第5話
「あんだけ大口叩いといてウブ過ぎないか?」
「黙れ、酔っ払い!!!」
耳まで真っ赤になって目を吊り上げるリリアナに、ライトがははっと楽しそうに笑った。
「安心しろよ、俺は優しいから、いくら女日照りだって、嫌がる女を無理やり手籠めにする趣味は持ち合わせてない」
「そ、そうかよ……っ」
そう言って酒をあおるライトをチラ見しながら、リリアナはそっとその紫の瞳を揺らす。
そりゃそうだ。名門と言って過言でない貴族の次男に生まれ、爵位は継げないまでも今や立派な軍人。容姿も実力もお墨付き。
ライトの方からその気になれば、大抵の令嬢は首を縦に振るような男だというのは短くない付き合いですでにわかっていた。
対する自分はどうか。貴族でもなんでもない、魔剣に囚われるなんて数奇な運命を経ただけのただの小娘で、ライトにまとわりつく令嬢の爪先ほどの淑やかさも華やかさも美しさも何もない。
明日この宿を出て別れるだけで、切れる縁すらも持ち合わせていない。
そんな自身の立ち位置を掴みあぐねるも、長年の憎まれ口を今さら正すのも気持ちが悪く、居心地の悪さに眉をしかめる。
「あ、勘違いするなよ」
「なにーー」
掛けられた声に反応するよりも早く、左頬に触れられた革手袋の感触が優しくその顔を誘導し、思っていたよりよほど近くにあった黒曜石の瞳にリリアナは目を見開いた。
「嫌ならしないってだけで、嫌じゃないなら遠慮するつもりねぇから」
「はっ!?」
今にも触れそうな唇の距離で囁かれて、心臓がドクリと鳴るのを皮切りに、全身を真っ赤にして固まっているリリアナをいくらか据わった瞳で観察するライト。
「…………初めて見た時は綺麗なお姉さんだったのに、いつの間にかすっかりと小娘だな」
「は、初めて見た? って、なんの話し……っ!?」
ビクビク震えてうさぎみてぇだなぁなんてぼんやりと考えながら、ライトは酒と疲労によって鈍る頭で口を開く。
「真夜中に出るんだよ、幽霊みたいにぼんやりと。触れないし、寝てるし、泣いてるしで、最初気づいた時はかなりビビって。んで待てど暮らせど出ないから、夢かなんかと諦めかけてた時に気づいた訳。あ、1年に1回の特別かって」
「……特別な……日……?」
「そう。リリアナの姿が見られる、特別な日」
へへっと赤い顔で笑うライトに、リリアナは唇を引き結んで眉を寄せる。
ライトにとっての特別な日は、きっとリリアナが魔剣に囚われたその日。
「ずっと、動いて、笑ってくれたらいいのにって思ってた。触れられたら、1人で泣かせたりしないのにって。……正直、今日その姿を見るまでは半信半疑だったけど……」
「え……?」
「夜中の可憐な姿と日中の口の悪さが酷過ぎて、俺の脳内イメージが一致しなかったからな」
「悪かったな……っ!!」
ぎいとその目を吊り上げて拳を握るリリアナに、ライトが声を上げて笑う。
「黙ってても綺麗だけど、そうして動いてるリリアナの方が想像通りでしっくりくるな」
「…………っ!! し、趣味が悪いっ!!」
「それはお互い様だろ? 諦めが悪くてしつこい男に狙われてんのわかってんのか?」
そう言って、いつの間にか捕らわれている両手首にリリアナはハッとした。
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