3-6:あまりにもイージーで浅慮で短絡的な
少しでも、確認しておきたかった。
「パルちゃん。あっちでお葬式があるみたい」
ミズナちゃんが探し回ってくれ、僕はすぐに現地へと向かう。
死んだのはどうやら、おじいさんのようだった。
家の中でお葬式が挙げられ、黒い服を着た人たちが集まっている。そんな家のすぐ手前で、痩せたおじいさんの幽霊が居心地悪そうに立っていた。
やっぱり、普通の幽霊のようだった。
死んだ直後のタケユキのように、話しかければ応えてくれそうな。
でも、そこまでの余裕はなかった。
「正直、いい人間ではなかったよね」
「だから、死んだ後はこんな感じだよ」
「ケチ臭くて、嫌なじいさんだったな」
親戚らしい人たちが、家から出るなりそんな言葉を口にする。
そこで、変化が起きた。
おじいさんの幽霊が動きを止め、地面の中に吸い込まれていく。
やっぱり、そういうことなのか。
他にも二つ、お葬式を見つけられた。
片方のおばあさんは、周りの人たちがみんな泣いていた。口々に「いい人だった」と話していた。
そしておばあさんは、天へと上って行った。
次に訪れた葬儀屋さんのところでは、若い男の人の幽霊を見つけた。「馬鹿やってバイクで死んで」、「小さい子供まで巻き込んで」と、周りの人たちが言う。
男の人の幽霊は、地面に吸い込まれた。
どう見ても、これが『法則』だ。
「よくわからないけれど、そういうことなんだと思う」
葬儀屋さんの前を離れ、僕はミズナちゃんに話しかける。
「どうしてか、はよくわからない。でも、誰が天国に行って、誰が地獄に落ちるのか。それを決めてるのは、『生きている人間』なんじゃないのかな」
「どうして、そうなってるんだろう」
ミズナちゃんが首を振る。
「わからない。でも、そうとしか思えないよ」
頭がぼんやりとしてしまって、今は何も考えられない。
これが、霊の世界の真実なんだろうか。
とにかく今は、本当のことを知りたい。
死後の世界とはどうなっているのか。神様がいて、天国と地獄があって、そういう世界にいる『誰か』が、幽霊たちの行き先を決めているんじゃなかったのか。
シューキョーとかいう、大昔から言われている話に従って、人の死後の世界は作られているものなんじゃなかったのか。
「隆太の奴は、何か知ってるんじゃないのかな」
心当たりと言えば、他に思いつかなかった。
花見ちゃんに対し、何かを掴めたようなことを口にしていた。あいつの話を聞くことができれば、霊の真実についてもわかるかもしれない。
「うん。それじゃあ見ておくよ」
ミズナちゃんは暗い顔をし、夕方になると出かけて行った。
僕はただ、帰りを待つしかない。リビングの片隅に座り込み、玄関が開かないかひたすら見つめ続ける。
一時間くらい経った頃だろうか。僕はだんだん眠くなってきて、ベッドの上に横たわってアクビをしてしまう。
そうして、何度目かで眠気と戦っていた時だった。
カチャカチャと鍵を開く音がし、内側に扉が開かれていく。「ただいま」とアツヤが声を出し、僕へと向けて小さく微笑む。
「パルちゃん。あいつ、また小学校に来てる」
ミズナちゃんも戻り、壁をすり抜けて僕の傍へとやってきた。
多分、これがチャンスだ。
「ナ」とアツヤに呼び掛け、僕はじっと視線を送る。
「ん?」と首をかしげられたので、僕はすぐに行動を開始した。
多分、アツヤ一人では話が面倒になる。もう一人の協力が必要だ。
ユーちゃんたちのオモチャを見やる。ちょうど、ピンク色の花のバッヂが転がっていた。
「ナァーオ」と声に出し、前足で『花』の模様を示してやった。
本当にアツヤは、色々と察しがいい。
僕の仕草を見るなり、花見ちゃんを呼び出す。そうして合流した後は、素直に僕の後をついてきてくれた。
小学校の前に辿り着くと、隆太がまた子供たちに囲まれていた。霊についての何かを話しているらしく、周りの皆は緊張した顔で聞き入っていた。
「すまない。ちょっと話ができないかな」
一通りの区切りがついたところで、アツヤが声をかける。
「この前の話、聞かせてもらったよ。『霊の世界の真実』が掴めたっていう話。どういうことか、話してくれないかな」
隆太はすぐには応えない。呆然とアツヤを見た後、隣にいる花見ちゃんへ目をやる。
「ええ、いいですよ」
わずかに目を細め、隆太は頷いた。
僕は、ここにいてもいいのだろうか。
子供たちが解散した後、「じゃあ、僕の部屋で」と隆太は二人を案内する。アツヤと目が合ったのでついていったが、家にまで入っていいのかと迷いはする。
「この家、何度も来たよ」
ミズナちゃんが低い声を出す。ずっと隆太のことを睨みつけていた。
隆太の家は、夕日と同じ色をしていた。夕方のオレンジの光に溶け込んで、外から見るとちょっとぼんやりしている感じがある。
中は掃除が行き届いていて、薄茶色の廊下の先に、広々としたリビングがある。そこから二階への階段を上り、隆太の部屋の中へと案内された。
少し、ごちゃごちゃした空間だった。
ブルーの絨毯が敷かれ、カーテンも同じ色。壁際には大きな本棚がり、『霊の世界』、『超能力大全』など、似たようなタイトルの本がいくつも入れられていた。
「では、話をしましょうか」
隆太は机の前の椅子に腰かけ、アツヤと花見ちゃんに向かい合う。二人は座る場所がないため、絨毯の上に腰を下ろす形になった。
「この前の話の続きです。霊の世界の真実がわかったっていう話。それの言葉の意味ですけど、説明しても、ちゃんと受け入れてもらえるかどうか」
ミズナちゃんは隣に立ち、ずっと隆太を睨んでいる。
「僕がこれからする話は、あなたたちが知っている『常識』を根本から覆すものになります。世界中の宗教で言われているような死後の世界の話なんかは、全部嘘だということが証明された。というか『一見正しそうに見える』ことがわかったんですよ」
つらつらと、隆太は語りを始める。
「確認しますけど、人は死んだらどうなると思いますか? 仮にあの世があって、天国と地獄があるとする。その時、人の魂がどっちに行くかは、どうやって決まるか」
「それは、やっぱり神様とか、そういう」
花見ちゃんが答える。
「一応聞きますけど、それ、信じてますか?」
「別に、そんなに熱心なわけじゃ」
「なら良かった。そういう点で、うるさい人っていますからね」
隆太は何度も頷き、「それじゃあ」と姿勢を正した。
「じゃあ、改めて話します。人が死後にどこへ行くか。それを決めているのは誰なのか」
数秒の間を置き、もったいぶったように笑う。
「それは、『生きている人間』なんですよ」
ミズナちゃんをそっと見る。一心に隆太を見据え続けていた。
「信じられないかもしれませんが、それが事実なんです。今から十数年前に、一人の霊能者がその事実に気付いた。そして、大変なことだと問題視したんです」
アツヤはじっと背筋を正し、隆太の話に聞き入る。
「
「その先で?」とアツヤが聞く。
「はい。理解したそうなんです。死後、幽霊になった人間はしばらくの間は現世に留まっているのが見えた。でも、『ある瞬間』に天国や地獄へ移動したのを見たそうです」
目にした光景を思い出す。
「死んだ人間が生前どんな人物だったか、生きている人間たちが噂し合っていた。そして、悪い人間だと陰口を叩かれるような人は地獄へ。その一方で、優しい人だったと伝えられるような人は天国へ。それぞれ移動していくのを見たという話です」
「そんなことが、本当にあるのか?」
アツヤが問い、隆太は唇を吊り上げる。
「まあ、信じづらいですよね。でも、理屈には合うと思いませんか? 既存の宗教だと、死後に天国か地獄かを決めるのは、閻魔大王だとかアヌビスだとか、それらの役職に就いた何かの存在となっていた。でも、死んだ人間一人ひとりの行いを、一人の神か何かが一々裁くなんてこと、あまりにも非効率な感じがするじゃないですか。生きている人間の裁判だって、裁判官は手が回らなくて困っているって話なのに」
アツヤは首をかしげる。
「受け入れづらいでしょう。でも、死後の世界はずっとそうやって、生きている人間の影響を受けてきたんじゃないかって、木更津燐火は気づいたんです」
「どうして、そんなことが起こる」
「そこはまあ、説明が難しいんですが。そもそもの魂とか『霊の世界』っていうものが、神とかの絶対的なものが作った世界ではなかった、ということなのかもしれません。生きている人間の思念とか、そういうものが寄り集まって、いつの間にかできたものだった。だから、生きている人間が『こうだ』って思うことで、霊の世界はたやすく変化する」
「でも、それじゃおかしくないか? 今まで何千年と宗教が信じられてきたのに、これまでその話に気づいた人間がいなかったっていうのは」
そうだな、と僕も思う。霊能者がいるのなら、他にも気づく人間がいてもいい。
「日本人なら、そこは理解できるんじゃないですか? 今の世の中、本当に何かの宗教を信じている人は限られていますよ。でも、昔の人はもっと信心深かった。仏教とか神道とかをしっかりと信じて、そこで語られている戒律の通り、人は死後の運命が決められるんだと信じていたんです」
「それって、つまり」花見ちゃんが呟く。
「そうです。だから昔は、『宗教で言われている話』が、正しいように見えていた。そこの戒律を破った人間が地獄に落ちて、そうでない人間が天国に行く。霊能者がいても、それらが正しいという風に観測できていたはずなんです」
淡々と、隆太が説いてみせる。
「でも、最近はそういうものが薄らいだ。何が善で何が悪か。みんなその時その時の価値観に合わせて、どんどん変化していく。神なんていう絶対なものは軸に据えずに、人間的な価値観だけで他人を判断するような形になっている」
まだ、アツヤたちは不満そうだった。
「言ってみれば、世界はとても『イージー』なものだった。厳粛な神がいて、人智を超えた倫理や法則があるわけじゃない。人間たちがとても浅く、表面的な判断で動かしていた」
「それが本当なら、大変なことなんじゃないか?」
「ええ、とてもまずいことですよ。宗教が信じられていた時代だったら、それでも問題はなかったでしょう。でも、現代みたいな不確かな時代では致命的な話です。それに、他人の評価なんて適当なもので、人はほんの一面しか見ないものですから」
「要するに、『誤解』も存在するって?」
「はい。冤罪で死刑になった善人は、その場で地獄行き。一方で、死ぬまで罪が露見せず、人当たりの良かった悪人は晴れて天国。そういうおかしな出来事が、これまでの世界ではずっと行われていたんだと思います。今この瞬間も、そんな理屈で地獄に落とされた人間が、どこかで苦しんでいるのかもしれません」
隆太は話を終え、二人の様子をしげしげと見る。
アツヤも花見ちゃんも、明るい表情はしていなかった。苦いものを口に含んだような様子で、首をかしげたいのをこらえているような様子だ。
「やっぱり、信じられませんか?」
「そうだね。君は、これを本気で信じているの?」
絨毯の上で座り直し、アツヤが問う。
「そうですね。僕は事実だと信じています」
わずかに眉を下げ、隆太は頷く。
「僕は昔、『実験』してみたことがありますから」
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