3-4:猫殺しおばさん
昔、ニュースで見た覚えがある。
テレビを見ながら、おばあちゃんが酷く怒っていたことがあった。
それは、ある『変質者』のことを報じたもの。
家の中に野良猫を連れ込んで、お風呂場で解体して遊んでいたという男がいた。数としては三十匹以上、そこで猫が殺された痕跡があったという。
世の中には、そういう奴が少なからずいる。遊び半分で猫を切り刻もうとするような奴。
「さあ、いらっしゃい。ウチの中に入って」
ドアを開き、僕を中に招こうとする。
「ほら、おいで。おやつをあげるから」
ポケットの中に手を入れて、猫用のお菓子を取り出してみせる。その場で包みを開き、チューブ状の食べ物を見せてきた。
空気が澱んでいる。おばさんの体からは変な臭いがしていて、花の臭いのような、甘ったるいものが漂っていた。
そして、僕の目には見える。
おばさんの家の中に、半透明の猫たちが何匹もいること。自分が死んでいることを理解できていないのか、ぼんやりと付近をうろうろ歩きまわっている。
全部、こいつがやったのか。
「さあ、来なさい」
おばさんは腰を曲げ、僕へと両手を伸ばしてくる。
その瞬間に、踵を返した。
「あらあ、どうしたのお?」
寒気がした。後ろ足に力を込める。
「ねえ、待ってよお!」
僕が走り出すと、おばさんはすぐに追いかけてきた。
ミズナちゃんが心配して僕を見る。「パルちゃん、逃げよう」と声をかけてきた。
「ねえ、待ってえ!」
おばさんは全力疾走になり、必死に僕を追い始めた。
なんなんだよ、とただ焦る気持ちばかりが込み上げる。
僕を発見した瞬間に、おばさんはすぐに目の色を変えた。
「猫ちゃああん!」
間違いなく、捕まれば殺される。それも、酷く苦しめられて。
あの家の周りにいた半透明の猫たち。そいつらは全部被害者だ。
ちくしょう、と苦々しいものを感じる。
住宅地を駆け抜け、大通りへと移動しようとする。おばさんはそれでも諦めず、「誰か、捕まえてください!」と声を出していた。
途中で人とすれ違う。「ウチの猫なんです!」とおばさんは尚も叫び立てる。
これは、しょうがないよな。
(生きる価値のない奴だ)
僕の問題だけじゃない。放っておくと、他の猫もどんどん犠牲になる。
(殺さなくちゃ)
頭の中に熱が籠もる。走りながら、周辺の風景に目を凝らした。
曲がり角を曲がる。車道に沿って、僕はひたすら走った。
(ああ、見つけた)
ドタドタと音を立て、「待ってえ! ねえ、待ってえ!」とおばさんが走る。
見た目の割にかなり速い。捕まれば、きっと振りほどけない。
でも、もう大丈夫。
(殺してやろう)
歩道の脇には、緑色のガードレールがある。そのすぐ手前に、赤い服を着た女の幽霊が立っていた。
僕はその場で足を止める。おばさんの方を振り向くと、ニヤニヤと顔を緩めていた。
(あんな奴、死ねばいい)
真っすぐに、赤い服の女を見る。
「ナァーオ!」と激しく鳴いてみせた。
その場に何かがいることを、はっきりと示すために。
追いかけてくるあいつに、裁きを下すために。
「あれ? あれ? 私、どうしたの?」
おばさんは、しばらくそうやって喚いていた。
僕はあえて目を合わさない。ミズナちゃんもすぐに距離を取って、おばさんに見つからないようにと物陰へと隠れた。
大通りから移動して、またあの家の近辺へと戻っていく。猫たちの幽霊はまだまだ大勢蠢いていて、自分がどうしたらいいかわかっていない様子だった。
動物だからなんだろうか。町にいる幽霊とは違い、人を襲いそうな感じはない。
でも、どうにかしてあげたい。
「とりあえず、またアツヤに頼もうか」
ミズナちゃんと合流し、一緒に家へと戻っていった。
「どうしたんだ? こっちに何かあるのか?」
次の日の夕方に、アツヤを誘導していった。最近は意思の疎通ができている感じで、僕がしきりに鳴き声を上げていると、何か伝えたいらしいと察してくれるようになった。
「ナオ」と声を出す。
ここだよ、と告げ、猫殺しおばさんの家の前で座り込む。
でも、これだけじゃ足りない。
人間には言い訳が必要だ。知らない人の家に入るなんて、普通はできない。
だから、僕が理由を作る。
幸い、僕を捕まえようとした時に猫殺しおばさんはドアを開けた。僕は隙間から体を滑らせ、湿った臭いのする家の中へと入って行った。
「おい、パルメザン」
アツヤは戸惑った声を出し、僕を呼び止めようとする。
廊下の先にも、猫の幽霊たちがたくさんいた。
奥の方に、数匹の幽霊が集まっていた。ここだな、と考えて、ガラス戸のある方へ真っすぐ歩いていく。
「あの、誰かいませんか? すみません。ウチの猫が」
アツヤは声を出しているけれど、あまり大声でもない。
ガラス戸を軽く押すと、内側に開いていった。
途端に、ムワンと生臭い匂いがした。
「パルメザン。お前、何やって……」
アツヤが廊下へと上がり、僕の後ろへとついてきた。
でも、最後までは喋りきれなかった。
ガラス戸の先から漂ってくる臭い。その先がお風呂だということまでは、ドアの構造から十分にわかる。
でも、中はどう見ても普通じゃなかった。
「う」とアツヤは声を漏らす。
空気が濁っている。鼻をつくものだけでなく、目に見えない何かが僕たちの体の内側と外側を汚していく感じがした。
「なんなんだよ、ここは」
嫌悪感で顔を歪め、アツヤは呟いた。
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