エンドロール

遠藤みりん

第1話 エンドロール


 “何もない人生”


 俺はいつもの通勤路を歩きながら思っていた。

 物心ついた頃からこれといって特別な才能はなく。勉強もスポーツも平均的だった。いや、見栄を張ってしまった……平均よりやや下が本当のところだろう。


 幼稚園のお遊戯会の題目は浦島太郎だった。その頃に俺に与えられた役は揺れる海藻。

 小学生の運動会での騎馬戦ではもちろん支える側だ。

 マラソン大会、縄跳び大会、水泳大会……etc……etc……

 思い出される全ての競技で抜きん出るものは無く、平均または中より下である。


 高校受験では平均的な進学校へ進み、流されるまま良くも悪くもない大学へ進む。

 そのまま平均的な企業へ就職して高くもない安くもない給料で働かされる。

 両親はその都度、喜んでくれたが、この平気的な極めて普通の生き方に俺はどこか空しくも感じていた。


“何もない人生”


“平均的な人生”


“普通の人生”


 通勤路を歩きながらぐるぐるとそんな事を思っていた。

 いつもの交差点で信号に捕まってしまった。この街はそこそこ都会である。人の行き交う交差点、車の通行量も多い。

 聞こえてくる人間の会話にうるさい、街の音楽。平凡な俺の人生に反比例し、この街は賑やかだ。


 ふと耳に入ってくる音楽が気になった。力強い演奏……アメリカンテイストのハードロックだ。

 シンセサイザーとドラムのブレイクが絡み合う。


(はて、誰の曲だっけ……)


 そう思っていると信号が赤から青に変わった。しゃがれた中音域のボーカルが演奏に絡み合う。


(昔、流行ったよな?誰だっけ……)


 俺は曲を思い出せないまま、青信号を歩き出す。音楽を聴きながら、人の群れの中歩いている。


♪ ダン!ダン!


 印象的なドラムのフレーズが聞こえくると同時に暴走したトラックが俺に突っ込んできた。俺の体が宙に舞う。そしてあのメロディーが聞こえてきた。


♪ It's your life〜


そうだ!これはben・joviのIt's your lifeだ!(※物語上の架空のバンドです。実際のあのバンドではありません)


 俺は宙に舞いながら思い出した。


 It's your life=これがお前の人生。


 直訳するとこんなもんだろうか?何もない人生を振り返っている時になんとも皮肉の効いた曲である。

 

 地面に叩きつけられ視界が血に染まる。アメリカ生まれのハードロックに身を包まれながら意識を失った……


 ……目覚めると真っ白な天井が目に入ってくる。ここは天国なのだろうか?一瞬戸惑ったが周りを見渡すと病院だとすぐに気がついた。

 俺はナースコールを押すとすぐに看護師がやってくる。


 看護師から聞くところによると俺は事故から三日間、眠っていたらしい。どうやら助かったようだ。

 何か視界の上の方に違和感を感じるが不思議と体は平気だった。


 入院中も視界の違和感が気になってしまう。視界の上部に黒く小さい“何か”がちらつく。

 “何か”を目で追ってみても捉えることは出来ない。


 一週間の入院の後に俺は退院した。視界の端の違和感以外は健康そのものだった。

 医者曰く視界の違和感は次第に治るとの事だ。


 仕事復帰の朝、目を覚ますと黒い“何か”は視界の上部から徐々に下がってきてる事に気がついた。


(なんだろう……)


 その“何か”はゆっくりと視界の下へ落ちていく。一週間後にその黒い“何か”をやっと目で捉える事ができた。


“出演者”


 その黒い“何か”は出演者の三文字だった。何故、漢字が視界に映るのかと疑問と同時に恐怖が俺を包み込んだ。

 

 出演者の文字はどんどん下降してくる。更に文字は降ってきた。


 “主演……A”


 主演に俺の名前のA……これはどういう意味だろうか?俺は恐怖より好奇心が強まる。

 生活しながらも更に文字に注目していると文字は更に下降していく。


 “父……B”


 “母……C”


 “妹……D”


 次々に家族の名前が下降してくる。俺は恐怖と好奇心の中で気がついた。

 これはエンドロールだ……きっと事故の影響で頭がイカれたんだろう。そう確信した。

 遂には文字は視界を覆いつくしこれでは生活もままならない。

 

 俺は埋まっていく視界の文字の隙間からなんとか病院へ電話をかけた。

 エンドロールと思われる文字は次々と増えていき幼稚園の先生や学校の同級生までかなりの数だ。

 文字で埋まる視界の中、なんとか病院へ辿り着き診察を受ける。


「これはストレスですね」


 医者は目を合わせる事もなく俺に吐き捨てた。同時に視界に文字が降ってくる。


“ヤブ医者……K”


医者の名札を見るとKと表記されている。やっぱりヤブ医者だと確信した俺はすぐに病院を抜け出した。


 俺は行き場を失い途方にくれていた。気がつくと事故に遭った交差点に立っていた。

 信号を待っていると再びあの音楽が流れてくる。


 シンセサイザーにドラムのブレイク……そう、Ben・joviのIt's your lifeだ。

 青信号に変わった。俺は埋もれた視界の中なんとか交差点を渡る。


♪ ダン!ダン!


♪ It's your life〜


 サビが流れると同時にトラックが再び俺に突っ込んできた。


“テーマソング……Ben・jovi It's your life”


 既視感の中、宙を舞うと視界の文字には丁寧に曲の紹介までされていた。

 俺のテーマソングはBen・joviのIt's your lifeだったのか……知らなかったよ。

 そう思うと同時に地面に叩きつけられた。


 視界の文字のバックが血に染まっていく。下降するエンドロールの文字は徐々に減っていく。


“終”


 最後の文字がゆっくり加工してくると視界は徐々に暗くなっていく。

 (あぁ……そうか、エンドロールは俺の走馬灯だったのか)

 薄れてく意識の中でそう気がついた。


“何もない人生”


 そんな事を思っていたがエンドロールには様々な人達の名前が乗っていた。

 決して“何もない人生”じゃなかった。良い人生だったよ……


 そう思うと同時にエンドロールと俺の人生の幕は降りた……

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