3-5:こいつは地獄に落ちるべき

 すぐに、パトカーが近くへやってきた。


 騒ぎを聞きつけて、近くの家の人たちが顔を出す。アツヤがすぐに電話をかけて、猫殺しおばさんの家で見たものを通報した。


「これで、終わりになるのかな」

 ミズナちゃんが隣に来て、僕と一緒に様子を見守る。アツヤも離れたところに立ち、隣には花見ちゃんもやってきていた。


「ちょっと、何を勝手に人の家に入ってるの!」

 猫殺しおばさんの幽霊は、家の前に戻ってきていた。


 おまわりさんたちが中を調べる間、作業を邪魔しようとずっと一人で喚き続ける。「なんで無視すんの! そこ、私の家でしょ!」

 触れようとしても触れられず、それでも現状に気づかない。


 しばらくすると、ドアの先で動きがあった。


 よろよろと、小さな影が姿を現す。

 クロブチ模様の、痩せた猫だった。片目が閉じられていて、体中に傷がつけられている。


 まだ、殺されていない奴がいたのか。


 クロブチ模様を見た瞬間に、周りの人たちの反応が変わる。


 傷つけられた猫へ向けて、中年の女の人が近寄ろうとする。でもすぐに拒絶し、クロブチの猫は雑木林の奥へと駆け去っていった。


「あの人、こんなことやってたんだ」

 近くで、そんな声が聞こえてくる。


「猫を捕まえて、中で殺してたんでしょ? いつも、野良猫に餌やりしてると思ったら」

 忌々しそうに吐き捨てる。


「昨日、車にはねられて死んだんだよね」

「天罰だ、天罰」

「地獄に落ちるな」


 どんどん、空気に熱が籠っていく。

 人々が言葉を発すると共に、見えない何かが形作られていく。


「ちょっと、なんとか言いなさいよ! 人の家に入らないで!」

 当の猫殺しおばさんだけが、誰からも相手にされずに声を張り上げている。


 そんな本人には気づかずに、人々は嫌悪感を顔に表す。


「最低、気持ち悪い」

 誰かが、そう発した時だった。


 猫殺しおばさんの幽霊が、突然動きを止めた。

 両腕を大きく広げたまま、全身が固まったようになる。

 表情をこわばらせ、大きく口を開くのみとなる。


 その先は、一瞬の出来事だった。


 おばさんの幽霊が、地面の中へと沈んでいった。





 今、何が起こったんだろう。


「これは、『そういうこと』なんだよね」

 人混みから少し離れ、僕はミズナちゃんに話しかける。


 これまでも、ミズナちゃんは『その現象』を見ているはずだ。


「うん。地獄に落ちた」

 僕が思った通りの答えを、ミズナちゃんは口に出す。


 当然の結果だとは思う。猫殺しおばさんは最低な人間で、死んだら地獄に落ちるだけの罪を犯している。


 でも、それだけなのか。


「どうして、この瞬間だったんだろう」

 疑問を口にすると、「うん」とミズナちゃんも眉を寄せる。


 どうしても、考えずにはいられない。

 死んですぐのタイミングじゃなくて、なぜ『今』だったのか。


 アツヤが警察に通報し、おばさんが多くの猫を殺していることが露見した。それを近くにいた人たちも知ることになって、おばさんを最低だと呟いた。


 その直後に、猫殺しおばさんは地獄へ行った。


 体が冷たくなっていく。ミズナちゃんを見ると、やはり呆然と口を開いていた。


「これって、もしかするとさ」


 僕は今まで、盲目的だったのかもしれない。

 おばあちゃんから聞いた話を、ただ信じ切っていた。


 でも、本当は違っていたのかもしれない。


「ミズナちゃん。あのおばさんは、どうして地獄に落ちたんだろう」

 言葉にするけれど、何か違うと感じた。


「一体誰が、あの人は『地獄に行くべき』って決めたんだろう」


 もう、答えは出ている気がする。

 僕はぐるりと、周囲の人たちの姿を見る。猫の遺体が他にも出てきて、近隣の人たちは怒りや嫌悪を顔に浮かべていた。


 もう、他に可能性は考えられない。


 事実が明るみに出たこと。それを周りの人たちが知ったこと。

 その瞬間に、地獄行きが決定された。


「この人たちが願ったから、おばさんは地獄に落ちたのか?」

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