5-5:フィクションじゃない

 由芽ちゃんに避けられるかなと思ったけれど、意外なことに、そんなことはなかった。

 ただ、腕を組んだり、抱きついてきたりすることが、以前よりも明らかに減った。多少なりとも、気にしているのだと思う。

 これでよかったのかもしれない。すこしやりすぎてしまった気もするけれど、由芽ちゃんが自覚してくれるなら、それで。


「優里亜ちゃん、今日の放課後時間ある?」

「大丈夫だよ」

「ちょっとね、話したいの。ふたりきりで」

 わたしたちは家が遠いので、お互いの家に行くという選択肢はとれなかった。

 色々考えた結果、特別棟にある空き教室を勝手に使わせてもらうことにした。空き教室には使われていない机や椅子が置いてあって、ほんのりほこりっぽかった。

 わたしたちは椅子をふたつ拝借して、窓際に並べて座った。空はどんよりと曇っていて、夕日は見えない。

「あのね、この前のことなんだけど……」

 由芽ちゃんが口を開いたとき「やっぱり」と思った。この前の保健室でのこと。ここ一週間なあなあになっていたけれど、そのままやりすごすわけにはいかないようだった。

「すごくびっくりしたんだけどね、優里亜ちゃん」

「うん」

「ありがとう」

「え?」

 お礼を言われて、わたしは拍子抜けした。

 どうして、ここでお礼を言われるのだろう。わたしは責められるようなことをした自覚はあるけれど、お礼を言われるようなことをした記憶はない。

「優里亜ちゃんは、わたしに百合を経験させてくれようとしたんだよね。保健室でのこと、なんだか百合漫画のワンシーンみたいだった」

 違うとは言えなかった。由芽ちゃんが、うっとりと目をうるませていたからだ。

「ねえ、またわたしに、百合を経験させてくれる?」

 ああ、そうか。

 由芽ちゃんにとっては女同士のあれこれは全部「百合」なのだろう。手をつなぐのも、頭をなでるのも、一緒に寝るのも、全部「百合」。そこにリアルは介在しない。言ってしまえた「百合ごっこ」がしたいのだろう、由芽ちゃんは。ふりふりの衣装を着て、魔法少女になりきりたがる子どもみたいに。リアルで女の子と恋愛がしたいのではなく、百合作品の登場人物になりたいのだ。

「由芽ちゃんは、どんな経験がしたいの?」

「百合漫画や百合小説にあるようなこと。リボンの交換をしたり、お姉さまを作ったり、お手紙のやりとりをしたり……ほかにも色々」

「なるほどね。わたしにできることなら、いいよ」

 わたしは、承諾した。するしかなかった。保健室でやりすぎてしまった負い目もあったし、もしわたしが断って、由芽ちゃんが別の子と百合ごっこをすることになったら、それこそ困る。

「さっそくなんだけど、ひとつお願いしてもいいかな」

 由芽ちゃんは、上目遣いにわたしを見た。少し恥ずかしそうに、両手を合わせている。

「わたしがすきな百合漫画にね、特別仲の良い友達同士でキスをする作品があるの。カーテンに隠れて、とか。誰もいないベランダで、とか。ちょうど、こんな空き教室でも」

 わたしは黙ったまま、由芽ちゃんの肩に手を置いた。由芽ちゃんの華奢な肩はすこし震えていて、百合ごっこだとしても緊張しているのが伝わってきた。

 わたしは自分の心臓がとんでもない音を立てているのを感じていた。背中にじっとりと汗までかいている。これはただの百合ごっこなのだと、自分に言い聞かせる。そうしないと、勘違いしてしまいそうになる。

 わたしが由芽ちゃんの頬に手を添えると、由芽ちゃんはゆっくり目を閉じた。長いまつ毛、すべすべの頬、桜色の唇。ここまで近くで見たのははじめてだった。

 目を閉じたら場所がわからなくなりそうだったので、目を開けたまま、唇を重ねた。どのくらいそうしていれば良いのか良くわからなくて、頭の中で五を数えてから、ゆっくり離れた。

 目を開けた由芽ちゃんは、照れたようにふにゃっと笑った。

「あの作品の主人公たちも、こんな感じだったのかな」


 ◇


 百合ごっこは、恋愛とは違う。

 由芽ちゃんが見ているのは「優里亜」ではない。彼女がいままでに読んできた、百合作品に登場する「誰か」だ。同時に百合ごっこをしているときの由芽ちゃんも「由芽ちゃん」ではなく別の「誰か」だ。あくまで、すきな作品のお気に入りのシーンを模倣したいだけ。

 わたしは、自分を見てほしいという気持ちと、由芽ちゃんと形だけでも恋人同士のようなことができるならそれで良いという気持ちとで、ぐちゃぐちゃになっていた。





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思春期病棟 笹百合ねね @sasayulily

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