したんだから勝手にだけはいなくなるなよ!!!」
「わ、わかったよ……」
「よし」
「…………あのバカ相当酔ってんな……」
少し前までの緊張を多少引きずりながらも、リリアナはいくらか冷静になった頭でようやくと息を吐き出した。
寝室のバカでかいベッドに入るなり、多すぎる枕に埋もれてくーくーと寝息を立てはじめるライトを確認して、リリアナはそっと街を一望できるテラスへと出る。
街の灯りは多少減っても美しく、月明かりに照らされた海からの少し冷えた夜風が気持ちいい。
「本当に出られるなんて……」
信じられなかった。
しがない平民だったリリアナは、その魔力の高さから手に負える範囲の魔物退治を時折り請け負う村娘だった。
女性の立場が弱い時代背景において、整った容姿で女だてらに目立つことをすれば目につくことは必然。
案の定と変な男に目をつけられて執拗に執着され、命を絶ってでも逃げようとしたリリアナに剛を煮やした男に魔剣へと封じ込められてしまう。
魔剣から解放することを条件としても首を縦に振ることのないリリアナに、次第に興味の失せた男が魔剣を手放したことで、魔剣としての放浪が始まった。
「……私は変な男に好かれる星の下にでも生まれたのだろうか……」
ぼんやりと夜の波音を聴きながら、リリアナは誰にともなく独りごちる。
リリアナに執着する男に好かれたことが人生最大の不運であるなら、ライトに出会えたことは人生最大の幸運に違いない。
冷えた肌の感覚を嬉しく思う一方で、その心許なさを抱えながらリリアナは寝室へと向かう。
枕に埋もれて可愛らしい寝顔で寝息を立てるライトを、リリアナはそっと覗き込む。
出会った時は年下だった少年は、今やリリアナよりも年上の立派な青年になっている。
年頃の優しい少年を青年にするまで惹きつけた執着が無くなった時、身分も何もかもが違う先に待つものがリリアナは恐ろしかった。
ライトへ返せるものが何もない。けれどそれ以上に、リリアナ自身がその先を望んでいることを自覚していたから、拒むことなど到底できないともわかっていた。
「……楽しかったんだけどなぁ……」
「なんで過去形?」
「え……っ」
ガシリと掴まれた腕越しに、黒曜石の瞳がじっとリリアナを見ていた。
想いを馳せた軍人さんの、9年越しの溺愛には底がない。 刺身 @sasimi00
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